3‐19
ルクス達が辿り付いたその場所は、まさに地獄と形容するに相応しいほどに苛烈な戦場だった。
目の前に相対する魔物の軍勢の数が、これまでとはけた違いに増えている。先日の数など問題ではない、その十倍以上の数が目の前の、木々が薙ぎ倒された樹海をひしめきながら行進していた。
「……あれが、魔王」
エリアスが呟く。
離れているこの場所からでもわかる。魔物達の奥にいる、黒い塊。
ぶよぶよと肥大化したそれが、四肢のように触手を伸ばしながら、這いずるようにして進んでいる。
「ふへへっ、あれ……なんかアディと似てますね。……でも、腐ってる。腐りきって、生きるのすら苦しい状態になって、だから必死で食べ物を探してるみたいです」
「食べ物?」
「はい、はい。多分、あれは生命を喰うもの。こちらの世界の生命を食べて、そして……ふへへっ、本来ならアディみたいに自分のエネルギーにできるかも知れないけど、あれはそうじゃないです。それを、魔物として吐き出す。だから、あれは永遠に飢えて、苦しみ続ける。自らを満たす何かをお腹に入れるまで。アディにはルクス君がいるけど」
生理的嫌悪を搔きたてる音を発しながら、進撃する異形の物体。
そしてその周囲では、ルクス達がこうやって呆気に取られている間にも激しい戦いが繰り広げられていた。
薔薇の花びらが舞い、一瞬で百を超える魔物が切り刻まれる。
その素早い空を切る斬撃は魔王の肉体を何度も何度も斬りつけたものの、その勢いが留まることはない。
薔薇の英雄エーリカの真横を、『閃光の英雄』が駆け抜ける。
光を纏った突撃は進路上の魔物全てを吹き飛ばし、魔王の泥の肉体を貫通してその一部を吹き飛ばした。
上空に、今度は『魔導の英雄』が現れる。
黒いマントを纏った彼女は、左手に持ったお魔導書を開き、右手に巨大な魔法陣を出現させていた。
放たれた無数の火炎弾が、隕石のように地面に降り注いだ。
無数の爆音が響き、魔王とその周辺が一斉に焼き尽くされていく。
だが、それでも魔王は止まらない。
そして彼等や他の英雄達が戦場を駆けるその一方で、兵士達は英雄の盾となるべくその命を散らしていた。
「結界兵、前へ! 奴等の動きを押し留めろ!」
叫び声と同時に、氷の礫が目の前の魔物の群れを一掃する。
「……思ったより早かったじゃねえか」
隣にはいつの間にかウィルフリードがいた。
「ウィルフリードさん」
「ぐずぐずすんな! 装甲兵、駆動鎧も前に出せ!」
ウィルフリードの檄が飛ぶ。
全身に巨大な鎧を纏った兵隊達が、最前線へと歩み出てその巨大な獲物で魔物達を攻撃し始めた。
その後ろには軽装の歩兵達が並び、手に持った銃の一斉掃射を掛ける。
「ちっ、ババアめ」
ギルド・グシオンとギルド・フェンリスは共同戦線を張っている。英雄達の背中を護り、彼等が攻撃する隙を作るための捨て石となるのがその役目だ。
そしてそれは、ルクス達にも同じことが言える。
「英雄様達が存分に戦えるように、結界兵で敵を抑え込む。てめぇらは最前線だ、駆動鎧と並んでそれを護衛しろ」
「あんなでかぶつと? 私達は生身だぞ?」
駆動鎧は、魔法技術によって内部の人間を強化する特殊防護鎧だ。全身に張り巡らされた魔法によって人間を超えた筋力と防御力を誇る。
「見た目ほど便利じゃねえんだ。お前等の方が戦力としては役に立つ。ただ、数は揃えられねえがな」
「ふふん。仕方がない、そこまで言うのなら協力してやろう」
「しなけりゃお互いに死ぬだけだ。さっさと行け!」
ウィルフリードの放つ氷河の波が、敵陣を切り裂く。
その合間に駆動鎧が駆け込み、ルクス達もそれに続いた。
ルクス達の間後ろには巨大な盾を三人がかりで持った兵士達が続き、そこから発せられる結界で魔王の動きを抑え込む役割を担っている。
「うわああぁぁぁぁ、来る、来る!」
エリアスが恐怖を込めて叫ぶ。
「久しぶりだな、人造兵の少年!」
駆動鎧の中から聞き覚えのある声がする。
しかし、ルクスは彼が誰であるか間では記憶していなかった。
「私だ、ライナーだ!」
「知り合いか?」
ベオが尋ねる。
ルクスは必死で記憶を手繰るが、これといった人物は出てこない。
「忘れるな! 君達が今暮らす、ミリオーラのギルド・グシオンの支部長だ!」
「ひょっとして、魔獣にやられた……」
「それは思い出したくない負の記憶だ! そして結果として、君達に支部奪われた! だが私はその恥をここで雪ぐ!」
駆動鎧が唸りを上げて突撃する。
魔物達の中心へと踏み込み、手に持った巨大な剣を振り回して次々と魔物達を屠っていく。
しかし、当然駆動鎧とて無敵ではない。一人で十や二十の魔物を相手にできる代物ではあるが、ここにいるのはその何倍もの数の魔物達だ。
「ぐおおおぉぉぉぉぉ! 援護を!」
「……なんなんだあいつは?」
ベオが魔法を放とうとした瞬間、背後から銃撃の一斉砲火がライナーとその周囲の魔物達を貫いた。
その一瞬の隙を突いて、ライナーはその場を脱出し、ルクス達のいるところまで後退してくる。
「助かった、礼を……!」
そこに立っていた人物を見て、ライナーは言葉を失った。
代わりにその名を呼んだのは、アディだった。
「フィンリーさん!」
金色を靡かせて、フィンリーが声を張り上げて部下達を指揮する。
「グシオンに手柄を持ってかれんじゃないわよ! あんた達、死ぬ気で戦え!」
手に持った槌を振り回し、魔物達を叩き潰しながら叫ぶ。
彼女に鼓舞されたギルド・フェンリスの重武装の戦士達はその後に続いていった。
アディに気付いたフィンリーは、一瞬その姿を一瞥する。
しかしすぐに視線を逸らして、自らの戦場へと戻っていった。
「愛想のない奴め」
「で、でも笑ってくれました」
どうやらアディにはそれが見えたらしい。
「さあ、僕達もやらないと!」
いつの間にか、ルクス達の目の前まで魔物の群れが迫っている。
倒しても倒しても湧き上がる無数の軍勢。今ここにいる者達にできるのは、英雄の勝利を信じてその命を散らすことだけ。
「絶対にここで死ぬもんか!」
ルクスの心臓が大きく跳ねる。
それは煌びやかに舞うように戦う英雄に立ちに対してか、それとも悍ましく進撃する魔王に対してか。
内から湧き上がる闘争心が、何を由来するものかもわからずにルクスは剣を取り、最前線へと駆け出していった。




