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3‐25

 樹海の木々の間を、エリアスは駆ける。

 こんなに全力で走ったのは子供の頃以来だろうか。息が上がり、心臓が悲鳴を上げてもなお、エリアスの速度が緩むことはない。

 強くなっていくルクス、新しい魔法を習得するベオ、そして新たにギルドに加わったアディ。

 彼等に置いていかれまいと、エリアスも自分なりに長所を伸ばそうと努力をしていた。その一環で手に入れたのが、今現在彼を包んでいる加速の魔法だった。

 これが熟達者ならば自らの肉体を強化し、あらゆる行動の速度をあげることができるが、未熟なエリアスにできるのは単純な行動のみ。差し当たっては走ることだけだった。

 行軍の際にこれを使えば足並みが乱れ、かえって連携が取れなくなる。使いこなすまでは役に立たない魔法だと思っていたが、想定外のところで力になってくれた。

 もっとも、そうならない方がいいような状況ではあるが。


「休憩……なんかしている暇はねえよな」


 轟音が響き、空へと光の弾が発射される。

 既に距離は近く、びりびりと大気の震えがこちらまで伝わってくる。

 ぬかるんだ泥を蹴り上げ、木々の間を擦り抜けるように走る。

 まるで一陣の風の如くエリアスの身体は、目標地点へと向かい真っ直ぐに邁進していく。

 走り始めてかなりの時間が経過している。あちらの状況も気になるが、今は自分にできる仕事をこなすことだけだ。

 そう心の中で言い聞かせていると、急にエリアスの視界が開けた。

 そこにあるのは、滅びた亜人達の村だった。

 先日巡ってきた廃墟と同じように、魔物の襲撃によって壊滅したのだろう。損傷の激しい死体が片付けられることもなく、その辺りに転がされている。

 その村の広場であろう開けた場所に、彼等はいた。

 天に向けられているのは、三門の巨大な大砲。その後ろで鎧を着た兵士達が砲弾を詰めて発射するための作業を行っている。

 そして彼等を指揮するために中央には、スコットが立っていた。エリアスの位置からでも聞こえるように、部下達を怒鳴るようにしながら働かせている。


「やめろ!」


 エリアスは彼等に駆け寄りそう叫んだ。

 兵士達が動きを停止し、スコットが訝しむ視線を送ってくる。


「なんだ貴様?」


 駆け寄って彼の前までやってくると、後ろで砲台に付いていた兵士達が護るように立ち塞がった。


「あんたら、自分が何をしているかわかってんのか? 味方ごと撃ってるんだぞ!」

「……ふむ。仕方あるまい、魔導砲台とはそう言う兵器なのだから。組み立て式のこいつを持ち出すのに、随分と手間を掛けたのだぞ」

「仕方ないって……あんたらの所為で戦況は最悪になっちまったんだよ」

「英雄は健在か?」

「え、ああ……」


 スコットの質問の意図がわからず、エリアスは戸惑ったまま頷いた。

 それを聞いた彼は、にやりと厭らしい笑みを浮かべる。


「ならば問題あるまい。どれだけ兵が死のうと、英雄達が無事ならば魔王はいずれ倒れる」

「……お前……!」


 怒りで目の前が真っ赤になる感覚を、エリアスは初めて味わうことになった。

 この男にとって、前線の兵士の命など何でもないのだ。英雄の力を妄信し、それに縋っているだけだ。


「それに奴等は我等騎士団の兵ではない。何人死のうと知ったことではないな。むしろ、私の殊勲を奪おうとする輩には相応しい末路だろう」

「あんた正気かよ……」


 反射的に剣の柄に手が伸びそうになって、それを必死で抑える。

 あくまでも、スコットは友軍だ。話し合いでこの場を治める必要があった。


「戦場で死んでく命を何だと思ってんだ!」

「……無論、ゴミに等しいものだ」

「……ゴミ?」

「ああそうだ。貴族ではない者に生まれた時点で、貴様達と我々には大きな差がある。持って生まれた、その身体に流れる血の違いがな。我等貴族は神の仔たる王家によって選ばれた者達なのだ。それに引き換え貴様達はどうだ? 貴族に生まれていない者達が、少しばかり力を付けたからと調子に乗ってギルドだなんだと騒ぎ立てている。実に不愉快だ!」


 苛立ちのままにスコットが地団駄を踏んだ。


「ふざけんな! 俺だって元は貴族だけど、親父はそんなこと言ってなかった! 人々のために身体を張って彼等を護り抜くのが貴族の使命だって、そう言いながら死んでった!」

「元? ふん、大方没落した貴族だろう。その程度の考えしか持たぬから、立場を追われるのだ」

「今のあんたらだって似たようなもんじゃねえか! ギルドが力を付けてきて、貴族であることに価値がなくなってきてる」

「黙れ! だからこそ我等は知らしめねばならぬ。この第二の魔王戦役にて、ギルドの用いた役立たずの兵士達には全滅してもらい、このスコット・オルデリー率いる騎士団が英雄達の手助けをしたと!」

「……まさか……!」


 結果的にそうなったわけでも、彼なりに少しでも魔王に打撃を与えようとしたわけでもない。

 スコットは魔王を英雄達が倒すことを見越して、自分達がその手柄の一部を横取りするために、わざとギルドの兵士達を攻撃していた。

 エリアスにとっては、崩れ落ちそうになるぐらいの衝撃だった。

 この戦場は地獄だった。見たこともない数の魔物の軍勢に、そこをまるで草原を駆けるように軽々と踏み越える英雄達。

 何度も自分の無力を噛みしめ、それでも同じギルドの仲間のために、震える手を抑えながら剣を握っていた。

 だが、目の前の男はどうだ。

 彼等は魔王を見ていない、蹂躙される人々を見ていない。ただ自分の手柄と、立場だけを考えて行動している。

 既に半ば力を失った、貴族と言う偽りの地位に固執し、他人の足を引っ張ってまでそれを維持しようと躍起になっていた。


「いいか小僧! 貴様の愚かな父が教えなかったのならば私が教えてやる! 貴様達平民の命など、幾らでも替えが効く家畜に等しいものに過ぎぬ。高貴な血を残すこと、土地を治め王に仕えることの尊さに比べればな!」

「……あんたはもう、喋るな」


 一度は貴族であった。

 英雄に憧れる前は、民を想う父の生き方を誇りに思い、そうなりたいと願った。

 エリアスにとっては、目の前の男が許せない。何よりも、彼はエリアスの仲間達の命を家畜程度だと見積もった。

 ショートソードを鞘から抜き、剣に雷を纏わせる。


「貴様……反逆する気か!」

「部隊の指揮権は現在マスター・ウィルフリードにある。そいつがこれ以上の前線の被害を抑えるために、原因を排除しろって言ってたんだ」


 剣を構えたエリアスが、一直線にスコットへと向かって行く。

 その間に人影が立ち入り、二つの剣が交差した。


「……あんたは……!」


 先日、ルクス達に頭を下げた若い騎士だった。

 彼は剣を抜き、表情を押し殺しながらエリアスの前に立ち塞がった。


「やっぱりあんたもあいつの味方をするのかよ! 貴族ってのは、そんな奴ばっかりなのか!」


 若い、といってもエリアスとそう年は変わらない騎士は、想像以上の手練れだった。

 雷を纏った剣撃を上手く逸らし、自分への痛手を避けながらエリアスの動きを抑えてくる。


「……我々は、アルテウルの騎士です」

「それが答えか……!」

「この魔王再誕は、アルテウルにとっては最悪のタイミングでした。前回の魔王戦役の際に大勢の騎士達が命を落とし、貴族達は力を失いました」

「……それが……!」

「貴族の力が弱まれば、国が傾く。そうなった際にどんな悲劇が起こるか、貴方には想像できないでしょう」


 鍔競り合いを経て、二人の身体が離れる。


「……わかるかよ、そんなこと」


 エリアスにはそんな想像はできない。

 それは彼だけではない、ルクスにもアディにもだ。ベオはひょっとしたら考えているかも知れないが、彼女はそんなことには興味はないだろう。

 何故、ギルドを作ったのか、それは彼等は弱いからだ。貴族のように立場を持っているわけではなく、下手をすれば存在すらも許されない。

 そしてギルドが存続できている理由は、必要であるからだ。魔物の排除、街の困りごとの解決。本来なら国や貴族がやらなければならないことを、今はギルドが請け負っている。

 誰もが暮らしのために、できることをやっているだけだ。そこに悲劇などはない。


「必死に戦ったから、大勢の犠牲が出たから自分達は報われる必要があるって? そんなわけねえだろうが。俺の親父だって必死で戦って、その傷の後遺症で死んだ。でも俺は諦めた、そう言うもんだって思った」


 だから野盗に身を窶した。もう生きるためには、他者から奪うしかなかった。

 しかしエリアスは運がよく、罪を犯す前にルクスと出会うことができた。


「……あんたらは、野盗になった俺と一緒じゃねえか。必死になり過ぎて、もうそれしかないって決めつけて、他人から奪うことを正当化してやがる」

「貴族には誇りがあるのです。悪鬼の如き亜人からこの地を取り戻し、人のものとして守り続けてきた、その矜持が」

「矜持で人が死んでいいと思ってんのか!」


 加速の魔法を発動。

 若い騎士は、それを察して迎え撃つ態勢を作る。

 エリアスが次にとった行動は、彼の想像を超えたものだった。

 今のエリアスでは、加速の魔法を掛けたまま剣を振るうことはできない。恐らく目標を定めることができず、空振りをするのが関の山だ。

 だから、後ろに下がる。相手から距離を取る。

 相手がエリアスの狙いに気付いた時にはもう遅い。短弓を取り出し、加速の魔法の代わりにそこに魔力を込めた。


「『エンチャント・ボルト』」


 雷を纏った矢が、若い騎士の鎧を砕く。

 全身に痺れが走り、剣を取り落として彼は膝を付いた。

 すかさずエリアスは距離を詰め、彼の剣を弾き飛ばし、その首もとにショートソードの突き付ける。


「勝負あり、だな」

「……私の負けだ」

「役立たずが。だが一人を倒したところで何になる? こちらにはまだ手勢がいるのだからな」


 スコットが勝ち誇ったようにそう言い放ったが、エリアスに悲壮感はない。

 確かにここにいる騎士達全員を相手にすれば、エリアスに勝ち目はないだろうが、それはあくまでも一人ならの話だ。

 時間は充分に稼いだ。恐らくは、そろそろ追いついてくるころだろう。

 そしてその予想は、大当たりだった。


「随分好き勝手やってくれたみたいだな。スコット・オルデリー」


 明らかな怒りを滲ませた声が、木々の隙間から聞こえてくる。

 その表情を憤怒に歪ませながら現れたのは、ウィルフリードだった。


「う、ウィルフリード……生きていたのか……?」

「あの程度で俺を殺せると思ったか? 大方、最前線で戦ってる有力なギルドの長を纏めて仕留めるつもりだったんだろうが、見ての通りだ。ババアは前線に出て来てねえし、お前の予想は大外れだな。ガキが死に掛けたぐらいか?」


 ルクスのことを言いながら、ウィルフリードがエリアスを見る。


「き、貴様等何をしている! 今すぐこの男を抑え込め!」


 必死の声でスコットが号令を掛けても、周囲の騎士達は動かない。いや、厳密には動けないというのが正しいだろう。

 その姿は、今の貴族とギルドとの力関係を端的に表しているようにすら思えた。


「ふー……」


 深くウィルフリードが息を吐く。

 無造作に掲げた右手を振り下ろすと、そこから放たれた氷の竜巻が、設置されている砲台を全て凍てつかせ、その機能を一瞬にして破壊した。

 同時に騎士達も鎧の一部が凍り付き、そのまま地面に固定されるように動きを止められる。


「……化け物め」


 忌々しげにスコットが呟く。


「英雄なんて言う本当の化け物を飼ってるてめぇらが言えたことかよ。本来ならここで殺してやりてぇが、ちゃんと戦犯として突き出してやる。感謝しろ」

「貴様……! 貴様、貴様ぁ! 何処の誰かもわからぬ、どんな胎から生まれたかも知れぬ平民如きが! 貴族に逆らうのか!」


 発狂したかのようにスコットは叫ぶ。

 顔を真っ赤にして凍り付いた身体を必死に動かしながら、じりじりとウィルフリードににじり寄っていく。


「貴様等が……! 貴様等の存在が貴族の在り方を歪めたのだ! 尊きものである我々が、必要とされなくなる時代など……!」

「馬鹿が」


 スコットの全身が一瞬で凍り付いた。

 咄嗟に何か言おうとするエリアスだが、ウィルフリードはそれに先回りして言葉を続ける。


「殺しちゃいねえよ、こういう結界魔法だ。……魔王戦役は色んなもんを狂わせた。平民は暮らす場所を失い、貴族は支配する力を失った。今なお何も変わらねえのは、王族と英雄だけだ……だが」


 ウィルフリードの眼中に、最早スコットはない。

 彼は振り返り、今来た道の先、今なお英雄と魔王が戦い続ける場所へと視線を向けていた。


「変わらねえものなんてものはない。時計の針は確実に時を刻んでる。……なぁ、この国はこれから、どうなっていくと思う?」


 そう尋ねるウィルフリードは、笑っていた。

 彼の中にあるのは確かな野心。貴族など眼中になく、英雄に憧れも抱かない。

 彼が何を想い、そしてこの戦いを契機に何を成そうとするのか、当然エリアスには全く想像もつかなかった。

 ただ漠然とした、嫌な予感だけが胸の中で騒めいていた。

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