3‐27
白い部屋、高い天井、白衣を着た大人達。
簡素な寝台の上に寝かされた、既に事切れた少年の死体。
黒髪の女が感情の籠っていない声で呟く。
「また失敗でしたか」
幼いルクスはそれを何処か他人事のように聞いていた。
「ですが安定はしていました。五番目までの自壊の傾向は、六番目以降は見られていません」
同じような白衣を着た男がそう言った。その手は今しがた切り刻んだ少年の血でべったりと濡れていた。
「ただ、やはり人格に及ぼす影響が未知数です。英雄の心臓を移植されると、自己犠牲に走りやすい傾向にあるようです」
「……そう言うものですからね、英雄とは。ですが一刻も早くこの実験を成功させなければ」
「ええ、いい加減予算にも限りがあると、『賢人』達からは釘を刺されていますからね」
苦笑いをしながら、男が言った。
女はそれを聞いて、他に言いたいことがあるような顔をしたが、特にそれ以上語ることはなかった。
「『あっち』の方が早々に結果を上げているみたいで、肩身が狭くなりますね」
それは女にとってはどうでもいいことだったが、他の研究者達からすれば重要なことなのだろう。
自分達の存在意義、何よりもプライドを賭けているようなものなのだから。
彼等は選ばれた。数多く存在する研究者達の中から選りすぐられてここにいる。
その矜持のためならば、非人道的な実験にすら喜んで手を染めることだろう。
「でも、時々怖くなりますよね」
「何がでしょう?」
ほんの気紛れで、女は言葉を返す。
「英雄も、魔王も、本来なら人知を超えた創造物でしょう? 特に英雄なんかは神様が作ったなんて言われてますから」
「……ああ、そう言うことですか」
「神様の領域に触れたなんて、恐れ多い気がして」
「そうは言うがな」
また別の、中年の研究者が話に入る。
「誰だって必死なんだ。また魔王戦役みたいなのが起きたら、俺達は今度こそ絶滅するかも知れない。英雄達は確かに強いが、手が足りないし自意識が強すぎる。だから、人を護るための兵器が必要なんだろう」
人造の英雄。
人間の意思で生み出され、人間を護るために使い捨てられるべき哀れな生命。
戦場を駆け大勢の称賛を浴び、憧憬の念を抱かれる英雄とは余りにも遠い。
最初から栄光を受け取ることを許されない、偽りの英雄。
「人造兵の処分にも困ってたんで、ある意味都合がいいと言えばいいんですけどね」
魔王戦役以降、亜人達に交じって反旗を翻した人造兵達には強い制限が掛けられた。
元々は魔導師達がその護衛として生み出すことの多かった彼等だが、所持を大幅に制限されることになっている。特に無許可で造りだすことは違法とされ、また手続きの難解さや資格の有無から大量に廃棄されることにも繋がった。
そんな彼等、特にまだ未成熟な少年達がこうして実験の材料に使われていた。
誰も文句を言わない、人としての最低限の権利すら奪われた者達の、廃棄場。
「休憩はここまでだ。死体を片付けて、次を持ってこい」
中年の男の言葉で、その場の全員が一斉に動き出す。
比較的若い白衣の男は横たわった少年の死体を抱きかかえ、部屋から出て行こうとする。
「俺達を恨むなよ、人造兵君。負荷が掛かり過ぎちゃって、心臓まで真っ黒になっちゃってまぁ……。主任、これってやっぱり呪術的なものなんですかね?」
「呪術なんて半ば廃れたような魔法だぞ、人造兵が使えるわけないだろう。さっさと死体を片付けろ」
若い白衣の男は肩を竦めて、そのまま死体を持って部屋の外に出ていく。
「……主任は」
「ん?」
女が口を開くと、主任と呼ばれた中年の男は意外そうに彼女の方を振り返った。
「何故心臓が黒く染まっていったのだと思いますか?」
「……さあな。一応上に報告はしているが、そのまま実験を続けろとの一点張りだ。だから、元々そう言うものってことなんだろう」
彼はそれ以上は何も知らず、また疑問を持つつもりもないようだった。
「この実験は、俺達の反抗でもある。英雄でも魔導師でもない俺達でも、人間を護る礎になれるってことのな。さ、八番を連れて来い」
女が傍にやってくる。
少年は感情のない瞳で彼女を見上げた。
「さあ、貴方の出番ですよ」
答えず、ただ少年は立ち上がる。
抵抗する気力もない。既に意識は半ば奪い去られ、自分達はそう言うものだと知ってしまっていた。
「……八番目の被験者、そろそろ成功するかも知れませんね」
女の声は小さく、少年にしか聞こえない。主任の男は既に作業の準備に取り掛かっていて、彼女に関心はないようだった。
「では行きましょう。ルクス君」




