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絶氷のウィルフリード

「あの馬鹿! 英雄に踊らされ過ぎだ!」


 悲鳴のようなベオの叫びが、エリアスの耳に届いた。

 そうは言われても、エリアスとて上空から飛来するハーピィやワイバーン、そして地上からも次々と襲い掛かってくるゴブリンやオークなどの軍勢に対処するので精一杯だった。


「そんなこと言われても!」

「ええい! 道を……切り拓かねば!」


 ベオの手に魔力が集束する。

 多少なりとも魔法を齧ったことのあるエリアスだからこそ、その量も速度も普通の魔導師とは全く格が違うことを知り、改めて自分が如何に場違いであるかを自覚することになる。


「吹き飛べ!」


 炎の暴風が、一点に吹き荒れる。

 巻き込んだ魔物の数は、十や二十では利かないことだろう。一瞬で、戦場のその空間にぽっかりと穴が開いたようだった。

 だが、それすらもすぐさま埋まり、次々と敵が押し寄せてくるのがこの戦場だった。


「うわああぁぁっ! ベオさん、こっちにも数が!」

「世話の焼ける!」


 火球が数匹のハーピィを纏めて焼き尽くす。

 間一髪、エリアスは敵の包囲を抜け出して他の味方が戦っているところに合流することができた。


「く、そ……! 『エンチャント・ファイア』!」


 少しでも威力をあげるために、ショートソードに炎を纏わせる。既に矢は尽きて、後は上から襲ってくる敵に対しては武器を振り回して抵抗するしかない。


「俺だってルクスを助けに行きてぇけど……!」


 既にその姿は敵陣の奥に深くにある。


「……あいつ、いつの間にあんなに強く……もう遠いところにいやがる!」


 少し前までは自分とそれほど変わらない実力だったのに。

 オーウェン・スティールとの戦いか、もしくはその前に味わった戦場か。

 異常とも言える速度で成長し、そしてまるで心を失ったかのように英雄の後ろを追い求めるルクスのその姿に、エリアスが抱く感情は心配だけではない。


「あいつ、どうなっちまうんだよ」


 ほんの僅かではあるが、恐怖を抱いた。


「うおおぉ! まだ来る!」


 周りの兵士達と一緒に円陣を組むように、全方位からの敵に備える。

 状況としては一応、エリアス達の戦う最前線で粘ってはいるが既にこちら側にも多大な犠牲者が出ている。


「埒が明かん! アディ!」

「は、はいぃ!」


 ベオの言葉に応えるように、黒い影のようなものが戦場を横切った。

 魔物達の足元にも、黒い影が纏わりつくように生まれていく。

 次の瞬間、そこから飛び出した無数の棘が、魔物達を纏めて串刺しにする。


「あ、アディ……さん」

「ふへへっ……! 食べ放題、フルコースぅ! ケーキの方が好きだけどぉ!」


 黒い闇が伸び、絡み付き、飲み込んで噛み砕く。

 まるで巨大な生き物が敵を次々と捕食しているような光景に戦慄したのは、狂気に駆られた魔物達ではなくエリアス達だった。


「突っ込むぞ!」

「はーいっ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺達はどうなるんすか!」


 次々と押し寄せてくる魔物達からなんとかここを支えられているのは、ベオとアディの広範囲攻撃の力が大きい。

 彼女らがここを離れれば、エリアス達はたちまち数に飲み込まれてしまうだろう。


「この程度は自分で何とかしろ! 私はルクスが心配なのだ!」

「ふへへっ、わ、わたしもぉ!」


 魔物を蹴散らし、奥へと突っ込んでいく二人。

 後に残ったエリアスに、周囲の兵士達の視線が突き刺さる。


「あ、あんたはできないのか? その……あの二人みたいなことは?」

「……無理に決まってるでしょ」

「だよなぁ……」

「と、取り敢えず固まりましょう! そのままゆっくりと後退して、味方と合流すれば!」


 気休めを口にしながら、エリアスは心の中で自分を罵倒する。

 何を適当なことを言っているのだろうか。斥候として優れた目と耳を持つエリアスには、既に周りの状況は伝わっている。

 戦いは泥沼と化している。周囲は例え合流したところでどうにかなるような状況ではない。

 元より補給部隊を救出するために部隊は二つに分けられた。

 それが意味することは、辿り付けなかった方の犠牲。勿論全滅するつもりなどはないだろうが、魔物の大群とぶつかった方が、甚大な被害が出る。それを織り込み済みでの作戦だ。

 そして運悪く、エリアス達は選ばれた。犠牲となる部隊の、その最前線に。


「し、死にたくねぇ! こんなところで死んでたまるかよ! 俺だって、俺だってなぁ、英雄に憧れてるんだからよ、夢を見たっていいじゃねえかよ!」


 死に物狂いで武器を振り回し、魔物達を打ち取る。

 ハーピィやゴブリンを倒すことはできるが、オークの小隊が相手では一人では分が悪い。

 即席の連携を取って戦うも、一匹倒すごとに仲間達も一人また一人と倒れていく。

 そして、不幸とは連鎖するものなのかも知れない。

 全身が凍り付くような雄叫びが聞こえたかと思うと、何かがエリアス達の足元にばら撒かれるように飛来した。

 重い音を立てて地面に転がるそれらを見て、誰かの悲鳴が上がる。

 バラバラに引き裂かれた人の身体だった。

 腕や足、果ては首など、無残にも引き裂かれた人体のパーツが、乱雑に飛んできては転がっていく。


「ひ、なんだよ……!」


 黒く巨大な影が、宙を舞った。

 間一髪でそれを避けれたのは、曲がりなりにもルクスと訓練をして鍛えられた反射神経と、勘によるものが大きいだろう。

 反応が遅れた、エリアスと共に戦っていた名も知らぬ兵士は、その爪によって鎧ごと心臓を切り裂かれて、悲鳴をあげる間もなく没することとなった。


「あ、が……!」


 巨大な、黒い猛獣。

 あの時ルクスが戦っていた個体よりも小さいし、あれほど強い魔力を秘めてはいないが、それでもその姿は紛れもなくあの怪物だった。


「ま、魔獣……!」


 魔獣を相手にするには一個中隊では足りない。

 前回の魔王戦役から言われている言葉らしいそれは、端的に目の前の怪物の脅威を現すものだった。

 口から人であったものの欠片を吐き出すと、魔獣は低い唸り声を上げてエリアスと、残った兵士達を睨みつける。


「まじかよ……! ルクス、ベオさん……! アディ……?」


 仲間の名を呼んでも、彼等はこの場にはいない。戦場の奥で派手な火柱が上がっていると言うことは、健在の証拠なのだろうが。


「なぁ、君」


 後ろで声がして、エリアスは魔獣を睨んだまま耳を傾ける。


「我々が時間を稼ぐから、仲間と合流したらどうだ?」

「はぁ? なんで……?」

「本当は仲間と一緒に行くところを、わたし達を護るためにここに残ったのだろう? 君に世話を焼かれ過ぎては、我々のギルドの名が廃る」


 そんなつもりはない。ルクス達に付いていくのが怖すぎて、動けなかっただけだ。


「最前線で戦っている彼等ほどではないが、君もかなり腕が立つ。ここで無駄死にさせるのは忍びない」

「んなこと言われても……!」


 また遠くで爆炎が上がる。

 黒い闇が無数の魔物を飲み込むのを見た。

 そしてその一番先頭で、恐らくルクスは剣を振るっているのだろう。余りにも無謀に。

 エリアスは彼のようにはなれないかも知れない。だけど。


「見捨てられますかって! 全員で掛かってこいつを仕留めるしかないでしょ!」

「君……!」


 残された人数は立った五人。周囲の仲間達は魔物の軍勢に分断されて、すぐに援護に来れる状況ではない。


「やってやるよ! 魔獣と戦うのは初めてじゃねえんだからよ!」


 最後に一発入れただけとは、口にしないでおく。

 エリアスの気合が伝わったのかはわからないが、魔獣もまた雄叫びを上げて、地面を蹴った。


「まずは避けて……! 『エンチャント・ボルト』の一撃を!」

 剣が稲妻を帯びる。

 覚悟を決めたエリアスと魔獣の影が交差する前に、辺り一面を白い閃光が覆い尽くした。


「……は?」


 思わず漏れた力ない声と共に、白い息が吐きだされる。

 甲高い音と共に、周囲の樹木が樹氷へと変貌していく。

 地面を走るかの如く戦場を駆け巡る凄まじい冷気の突風は、範囲内にいる魔物達を瞬く間に凍てつかせ凍り付かせていった。


「なん……だ?」

「絶氷……」


 兵士の一人がそう呟く。

 凍り付いた戦場、魔物達はあるものは氷のオブジェと化し、あるものは凍傷で手足が千切れていた。

 それらの中心を、悠々と歩く男が一人。

 これだけの魔法の放った余波なのか、手の中に今も漂う冷気を纏わせながら、ウィルフリードはエリアス達を一瞥もせずに、ルクス達のいる戦場の奥へと歩いていく。

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