3‐15
スコットはルクス達を見るや、足早に獣人の敷地内へと駆け寄ってくる。
警戒し後ろに下がる獣人達を護るように、代表者としてエルマが前に出た。
「おぉ! 貴様はギルドの……!」
「スコットさん、ですよね? どうしてこんなところに?」
「ギルドとか言うまともな軍事教練も受けていない烏合の衆に英雄達の援護を任せるわけにも行かんだろう。我々騎士団もこうして参戦してやろうというわけだ」
「恐らくは上からの指令だろうな。戦場の主導権がギルドにあることが伝わると、奴等としては立場がないということだろう」
ルクスの背中辺りで、ベオが小声でそう言った。幸いにして、スコットには聞かれていないようだ。
「いや、しかしやはり貴様達は優秀なのだな。この私が直々に勧誘しただけのことはある。事と次第によっては、補給を融通してやってもいいが?」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ、そうか」
以前とは打って変わって、スコットは機嫌よくルクス達に応対する。その様子に何か違和感を感じる。
それは彼の次の言葉ですぐに明かされることになった。
「では君が捕らえた獣人達をこちらに引き渡せ。我々が持って来た兵器の設置に、戦える者には最前線で壁役として使ってやらねばならんからな」
「何を……?」
「何って、当然だろう。今は非常時なのだ、使えるものはなんでも使わねばならん。騎士団が敗れれば市民へと被害が及ぶのだぞ」
「お前!」
エルマが怒りを剥き出しに前に歩み出る。
スコットの背後に控えた兵士が剣を抜くが、ルクスは両者の間に身体を滑り込ませて止める。
「この人達の大半は怪我人です。戦わせるのも、働かせることも無理です」
「それは貴様が決めることではない! どうしてたかがギルド、それも偶然成り上がっただけの弱小のマスターが、大局のために行動する我等の指針を変えられると思う?」
「……ひょっとして最初からそのつもりで……?」
「ああ、そうだ。この辺りで働かせておいた獣人達の居場所は、あらかた把握していたからな。逃げているかどうか不安だったが、お前達が上手く留めてくれていたようで何より」
「違います。この人達は魔物に襲われて、枷を嵌められたまま殺されるところだったんです」
「別にどちらでもいいだろう、そんなこと」
「いいわけあるか!」
スコットの言葉に、エルマが激高する。
「お前達はわたし達をこんなところに縛り付けて! 監視の人間に何度も鞭で叩かれて働かされた! なのに魔物が来たらどうだ、そいつらは我先にと、一人残らず逃げ出したんだぞ!」
「だからどうしたと言うのだ! そもそも貴様達は前回の魔王戦役時に我等に対して反乱した一族の縁者ではないか! そのような危険分子だからこそ、こうして労役を課せられただけのこと! 罪に対する罰を与えたまでの話だ!」
「わたし達はやってない! そんなことが罪になるか!」
「なるのだよ! 同じ血が流れ、思想を耳にしたことがあればな! 貴様達はこの大地の敗者なのだ、勝者が敗者をどのように扱おうが、問題ないのだ」
「こいつ……!」
「ちょ、待て! 待ってくれ!」
飛びかかろうとするエルマを、背後からエリアスが抑えた。そのまま引きずるように獣人達が集まっているところへと連れて行く。
「ふぅ、思わずカッとなってしまったわ。だがこれで貴様も理解しただろう? 奴等にはそう扱われるだけの理由があると」
「……納得できません」
ルクスははっきりとそう答えた。
「何故だ? 奴等の野蛮さが、その血脈が証明しているではないか? 自分達が劣った存在だと、そしてそのような者達を上手に扱うのが貴族だ」
話しているスコットの背後から、一人の兵士が駆け寄ってくる。彼等は事の成り行きを眺めながら、ルクス達を観察していたようで、ある事実に気付いていた。
「……なに?」
スコットの視線が、ルクスの瞳へと注がれる。
「なるほどな。貴様、人造兵か。人に作られた僕でありながら、反旗を翻した役立たずの木偶人形風情が。そうであるならばここで獣人達を庇うのも納得がいくか。だが調子に乗るなよ、ゴミ共! 貴様等亜人共は我等が生かしてやっているから生きているだけのこと、進んでその命を差し出すのは天命なのだ!」
「そんなの、僕は認めません! 望んでもいないのに命を差し出すなんて間違ってる! そうしないために、そうならないために騎士団や英雄、そして僕達ギルドがいるんじゃないですか!」
声に力が籠る。
これを否定しなければならない。
もし彼の言葉が正しの世界の理となってしまうのならば、ルクスは――。
「反逆するつもりか? 貴様、我等に逆らってギルドを続けられると思うな! 国家公認にしてやった恩も忘れて!」
「恩って! ほぼ詐欺みたいなもんじゃねえか!」
エルマを抑えながらエリアスがそう叫んだ。
「貴様は人間だろうが! なんでこいつらの味方をする!?」
「俺は最初からあんたらの言ってること全部に納得してねえよ! だいたい、人間同士で争ってる場合じゃないでしょうが!」
「そいつは人間ではない!」
「どっちでもいいよそんなこと! ただな、見てわかる通りこっちは怪我人が大半で人間達には不信を抱いてる。そんな連中をまともに働かせられるわけないだろうが!」
「だったら話し合いは無駄のようだな! おい!」
スコットの号令で、背後の部下達が一斉に武器を抜く。
「ここから先に行くなら、僕が相手になります!」
ルクスも迷わず剣を抜いて、迎撃態勢を取る。
エリアスも一瞬、まさか自分が間に入ったことでこうなったのかと逡巡したが、すぐにルクスを方を見て同じように武器を構えた。
「くそぉ、こうなるとは思ってなかったのに」
「でも、嬉しかったよ」
「あん?」
エリアスは自分が言ったことに気が付いていないようだった。
互いに武器を抜いたまま睨みあう。
どちらも前に出ないのは、ルクス達からは積極的に攻撃を仕掛けるつもりはなく、ここで引き下がって欲しい意図があること、そして相手の兵士達もまた同じように、この状況で曲がりなりにも仲間どうして殺しあうことへと躊躇いがあるからだった。
だが、その中心にいるスコットにそんなことは関係ない。彼にとって獣人は資源でしかなく、それを使い潰すことに何の躊躇いもない。
加えてそれを邪魔する人造兵であるルクス、最早スコットにとっては敵でしかない。いや、むしろそんな存在を公認ギルドとして認めてしまった自分の汚点を隠すために、ここで消しておかなければならない相手ですらあった。
「何をしているか、貴様等!」
「し、しかしスコット卿……? 我々の敵はあくまで魔王であり、ギルドとは協力体制を取っているはずでは」
「黙れ! 騎士団たるもの階級が全てである! 高々成り上がりの一騎士が、子爵である私に逆らうのか!」
「りょ、了解……!」
若い騎士は、兜の下に苦々しい顔を浮かべながらスコットの言葉に逆らえず剣を構える。
スコットも剣を抜いて、彼が号令を掲げるその瞬間、薄い炎の壁が地面を走り、お互いの陣営を至近距離で分断する。
「そこまでにしておけ」
そんなことができるのは当然、この場には一人しかいない。ベオだった。
「獣人風情が何を……!」
「血気に逸るのも結構だが、今はその時ではないだろう」
努めて冷静に、ベオがそう言った。
「そもそもだ、私達のこの行動は現状の指揮官であるウィルフリードの命令で行われている。奴等に渡した書状も含めれば、ここにいる連中を避難させるところまでが、奴の命令ということだ」
ウィルフリードの名前を出されて、スコットは言葉に詰まる。やはり、彼のことは怖いようだった。
「だが、これは騎士団としての……」
「その辺りの連絡ができていなかった時点で、お前達の落ち度だろう。私達はマスター・ウィルフリードに言われた任務を遂行する。貴様は指揮権をウィルフリードに渡していたと思うが?」
「私は奴を認めてなどいない!」
「本人が全体の指揮を執ってるのを間近にいながら咎められなかった時点で、それが通じるわけがない」
「だ、だがな……我等は騎士団としての威光がある。ここで貴様達を殺せば、奴に事が漏れることはない。どちらにせよ、そいつは私に逆らった反逆者なのだ!」
「ほう、強気だな」
ベオの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
如何にも血の気の多い、この展開を待っていたと言わんばかりのその態度は、明らかにこの場の話しあうの空気を飲み込もうとしている。
「まー、私も獣人だしな。色々と言われて嫌になっていたところもある。お前達を合法的に八つ裂きにできるのなら願ったりなのだが」
「貴様等如きで我等に勝てるとでも思っているのか! 思い上がりもいい加減にしろ!」
実際のところ、スコットが連れている兵士は十名ほどでしかない上に、装備も見たところ普通の鎧や武器で、魔法技術が使われているようにも見えない。
やりあって勝ち目があるかと問われれば、ルクスは首を縦に振るだろう。
「あのなぁ、貴様等。私達がここでやると決めたら、後ろの獣人もこちらに味方するぞ? あれだけ吼えておいて、まさかこいつらが自分達の兵力に加わるとか思ってないだろうな?」
「ぬ……!」
どうやらスコットはそんなことも考えていなかったようだ。もっともルクスもそれを聞いて改めて思ったので、人の事は全く言えないが。
「それにうちの斥候は足が速いからな。ウィルフリードに連絡はすぐ行くぞ」
「お、俺っすか?」
「珍しく貴様を頼ってるんだ、シャキッとしておけ!」
最早条件反射、エリアスはベオに言われて背筋をぴんと伸ばしている。
「こちらには人外も多い。やりあってお互い手痛い傷を負うのは避けたいと思うがな」
スコット達の背後から悲鳴が上がる。
そちらの方に目を向けて見れば、いつの間にか背後に移動したアディが、彼女の分身を広げるようにして足元に展開している。
急に地面が沼になったような感触に、スコットの兵達は動くこともできずにその場に釘付けになった。
「伊達に少数精鋭でやってないぞ、私達は」
「ぬ、ぬぅ……!」
いつの間にか後ろの獣人達も、エルマを中心にしてスコット達を追いつめるように人垣を作っていた。
スコットはルクスを睨むが、ルクスも同じようにするだけで、ここを退く気はないことを無言で告げる。
「……おのれぇ! 私を、このアルテウルを敵に回したことを後悔しろ! 撤退だ!」
叫ぶと、スコットは我先にとその場から逃げていく。
彼に続いて兵士達も、持って来た荷車と共にその場から去っていった。
最後に残った一人、殿を務めてあの若い騎士だけが一度立ち止まりルクス達に向けて大きく頭を下げ、それから立ち去っていった。
「……ふん」
炎の壁が消え、足元の闇もアディの元へと戻っていく。
「まったく、馬鹿共め。こういうところで感情的になっては、大局を見失うぞ。これから魔王討伐という大仕事があるのに、無駄な力を使ってどうする」
「ご、ごめん」
多少無理矢理ではあるが、あくまでも理知的に場を収めたベオの手腕に、ルクスの頭は下がるばかりだ。
しかしそんなルクスを見て、ベオはいつも通りの不敵な笑みを見せてくれる。
「気概はよし、だ。貴様もな!」
ぺし、とルクスを尻尾で上機嫌そうに叩いてから、エリアスに蹴りを入れる。
「いでぇ! なんで俺だけ蹴りなんすか!」
「私のモフモフの寵愛を受けられるのが一人だからな」
「で、でも二人とも格好良かった。アディはとっても感動しました! アディなんかはあの人達が思ってる以上に何とも言えない生き物ですけど」
戦闘態勢ではない、青色のスライム状のものをうねうねと放出しながら、アディが近寄ってくる。
彼女の冗談とも言えない自虐はともかく、これで一応は事態を治めることには成功した。
そうは言っても、この一件はルクスにとっても無関係ではない。スコットが消えていった方を見つめながら、嫌な予感が胸の中に渦巻いていた。




