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3‐29

 感覚だけを頼りに、ルクスは自ら切り開いた裂け目へと飛び込んでいく。

 全身が闇に浸されて飲み込まれるような感触があっても、全く恐れはなかった。

 ただ、彼女を助けたい。

 あの日あの時、ルクスを救ってくれた少女を。

 身体が空間へと投げ出される。

 下を見れば、少し笑ってしまいそうなぐらい間抜けな顔でこちらを見上げているベオの姿があった。

 いつもの自信満々の、不敵な表情をしていない彼女は新鮮で、こんな状況だと言うのには表情が綻んでしまう。

 しっかりと着地して、改めて彼女を顔を見る。

 ルクスよりもずっと小柄な少女は、まだぽかんとした表情をしていた。


「な、なんでお前……どうして……?」

「なんでって、ベオを助けに来たんだよ」

「いや、だってお前……私が決意して、お前を助けたくてだな……」


 何やらしどろもどろなことを言っていたが、次の瞬間には獣耳と尻尾を逆立てて、


「この馬鹿者! 折角助かった命を捨てにきてどうする! お前は、英雄になるのではなかったのか!」

「英雄には、なるよ。でもベオがいなかったら意味がないから」

「意味がないわけあるか! むしろ私の方が……もう、お前を……導けないかも知れんのだぞ」

「……なんで?」

「……私は魔王ではない。自分が何者かもわからないんだ。だからお前の先に立ってやることはできない」

「ベオはちょっと勘違いをしてるかも知れない」


 両手で軽くベオの頬を摘まむ。

 ほっぺたを伸ばされたまま、ベオが抗議するために尻尾を激しく揺らした。


「ベオが何者でも、あの時僕に助言をくれたことに違いはないよ。屋敷の地下でベオに出会わなかったら、一緒に脱出していなかったら、今の僕はいないんだから」

「……む」

「それに何より、僕は一度もベオが前を歩いているなんて思ったことはない。一緒に並び立って歩いてきたじゃないか」


 それを聞いて、ベオの表情がはっとしたものに変わる。

 それからルクスの両手を払い退け、数歩下がってから自分の両頬を軽く両手で挟み込んだ。

 いつもの彼女の表情に戻り、牙を剥く。


「それは……そうかも知れん。うん、そうだ。そうだな! なんで私はそんなことに気が付かなかったんだ!」


 一点、表情を明るいものへと変化させる。

 いつものベオの、あの自信満々な顔へと戻っていった。


「ベオも僕も今は『何者』でもないかも知れない。でも、ベオの言う通り目標に向かって邁進すれば、いつか『誰か』になれる。その証拠に僕達はギルドの仲間を手に入れてるんだから」

「貴様……柄にもないことをぺらぺらと!」


 がぶりとベオがルクスの腕に噛みついた。


「痛い!」

「だが貴様の言うことにも一理ある。例え私が何者でもなかったとしても、これからそれを認めさせてやればいいだけの話だ。世界に貴様と私在り。それからついでに、アディとエリアスもな」


 もう既にベオはいつもの調子に戻っていた。

 彼女は一度だけルクスのことを尻尾で軽く叩いてから、意気揚々と闇の中へと歩き出そうとして、立ち止まった。


「無粋な奴等め」


 異音を響かせながら、暗闇の中に生き物の気配が現れる。


「どうやら本格的に、私達を餌として吸収するつもりらしいぞ」


 闇の中に目を凝らすと、現れたのは欠けた肉体の亡者達だった。

 腕や足などを失い、不自然な動きで生前の武器や素手のままで、彼等はルクス達を包囲する。


「この魔王に喰われた連中か。消化され魔物に再構築される途中か、それとも溶け残った部分か。何を基準にしているかは知らんが」

「可哀想だけど、道を開けてもらおう。ベオ、戦える?」

「正直なところ万全とは言えんが、やせ我慢で何とかする」


 ベオの両腕には、ルクスを助けるための回復魔法による酷い火傷を負っている。

 だがそれでもベオの闘志は消えず、彼女は痛みを堪えながらも両手に炎を浮かび上がらせてみせた。


「援護をよろしく!」

「任せろ!」


 ベオに背を向け、敵陣へと斬り込んでいく。

 最早ルクスに恐れはない。黒い心臓は高鳴り、魔王を倒すための力を与えてくれる。

 彼等を願いを背負いながら、ルクスは暗黒の戦場を駆けていく。

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