薔薇の英雄、エーリカ・ライプニッツ
ルクス達が連れてこられたのは、比較的広めの建物だった。とは言っても内部は大きめの机と椅子があるだけで、装飾も生活用品も何もない。
席は大半が埋まっており、後はルクス達を待つだけの様子だった。
「適当に座れ」
ウィルフリードはそれだけ言うと、中心にある不自然に空いた場所に向かい腰かける。
「ふむ」
席の数は大凡三十。各ギルドから二人ずつ来ていることを考えると、ここに集められたギルドの数は十五前後といったところだろうか。
ルクスは適当な席に座り、その隣の椅子をベオが引く。
すると、真横から声が掛かった。
「獣人を座らせるのか? ここは子供の遊び場じゃねえんだぞ」
隣に座る、柄の悪い大柄の男が吐き捨てるようにそう言う。
それに呼応するように周囲からは失笑の声が漏れた。
「別に構わんだろう。王座でもあるまいし。貴様のようなぼんくらでも座れる椅子なのだから、いかほどの価値もあるまい」
男の方を一瞥もせず、ベオが答える。
「なんだと、てめぇ!」
すぐさま男は激高しベオに手を伸ばすが、ルクスはその手首を強く掴む。
「やめましょう。僕達は喧嘩をしにここに来たわけじゃないですから」
「だったらその獣人を……!」
「彼女は僕の大切な相棒です。それに獣人を連れて来てはいけないとは聞いていませんでした」
ルクスの視線が、すっかり存在感のなくなったスコットへと向けられる。
スコットは何か言い返そうとしたが、それを遮るようにまた別方向から声が上がる
。
「こらこら、争いはやめたまえよ。ボク達はこれから力を合わせて、未曽有の強敵へと立ち向かうのだから、その栄光の旅路が喧嘩から始まっては、ボクの叙事詩としては格好が付かないだろう」
少年とも少女ともつかない中性的な声がその場に高らかに響き、椅子に座るその姿に会議室の全員が注目する。
一人の少女が、足と腕を組んで優雅にその場に座っている。少年のように短く切られた、遠目からもよく目立つ赤い髪の少女、煌びやかな鎧を見に纏ったその姿は、非常によく目立つ。
中性的な美貌を持つ少女は、何故か彼女のところにある紅茶を一口飲んで、ウィルフリードの方へと視線を向ける。
「会議を始めようじゃないか、マスター・ウィル。この歴戦の勇士を率いる偉大なギルドマスターよ」
「あぁ、まさか会議もろくにできねえようなカス共が集まるとは思ってなかったからな」
底冷えのするような声が、一瞬で空気を支配する。
「現状を理解していないような奴もいるようだがな」
ウィルフリードの視線が、ルクス達の方を向くが、彼が睨みつけているのは今因縁を付けてきた男だった。
「なぁ、ギルド・ボリクスのフリオ君。なるほど、人数は三十名程とまずまずだが主だった戦果は魔物の小集団の討伐のみ。それから……ああ、亜人種の集落を襲撃して小銭を稼いでるようだな」
「い、いやぁ、それは……奴等に反乱の意志があったもんだから……」
「別にその辺の事情は俺にとってはどっちでもいい。ただ、そうやって戦果を挙げたような振りをして、連中が隠してる技術や金品を王国に献上し、成り上がるギルドが結構な数いるもんでな」
にやにやと笑いながらそう言うウィルフリードに対して、フリオは顔面蒼白だった。差別意識こそあれ、今は亜人種も人間として認められている。そんな彼等を理由なく襲ったとしたら、彼は犯罪者として裁かれることになる。
「マスター・ウィル。今は罪の追及をする時ではないだろう。全てが終わってから、改めて裁判の準備をすればいい。共に轡を並べ戦う間ぐらいは友でいようじゃないか」
朗々と語る少女に諭されて、ウィルフリードはフリオを責めるのをやめた。
「まずは現状の確認が必要だろう。そこにいるスコット卿を初めとする騎士団の連中から話は聞いているだろうが、この樹海の奥に特殊な魔力の反応、そしてそれに呼応するような魔物達の軍事活動が発見された」
話し始めたのはスコットではなく、何故かウィルフリードだったが、この場にそれを咎める者はいない。存在を半ば無視されているスコットも、黙って話を聞いていた。
「アルテウル王国の上層部はこれを魔王再誕と決定。数日前より極秘裏に戦力の輸送と交戦が開始された。民間人に情報が行くのはもう少し後だろうが、中央じゃ有力貴族の連中は避難を始めてるって話だ」
その言葉によって、僅かだが騒めきが広がった。そしてその貴族の一人であるスコットは顔を青くする。
「ふん、性根が悪いな。あの貴族の言われたくないことを、反論できないのをいいことに暴露している」
ベオが愉快そうに呟いた。
「でもここに来てるだけ助かるよ。あの人は少なくとも逃げてないんだから」
「そう言う考え方もあるかも知れんな」
「既に多くの騎士団やギルドは前線で戦っている。俺達は後詰めとして集められたんだが……つい昨日、前線への補給部隊が魔物達の集団と遭遇戦になり壊滅状態になった。これによって最前線は補給が断たれた状態になったわけだ」
「魔王が存在することでその瘴気は魔物達を呼び寄せるだけではなく、瘴気に犯されたあらゆるものを触媒に魔物を発生させるとも聞く。恐らくは補給部隊も、発生した魔物達による奇襲によって敗北したのだろう。彼等の健闘を嘆かわしいと蔑めるかい? 否! 彼等はきっと精一杯戦っただろう。だからこそ、ボク達はそれに報い、生き延びた同胞達を救う義務がある!」
何やら酔ったように大声で語る少女だが、その場の誰も笑いもしなければ意見もしない。あれだけ威圧感のあるウィルフリードですら、彼女に語らせるままになっていた。
「……大方はそいつの言った通りだ。人間同士の戦争とは勝手が違う。お前等もその辺りはちゃんと頭に叩き込んでおけ。情報によれば連中の中には単なる魔物だけじゃなく、魔獣クラスも混じっているそうだ」
魔獣という響きに、静まりかけていた会議室が再び騒がしくなって行く。もっとも、ここに集められたぐらいの者達であるからには、大半が恐れというよりも魔獣を倒すための手段や装備の確認のようだった。
「頼もしくて何よりだ」
それから滞りなく、会議は進んでいった。
ルクス達は特に何か言うわけでもなく、決定されたことを忘れないようにしていることぐらいしかやることがなかった。
実際この場は形式的な物のようで、最も大きなギルドであるグシオンに指揮権があることを確認する意味合いの方が大きいようだった。
会議も終わりに近付いてきたころに、ベオが不意に手を上げた。
周囲からの訝しむ視線など彼女には全く関係ない。ウィルフリードも獣人と蔑むこともなく、ベオの発言を許した。
「二つ質問がある」
「言ってみろ」
「一つ、この戦いの指揮を執るのはお前のようだが……騎士団とか言う連中は何をするんだ?」
ベオの言葉に、スコットが何かを言いかける。恐らくは獣人を罵倒するような言葉を放とうとしたのだろうが、それに先んじたのはウィルフリードだった。
「いい質問だ。ここに来てる騎士団の数は約四十人。小規模ギルドの兵隊にも満たないような数だ。答えはこれでいいか?」
「ああ、それともう一つ」
ベオが少女を指さす。
「こいつはなんだ?」
「やっと聞いてくれたね! できればマスター・ウィルではなくボク自身に尋ねてほしかったのだが……」
少女はその場に立ち上がり、その場の全員の視線を集められるように前に歩み出ると、片手を前に出して丁寧にお辞儀をする。
「知っている人もいるかも知れないが、改めて自己紹介をしよう。ボクの名前はエーリカ。エーリカ・ライプニッツ。またの名を、薔薇の英雄」
その言葉と同時に、彼女の周囲に薔薇が咲き誇り、一瞬して弾けるように消えていく。
ひらひらと優雅に舞う花びらの中でエーリカは顔を上げて、朗々と歌うように語り始めた。
「アルテウル王家の勅命により、君達と共に戦うことになった。共に死力を尽くし、戦場を優雅に駆け、そしてこの地に伝説を残すとしよう。エーリカ・ライプニッツと勇士達として!」
「なるほど。ギルドがあちこちで隆盛している理由がよくわかるな。このような緊急事態に出せる戦力にも事欠いているというわけか」
エーリカを半ば無視して、思わずベオが言った言葉が全てだった。
騎士団はアルテウルの守護者であり絶対的な力の象徴、人々を護る盾であり剣であるはずなのに、最早その実態はギルドに戦いを任せなければならないほどに弱体化している。
今回の魔王再誕は、その事実を間違いなく多くのギルドに知らしめることになっているだろう。
「き、貴様! 獣人風情が生意気な口を利くな! お前達のような弱小ギルド如き、我等の威光を持ってすれば……!」
「この狭い会議室で威勢を放つのはやめておけ、スコット卿。怒りはそれが事実だと認めてるようなもんだ」
「だが、騎士団の誇りを汚されたのだぞ! 獣人如きに!」
「誇りで戦争に勝てるなら別にいいが、俺の知る限りそんな事実はねえな。余計ないざこざは困るんだよ、俺はそいつらに期待してるんだからな」
にやりと笑って、ウィルフリードがルクス達を見た。
「臆さないだけの度胸がある。流石、名無しのギルドの魔獣殺しのルクスだ」
「ま、魔獣殺し……!」
「あれが噂に聞く、魔獣を打ち取り、グシオンとフェンリスに喧嘩を売ったっていう……」
「それだけじゃなく、あのオーウェン・スティールに実力を認められて共闘したって話もあるらしい」
急にルクス達に視線が集まり、辺りの連中が小声で何やら話し始める。
「お、お前が……魔獣殺し……?」
隣に座っていたフリオもまた、立ち上がってルクスから距離を取った。
「たった二人で魔獣をやっちまったっていう……」
「そうだぞ、平伏せ」
「ベオ、調子に乗らない」
「おぉ! 君が魔獣殺しの! 英雄アレクシスから話は聞いているよ! 彼とボクは共に戦場を駆けたこともある旧知の仲だ」
エーリカはルクスの手を取り、強く握る。
「君も只の獣人ではないのだろう? 隠してもボクにはわかってしまうよ。その小さな体躯に隠された、恐怖すら感じるほどのパワーが。戦場では是非、その力を存分に振るってくれたまえ。肩を並べ、魔王を倒し罪なき民達を救おうではないか!」
ベオの頭を撫でようと手を伸ばすが、彼女はそれをひょいと躱した。
「私に指図をするな。別に貴様に言われなくても、こいつが戦うというのならやってやる。民も知ったことではないが、魔王を名乗る不届きものには興味がある」
「愉快な連中が集まったもんだ。期待させてもらうぞ、ルクス?」
挑発的とも取れるウィルフリードの視線を、ルクスは負けじと睨み返す。
「貴方の期待に応えられるかはわかりませんけど、やるべきことはやって見せます」
「いい返事だ。先走って死なないように願ってるぜ」
この言葉を最後に、会議は終わりを告げた。




