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3‐20

 戦闘開始から数時間。

 数多の英雄達が烈火の如き攻勢を浴びせても、魔王の動きが鈍ることはない。

 そればかりが痛めつければ痛めつけるほどに、損傷した肉体を補修すべく餌を求めて凶暴化し、攻撃が苛烈となっていく。

 この戦いで倒れた兵士達は死体も残らない。魔王に食われ、魔物として再構成され、そして魔王のために更なる餌を探すための行動を開始するのだ。


「ちっ、キリがねえ」

「まったくだ」


 ベオが放つ炎の嵐が魔物を纏めて薙ぎ払い、続いてウィルフリードが呼び出した冷気の竜巻が魔王までの道を一気に切り拓く。


「……見えた、けど」


 一瞬、魔物達の死体が道となって、魔王が視界に入る。

 黒く蠢く死肉の塊のような怪物は這いずるようにあらゆるものを飲み込みながら、ルクス達の方へと接近してきていた。


「動きが変わったな」


 いち早くそれに気付いたのはウィルフリードだった。


「小僧、名を上げられるかも知れんぞ」


 ずるずると、山のような巨体が、無軌道に這いずり敵を倒すだけだったそれが、まるで意思を持ったかのようにこちらに近付いてくる。


「やってみますか」


 即答したルクスに、ウィルフリードは面食らったようだった。


「てめぇには死の恐怖ってのはねえのか」

「怖いですけど、ここで逃げてもどうせ死にますから」

「……確かにな」


 そう軽口を叩いては見たものの、実際ルクス達にできることはあくまでも後方支援に過ぎない。

 今も武器を構える魔物達に備えるルクス達の前方に、英雄達が集い一斉に魔王を攻撃し始める。

 これまでに見たことがないような、それこそ一撃で以前戦った魔獣など容易く仕留めるであろう攻撃の数々が魔王を襲う。

 だが、それでも止まらない。

 ずるずるとこちらに近付き、最前線で盾を構える兵達を飲み込んでいく。


「ちっ」


 ウィルフリードが腕を振るい、地面を氷の波が走る。

 下から生える無数の氷柱に貫かれても、魔王は僅かに動きを鈍らせるに過ぎなかった。

 そんなことをしている間に、再び魔王から生み出された魔物達が大地を埋め尽くし、倒れた木々を踏み越えながら前進してくる。

 魔王の動きを辛うじて抑えている結界兵と、遠距離から砲撃を浴びせている魔導兵を狙っていた。


「前へ出ろ! ここから後ろには絶対に下がるんじゃねえぞ!」


 大波のような魔物の軍勢が、広範囲を薙ぎ払う魔王を踏み越えてすぐ眼前に迫る。

 ルクスは剣を構え、彼等を一匹でも多く屠るために意識を集中する。

 その少し後ろではエリアスが悲鳴にも似た、気合の声を上げていた。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 両軍がぶつかり合う刹那。

 空から飛来した何かが、魔物の最前線を纏めて吹き飛ばす。

 銀の長髪を靡かせた鎧の騎士。

 大英雄アレクシスの姿がそこにあった。


「あ、アレクシス……様!」

「久しぶりだな、ルクス君。壮健なようで何より」


 アレクシスは一瞬、ルクスを見て表情を綻ばせる。


「随分と強くなった。見てわかると思うが、魔王がこちらに進路を向けた」


 両手剣を構える。

 黎明の剣。大英雄アレクシスに預けられた、彼のレリック。

 曙光の輝きを放つその剣を正眼に構え、アレクシスは真っ直ぐに魔王を見る。当然、そこに撤退の意思はない。


「奴の狙いは不明だが」

「いいや」


 その場で最も小柄な少女が、声を上げる。

 ベオはアレクシスと並ぶ銀色の髪を、魔王から噴き出る瘴気に靡かせながら、真剣な表情で告げる。


「狙いは私だ」

「ベオ?」

「私にはわかる、奴の狙いが。声が聞こえる、憎悪を叫び、悲しみを謳い、そして体内に溜め込んだ全てを晴らすために、私を喰おうとしている」

「君は一体……?」

「……わからん。わからなくなった」


 そう言ったベオは、普段の彼女からは想像もできないぐらいに弱々しく見えた。

 一瞬それが不安になって、ルクスは無意識にベオを庇うようにアレクシスと並び立つ。


「どちらにせよやることは変わらない。グシオンのギルドマスター、全戦力を集中し、ここに結界を。全ての力を用いて、この場で奴を仕留める」

「……ああ」


 流石に英雄アレクシスそう言われては何も言えないのか、特に反論することもなくウィルフリードは粛々と準備を進めていく。

 その間に迫る魔物達は、アレクシスとルクス、そして何かを吹っ切るように魔法を放つベオで押し留めた。

 魔物の軍勢を、無数の黒い海を切り拓くようにしながら前進する。

 二人の魔法使いの魔法と、英雄達の攻撃。

 そして最前線を掛けるアレクシスとルクス。

 魔物の群れをまるで薄紙のように引き千切り、お互いの距離が肉薄する。


「やぁ、大英雄アレクシス! 君と一緒に戦えるとは光栄だ! 共にこの舞台を美しく彩ろうではないか!」


 エーリカがそう言いながら、薔薇の花びらを舞わせる。

 先日の戦いでは傷一つ追わなかった彼女も、服が破れそこからは血が滲んでいる。もう何時間、ここでこうして魔王と戦い続けているのだろうか。

 上空から魔導の英雄の放つ無数の閃光が、魔王の肉体を釘付けにするように抑え込む。


「結界兵!」


 ウィルフリードの号令で、大盾から放たれた結界が魔王を包む。


「魔導兵、撃ち込め!」


 その更に後ろから無数の炎や雷、氷の魔法が魔王の身体へと吸い込まれていく。

 無論、その長であるウィルフリードの放つ魔法は、それらを合わせたものの比ではない。


「送り届けます!」


 英雄アレクシスを先頭に、ルクスが突っ込む。

 横合い、背後から彼を狙う魔物を打ち払いその身を魔王へと向かわせる。

 近付くだけで凄まじい瘴気が満ち、呼吸が苦しくなっていく。

 ずるずると這いずる音が嫌に大きく、不気味に鼓膜を揺らす。

 巨大な這いずる泥の塊、その肉体のあちこちからは生き物の腕や足、時には顔などが埋め込まれているかのように飛び出していた。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 アレクシスが吼えた。

 それに呼応するように、その場の誰もが残った力の全てを振り絞る。

 無数の英雄の一斉攻撃が、結界で動きを鈍らせた魔王を責めたてる。

 肉片が飛び散り、蠢き、魔物へと変化していく。

 魔王から千切れた泥が巨大なトロールとなってアレクシスの前に立ちはだかった。


「ルクス君!」

「はい!」


 アレクシスはそうなることをわかっていたようだった。

 だから一切足を止めない、その一撃を繰り出すための姿勢から全く変更することなく魔王へと飛び込んでいく。

 だが、それは最早、燃えるように熱く鼓動する心臓を持ったルクスの敵ではない。

 一太刀。

 飛び上がり、首を斬り落とす。

 トロールはそれだけで何の抵抗もなく崩れ落ちた。

 そして英雄が駆ける。

 最後の一撃を放つために。

 黎明の剣に込められた魔力が、直撃と同時に解放され魔王の肉体に風穴を開ける。

 ――光と轟音が辺りを包みこみ、その場にいた者達は全員その中に吸い込まれていった。

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