穏やかな時間
アルテウル王国、辺境に近い街ミリオーラ。
魔王戦役と呼ばれる各所に大きな被害をもたらした先の大戦から運よく逃れたこの街は、ささやかながらも活気のある街だった。
その西側にある地区の一角。紆余曲折あって一人の少年が運営しているギルドの建物の向かい側。
今やすっかり地元の者達の間で馴染みの店となった夕立亭、その入り口の前には箒を持って掃き掃除をする少女が一人。
エレナは豊かな胸が特徴の、初対面の人でもついつい身の上話をしてしまいそうな柔らかな印象を与える少女だった。
心地よい陽気に、気持ちが弾み、軽い鼻歌を歌いながら石畳の落ち葉を集めている彼女がふと顔をあげると、視界の端に見覚えのある姿が見えた。
「ベオちゃん、アディちゃん!」
対照的な姿をした、エレナよりも年下の少女達だ。
ベオと呼ばれた方は褐色の肌に銀色の長い髪、頭の上には獣人を現す三角の獣耳、腰の方から伸びた尻尾が、一目でわかるほどに不機嫌そうに揺れている。
その少し後ろをおどおどと付いてきているのは先日向かいの建物のギルドに加入したアディ・ルー。陽光を透かす白金色の髪に、病的なほどに白い肌。見た目こそ人形のような美少女なのだが、何故かその視線は忙しなくあちこちを彷徨い、表情は不気味ににやけている。
「おお、乳女」
「だから乳女は……」
「ど、どうも……おはようございます……? いえ、でもこの時間ならこんにちはが正しいんでしょうか? アディはその程度のこともわからない常識知らずなので、どうか怒らないでいただければ助かったり……」
「どっちでもいいよ……」
苦笑しながら答える。先日ギルドに加入したアディという少女は、ベオに負けず劣らず癖が強い。
「それでベオちゃん、なんでぷりぷりしてるの?」
「ふん。……まぁ、話してやっても構わんが……」
「はいはい、サンドラさん! アイスを二つお願いします!」
お店の奥に向かってそう声を掛けると、女だてらに夕立亭を切り盛りする女傑、サンドラがカウンターに顔を出した。
「あんた、あんまり甘やかすんじゃないよ。ルクスの印象よくしたいのか何なのか知らないけど」
「べ、別にそういうのじゃないです!」
「動じなきゃいいんだよ、この手の軽口は。図星ですって答えてるようなもんだね」
サンドラは呆れ笑いを浮かべながら、広い背を向けて店の奥へと引っ込んでいく。
「チビ達、ちゃんと大人しく待ってなよ」
「うむ」
サンドラに臆することもなく、堂々とベオが店の中に入って行く。壁際の彼女達の特等席になっている場所に一直線に向かって行って、腰かけた。
その少し後ろを、まるで罠がないか確認するようにちょこちょことアディが付いていき、ベオの向かい側に座る。
「ふ、ふへへ……」
間を取り持つようにアディが愛想笑いを浮かべるが、ベオは全く取り合う様子もない。まだ窓の外を眺めて、アイスの到着を待っている。
「ら、楽なお仕事でしたね……。それもこれもやっぱりベオさんの活躍あればこそ……。アディはその後をくっついていくだけでご飯が食べられるので、生きていくのが楽過ぎて不安になってしまいます」
「つまらん」
「へぇ?」
「ここに以前いたへっぽこギルドと、貴様の所属していたぼんくらギルド、私にとってはそのどちらも取るに足らん程度のものでしかないが、なかなかに有名なギルドなのだろう?」
「は、はい、まぁ……。いえ、アディも詳しくないので、雰囲気で話しているだけなんですけどね……。情報は正確にした方がいいと思いつつ、苛立ってるベオさんを宥めるために適当に話を合わせているだけなのが見え見えなのです」
話を聞いているとアディはとんでもない失言をしているようにも思えるが、ベオもあまりちゃんと聞いていないのかそこは気にしてない。
ちなみの今の時刻は昼を過ぎたころ。昼間は食事を出し、夜は酒を出している。丁度昼の忙しい時間が過ぎて、今はお客はベオ達しかいない。
「だというのに、私達に相応しいような依頼が舞い込んでこないではないか」
「安全なのはいいことだと思いますけど……」
「ふんっ、馬鹿なことを。安寧を求めるなら誰がギルドなんぞやるか。私達の目的を言ってみろ!」
びしっとベオの指がアディを指す。
一方のアディは数秒間沈黙し、視線を彷徨わせてから、
「いや、聞いたことないです」
「……そういえば、言ったことなかったな」
などと、何とも気の抜ける会話をしている二人の間に、その様子を観察していたエレナがアイスを持って入り込んだ。
「はい、お待ちどうさま」
「待ちかねたぞ!」
ベオとアディの前にそれぞれアイスを置く。彼女はそれまでの不機嫌そうな表情と打って変わって表情を明るくして、木のスプーンを掴んで食べ始める。
アディも少しの間きょろきょろしていたが、エレナに微笑みかけられたことで安心したのかアイスを掬って口に運ぶ。
「……つめた」
「うむ。この心地よい冷気と上品な甘さがやはり絶品。私に相応しい極上の甘味だな」
「砂糖がドバドバ入ってるけどね」
聞こえてきたサンドラの言葉に、エレナだけが苦笑いを返す。彼女もなんだかんだ言って、ベオ達のことが気になっているようだった。
「話を聞いてたけど、あんまり焦る必要はないんじゃないかな? ルクス君のギルドも、まだできたばっかりだし」
「違うぞ。できたばかりで相当な戦果を挙げたのだから、もっと注目されるべきだと私は言っているんだ」
確かに彼女達、そしてギルドマスターである少年ルクス・ソル・レクスのやった功績は決して小さくはない。
世間でも一、二を争う規模であるグシオンが討伐できなかった魔獣を倒し、このミリオーラの救う。
そして次にエレナは詳しくは知らないが、間違いなく大陸で最も強いギルドであるフェンリスと一悶着起こして無事に帰ってくる。
なるほど確かに物凄いことをしているのかも知れないが。
「うーん、でもわたしとしては穏やかに過ごしてほしいかなぁ、やっぱり」
ルクスへの個人的な恋慕は置いておくとしても、やはりエレナも彼女達に対して情がある。
名誉を求めて危険なことをするぐらいなら、ここで街のために小さな仕事をこなしながら暮らしていくのも悪くはないのではないだろうか。
「ふへへ、平和が一番です。アディは毎日このアイスが食べられればそれで……で、でもでもアディには過ぎたる幸福かも知れません。ひょ、ひょっとしてこれは全部夢で、本当はアディはクラゲさんのように海に揺蕩っているのでは……?」
「そういうわけにもいかん」
アイスを食べ終えたベオは、スプーンを器に放るように入れると、椅子に深く腰掛ける。
その視線の先は窓の外に向いていた。
「そういうわけにも行かんのだろう。奴も、私も」
彼女の意味深な言葉の真意を問いただす者は、この場には誰もいない。
「さて、お代わりだが」
「駄目です。お腹壊すよ」
「ちっ。駄乳め」
そろそろ尻を叩いてもルクスも許してくれるのではないのだろうかと、エレナは心なかでそう思った。




