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3‐23

 この戦いが始まってから、アディ・ルーは決して力を出し惜しみしていたわけではない。

 彼女の中には『何か』がいる。それが何であるか、具体的なことはそれをアディの中に埋め込んだ人達ですらわかっていないだろう。

 ただ一つ確かなことは、それが本来あるべき理の外側からやってきたものであること。

 そして今目の前で脈動する、『魔王』と近しい存在であること。


「……うん、やろう」


 ルクスと同じようなものだ。

 違うのは、内側からくる衝動に具体的な意志が乗せられていること。もしそれを解放しすぎれば、アディはアディでなくなってしまうかも知れない。

 だが今は、そんなことはアディにとってはどうでもいいことだ。それ以上に大切なものを護る時が来ているのだから。

 穿孔するための形となったそれが、魔王の肉体を抉っていく。

 アディの身体から、体内に収まっているそれが指先どころか腕や足を通して外側へと零れ落ちていく。

 その量はどんどん増えて、水たまりのように広がっていった。


「あ、あんた……」


 近くでフィンリーが驚愕の声を上げるが、今はそれすらも聞こえない。

 感覚器の先端に感触があり、アディは内部に通じたことを理解する。


「ルクス君、行って」

「わかった。アディ、ありがとう」


 引き抜かれた穿孔部分に空いた穴。少年がようやく潜れる程度の大きさのそれに、ルクスは駆け上がるようにして躊躇いなく飛び込んでいく。


「やっぱりルクス君は凄いなぁ。躊躇いもなく、飛び込んでくんだ。ああ、本当に英雄みたい。そうあるべくして造られた、可哀想な人造兵」


 アディから溢れだす魔力を感知して、魔王が動く。

 決まった姿を持たないそれが、全身から触手のように泥を生やして、少女目がけてその身を飲み込もうと伸ばした。


「でも、今の君は可哀想じゃない。アディも今はもう、可哀想じゃない。居場所を見つけたから、生きる目的を見つけたから。名前のない『誰か』じゃなくなりそう」


 だが、魔王の触手は届かない。

 その光景に周囲の英雄達すらも一瞬攻撃を止めて、アディの方を見た。

 アディからも他者から見れば同じような黒にも見える深い、まるで深海の色の何かが零れて、巨大な複数の腕を持つ人型を形作る。


「アディ、あんた大丈夫なの?」


 アディの少し後ろで、フィンリーがそう声を掛ける。

「だ、大丈夫です。大丈夫、アディが強いのは、フィンリーさんも知ってると思いますけど」

 どうやら彼女は足に怪我をしているようで、なおのことアディはその場から一歩も引くことはできそうになかった。


「うん、いいよ。アディの心も、身体も、必要なら全部持っていっていいよ」


 空っぽのアディの内側が、何処かに繋がっている。

 そこから這い出ようとする者がいる。


「アディは居場所を見つけたんだ。ケーキの美味しさを知ったんだ。友達になってくれるかも知れない女の子を見つけたんだ。……大好きな人に、もう一度会えたんだ」


 肉体が侵食される。

 病的なまでに白い透き通る身体は、もう半分以上が深い藍色に変化している。まるで穴が開いたようにも見えるその奥に覗くのは、恐らくこの世界ではない何処か。


「邪魔をしないで」


 魔王の肉体が震える。

 アディを明確な、倒すべき敵として全身から巨大な腕のような触手を生やして、押し潰すべく振り下ろした。

 アディから発生した塊がその姿を変化させて、それを受け止める。

 その光景は、まるで魔王が二つに分裂して戦っているかのようだった。


「邪魔をするな。アディの幸せを邪魔するなら……」


 このままでは押し切られる。

 せめてルクスが戻って来るまでの間、魔王を引きつける必要がある。

 必要ならばもっとだ。

 もっと引き出せ。

 アディの中に、最早人間と呼べる部分など僅かにしか残っていないのだから。

 破壊衝動に身を任せろ。

 あの時のような絶望ではない。目標は定まっている。

 アディには還る場所がある。還れる場所がある。還らなければならない場所がある。

 あの時とは違う。全てに絶望して、全部を破壊してやろうと思った以前とは。

 幸福があるのだ。ルクスがそれを運んできてくれた。

 だから、その邪魔をするならば。


「紛い物如きガ。調子にノルナ」

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