新たな脈動
ギルド・フェンリス本部。
アディの引き起こした事件から数日後、現地での後始末を終えたフィンリーは、報告のためにそこを訪れていた。
本部のある建物の最上階、彼女が普段いる田舎とは比べ物にならないほどに発展した街並みを見下ろせるその部屋で、ギルドマスターであるエレノア・スカーレットと対面する。
「よぉ、フィンリー。元気そうで何よりだね。報告書は聞いてる。例のあれを逃がしちまったんだって?」
「は、はい。その件に関してはその、申し訳ございません。マスター・エレノアから託された力をみすみす失ってしまったこと、どのようにでも償いを……」
椅子にもたれかかりながら、エレノアはフィンリーの謝罪を途中で笑い飛ばす。
「別にいいよ。あんなの、孫に買ってやった玩具みたいなもんだ。あるべきところにあるなら、それでいい」
「そ、そうですか……。そう言っていただけると……」
「確かにあれの戦力は強大だったが、永遠に利用し続けられるもんじゃないってことはわかってた。あたしらが頼るのは、もっと別の力だろう?」
「……は、はい。それはその通りです」
「そっちにも駆動鎧や銃の配備を急がせる。それまでできるだけ、兵隊の練度を高めときな。あんたにはそれができると踏んだから、支部長の座を与えているんだからね」
「了解です!」
高らかに返事をして、深く頭を下げる。支部にいる時のフィンリーからは想像もできないような態度だった。
それだけ、目の前の女傑に対して尊敬の念と同時に、畏怖を感じている。
もしエレノアが本気で怒っていたのなら、この部屋に入った時点でフィンリーは処刑されていた。それだけの力と、容赦のなさを持つ人物だった。
「アノリア方面がかなり頑張ってくれててね、武器の買い付けも上手くいってる。やっぱりああいうのはあてにするもんじゃないね。信頼できるのは、しっかりした兵器とそれを扱う訓練された部隊だ」
「……は、はい。確かにアディ・ルーは強力でしたが……その、今回のように暴走を招く危険性もありました」
「そうそう。拾い物だから安上がりだったけどね」
「あの、マスター・エレノア。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「あの子、アディはいったい何者だったのですか? 報告書にも書いた通り、同じ研究所出身の人造兵もいました。そこで行われていたこととは……」
「あぁ、そのことかい。あたしも詳しいことは知らなかったんだけどね、丁度二、三日前にあの場所の生き残りを確保したところでね。その所為でちょいとグシオンと揉めたが、まぁ、それはどうでもいい」
「は、はい……」
「まずアディ・ルーだが、どうやら人工的に魔王を再現しようとしたらしい。そのために……えーっと、何だったか……。駄目だね、年を取ると物忘れが激しくて」
額の辺りに手を当てながら、エレノアは机の引き出しを開けてそこから書類を取り出して眺める。
「あー、そうだ。その、因子ってのが必要で……要はそれを注入された人間ってことさ。集められた孤児の中から選ばれたみたいなんだが、その前の実験段階で適応せずに十人以上が死んでる」
「……つまり、アディは最初は普通の人間だったと?」
「そうだね」
フィンリーの声が僅かに上擦った。
つまりは、彼女は普通の人間として生まれた。種としての違いなんてなかった。
彼女は紛れもなく、ただの被害者だったということだ。
「ただその因子なんだが……こいつの出所がわからない。当然実際の魔王からどうにかできるわけもないから、何かで代用したらしいんだがね」
そう言って、エレノアは首を傾げる。
「次に、人造兵の小僧だね。あたしはこっちの方が興味深い。奴の研究自体はずっと昔から続いてるものだったらしいよ。それも王家のお墨付きでね」
人造兵とは、つまるところホムンクルスのことだ。フィンリーはそれほど詳しくはないが、魔導師や錬金術師が使い魔として用意することが多い。
単にそれを国の研究機関が主導して戦闘用に数を揃えたのが人造兵と言うだけであって、それ自体が希少と言うことはない。今現在に関しては、国から認可が下りなければ造ることは許可されていないが。
「何でもあいつは……」
エレノアの言葉を遮るように、彼女の部屋の扉が強く開かれる。
息を切らせながら入ってきたのは、ギルド・フェンリスの制服に身を包んだ一人の青年だった。
「なんだい? 女同士の語らいの時間に、無粋だね」
「し、失礼しました! ですが、急ぎの用件だったので……」
視線で、エレノアは内容を言うように促す。
青年は一瞬フィンリーを見たが、構わずに続けた。
「騎士団から報告です。南方にて『魔王』の発現を確認! 王宮よりギルド招集が発令されました!」
「ぎ、ギルド招集!」
驚きの余り、フィンリーが声を上げる。
「遂に来たね。すまないね、エレノア。小僧の話はまた今度だ」
エレノアは椅子から立ち上がり、部屋の外に向けて歩いて行く。
ギルド招集。それは王宮が発令する命令であり、アルテウルの公認ギルドはそれに対する拒否権を持たない。
そしてギルド招集が発せられると言うことは、国中の力を集めなければ解決できない事件が起こったということだった。
青年の報告に誤りがないのならば、魔王復活。もしそれを放置すれば、アルテウルは再び戦乱に飲み込まれ、今度こそ国自体が崩壊してしまうかも知れない。
だと言うのに、エレノアの表情は笑っていた。まるでこれから起こる何かを楽しみにしているかのように。
「さあ、世界が動きだすよ」




