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3‐16

 ――落ちた。

 命が、落ちた。

 世界の焼いた燎原の火が、世界を真紅に染め上げた災厄の炎が、消えた。

 まるでそれは、日が落ちたかのようだった。

 明々とした日々は終わり、戦場を駆けた戦士達は一人また一人とそこを去って、勲章の代わりに積み上げた多くの屍に埋もれるように消えていく。

 最後の最後までその男は笑っていた。

 何千の生命を屠り、戦士達を戦場へと駆り立て、流れた血によって渇きを潤すが如く殺戮を繰り返した男は、自らのその最期を迎える時ですらも笑っていたのだ。


 誰もが、その最期に目を奪われた。

 誰かが嗚咽に塗れた声を上げる。

 真っ白な大地が広がっている。

 雪ではない、強力過ぎる結界が大地に流された致命的な毒素によってその周辺から生命が失われ、そうなってしまった。

 元々は風が吹く草原だったその場所は、男の最期の戦場になったそこは、最早枯れ果てた大地と化した。


「はははっ、やらかしたものだな! これではこの大地が元通りになるのに、百年以上の時が必要になるだろう」


 周りに大勢の死体が転がるその地獄で、中心に立つ男が笑う。

 正面には女が一人、光り輝く剣を手にした青味がかった髪色の少女だ。

 そうだ。

 目の前の男を、『魔王』を倒すためにここまでのことが必要だった。

 神の力を利用した兵器を用い、人の理から外れた戦士達を何人も用意し。

 そして『英雄』たる彼女と、周辺の地形が変わるほどの激闘を繰り広げ、この地を枯れ果てた無明の大地と変えてようやく、仕留めることができた。


「でも、これで貴方は終わる」

「――そうだな、残念だ。貴様との戦いは、これで何度目だ?」

「十四回目。最後は、最後だけはわたしの勝ちだ」


 英雄の少女は勝利を宣言した。

 これまで何度も二人は戦い続けた。長い年月で、強固過ぎる因縁が生まれていた。


「でも、人間は負けた」


 先程の勝利宣言とは真逆の言葉を少女は言った。

 そう。彼女は勝った。

 英雄は魔王に勝利した。

 だが、人間は違う。魔王が率いる軍勢は人々の文化を尽く破壊し、総数も圧倒的に減ることになった。最早文明を維持できるかも危うい。

 だからこれは最後の反抗だった。これから来る長い冬が、きっと明けるようにと、いつか春が来るようにと。

 せめてその元凶だけでも倒しておかなければならないという、意地だった。


「そうだな、奴等の時代がくる」


 魔王にとっては他人事でしかない。

 彼は己の衝動のままに暴れたに過ぎない。統治に興味などなく、その後の世界にもまた、何の関心もない。


「そして時代が巡り、歴史が刻まれる。それでいいではないか。それがいいのだ」

「貴方にとってはそうかも知れない」

「余計な感傷を抱くな、英雄」


 死に際のその目は、それでも彼女を強く射抜いた。

 まるで心の中を見透かされるかのような視線、それで英雄と呼ばれた彼女は言葉を失う。


「楽しかっただろう、私との戦いの日々は」


 何も言わない。

 言葉を取り繕う必要などはない、この場所にいるのはたった二人だけなのだから。


「私は楽しかったぞ」


 決して肯定しない。することは許されない。

 例えそれが、彼女にとってもそうであったとしても。


「時代は巡る、今人の世が終わり」

「……いずれまた、人の世がくる」

「ああ、そう願え。この地に根差した生命となった人を、大地は歓迎するだろう。己の力で、生きるために争い、勝ち取れ。摂理のままに。神の力などは使わずに」


 魔王の身体が揺れる。


「もし、私がもう一度生を受けることがあったとしたら」


 英雄の少女は、思わず手を伸ばしそうになってしまい、すぐにひっこめた。

 そんなことをしてはいけない。神の兵であり、魔王を滅ぼすために自分は造られたのだからと、必死で言い聞かせる。


「会いに来い。そしてまた戦おう」


 仰向けに大の字に魔王が倒れる。

 そのままその命はゆっくりと、大地に溶けるように消えていった。

 ――命が、落ちた。

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