魔王再誕とギルド招集
――今から約十年前の話。
魔王と呼ばれる災厄が、突如大陸の南部に発生した。本来ならば独自の生態系を持ち決して協力することのない魔物達は、魔王の発生によって一つの軍団として統制され、人間達に牙を剥く。
そしてそれを機に、その日まで人間達に虐げられてきた亜人種と呼ばれる者達も反旗を翻した。
結果として戦乱の炎は大陸を包み、アルテウル王国は確立以来最大の被害を被ることになった。
民間人への被害は甚大で、人口は最盛期の大凡半分にまで減ったと言われている。
同時に大きく力を削がれたのが、アルテウルの騎士団だった。神の仔であるアルテウル王族、そんな彼等を護るために組織された騎士団は勢力を大きく削られ、その治安維持能力は著しく低下。今日まで回復には至らず、ギルドと呼ばれる組織達が幅を利かせる理由にもなっている。
反乱を起こした者達の中には、元々ホムンクルス技術の一端として生み出された、戦うための人工生命、人造兵も含まれている。
つまりはこの場にいる、ベオを除いた全員がその戦いによる傷跡を残しているということでもあった。
満足そうにスコットが去っていた後の夕立亭。重苦しい沈黙と空気を最初に切り裂いたのは、エリアスの怒りと、不安が入り混じった声だった。
「なんであいつの言うことなんか聞いたんだよ! これじゃあ俺達は……!」
「スコットさんも言ってた通り、公認ギルドである以上は、国家の勅令であるギルド招集には逆らえない。そこに何の不備もないよ」
淡々とルクスはそう答えるが、それがよりその場にいる反対派の感情を逆撫でしたようだった。
「だから、詐欺みたいなもんだろう、それは! いい加減俺達ばっかり貧乏くじひかされて、こんなのってねえだろ!」
「で、でも、そ、それが現実……です。力のないものは、立場のない人達は、搾取される……そ、そうやって維持されてるのが、今この世界……ふへへっ。ちょっと語ってみました」
エアリスに睨むように視線をやられて、アディは口を噤んで押し黙る。流石にそれは申し訳ないと思ったのか、エリアスもすぐにバツが悪そうに彼女から目を逸らした。
「そんなのわかってるよ……! 俺だって理不尽は受けてきた、でもさ……でも……こんなのあんまりじゃねえか! 死ねって言われてるようなもんだぞ!」
「……まぁ、奴の態度から言ってそうだろうな」
何でもないように、椅子の背もたれに全身を預けていたベオが答えた。
アディとは異なりエリアスの視線をものともせずに、ベオは更に続ける。
「私達の役割は捨て駒。英雄とか言う連中が本丸を叩くまでの囮がいいところだろうな。貴様がこなかったあの時の戦いのように」
嫌味な笑いを浮かべて、ベオはそう告げる。
「ベオ、さんはあいつの思惑がわかってたんじゃないんすか? なんでルクスに助言してあげなかったんです?」
「そうですよ! ベオちゃんだって、ルクス君がこんな理不尽な目にあうのを許容できるんですか?」
エリアスの言葉にエレナの援護も加わるが、当のベオは何処吹く風で受け流す。
それから流し目をルクスに送りながら、
「止める理由がなかったからだ。なぁ?」
「……そうだね」
強い決意を秘めた声で、ルクスは答えた。
「どちらにせよこいつは行くだろうからな、その戦場へ。そう言う奴だ」
ベオの言葉を聞いた二人が押し黙る。
エリアスもエレナも、そんなことはわかっていた。ルクスという少年は、力のない人々を護るためならばどんな無茶でもしでかすことは、これまでの事件で明らかだった。
それに加えて、今回の戦いには彼にとっての大きな意味がある。
「近づけるかも知れないんだ」
ギルド招集が発令されたと言うことは、それはつまりアルテウルという国家の大半が戦力を結集するということ。
そんな大きな戦いの中に、国の力の中心を担う彼等がいないはずはない。
「英雄に」
ルクスの目標、目指すべき場所、到達点。
「私は別にそんなものはどうでもいいんだがな。しかし、魔王を名乗る不届きものには、一つ灸をすえてやる必要がある」
「ルクス、お前まだそんなこと言ってんのかよ! お前にはこのギルドがあるから、それでいいじゃねえか! だいたい、人造兵であるお前は幾ら手柄を立てても……!」
エリアスが言葉を最後まで口にする前に、青く半透明の何かが背後から伸びてきて、彼の口を塞ぐ。
「もがっ」
「え、リアス、さん。それ以上は、駄目駄目」
それはアディが操る、薄い青色をした透明なクラゲのようななにかだった。いつの間にか彼女から切り離されて、音もなくエリアスの背後に忍び寄っていたらしい。
「とにかく、ギルド招集があってもなくても、僕はそこに行く。別にそれで英雄になれるとは思ってないけど、それでも……僕が戦って一人でも命を救えるのなら、それでいい」
そう言って、ルクスは立ち上がり夕立亭を後にする。
ルクスが入り口を潜ってから程なくして、コップの中のジュースを飲み干したベオも勢いよく立ち上がった。
「そういうわけだ。貴様達も身の振り方をちゃんと考えておけよ。わかってるとは思うが、ルクスは同行を強制するようなことはしないだろうしな」
それだけ告げて、ベオも足早にルクスを追いかけて店を後にした。
エリアスの口を塞ぐのをやめて、クラゲ状の生き物がアディの足元に戻り、彼女に溶け込むように一つの戻って行く。
数秒の沈黙の後、アディが珍しくエリアスに対して責めるような視線を向けた。
「今のは、駄目、です」
「……すまねえ」
エリアスにとっても先の言葉は心にもないことだった。しかし、事実としてルクスがどれだけ力を付けても、彼が英雄になることはない。
人造兵である彼は、最初からのその資格を持っていないのだから。
「アディも、準備してきます。ふへへっ、着替えに、おやつに、遠征って、ちょっと楽しみ」
不謹慎なことを言う彼女に口を挟む者は最早誰もいない。エリアスは自己嫌悪に陥っているし、恐らくは彼と同じことを思ってしまったエレナも同様だった。
そんな二人を安心させるように、アディはぎこちない笑顔を作って見せる。
「だ、大丈夫。ルクス君は、強いから。ずっと、ずーっと英雄を志してきたから。それがルクス君に定められた、運命なのです。わたし、アディ・ルーはそれを見届けるって、見送るって決めてますので。だから、きっと、うん。大丈夫、です」
相変わらず支離滅裂な彼女に言葉。その違和感に気付ける者は、今この場には誰もいない。




