所有権譲渡
「待ちなさいよ」
去って行こうとするルクス達に向かって、鋭い女の声が飛ぶ。
撃たれた個所に応急処置を施したフィンリーが、ギルドの兵士達を連れてその退路を塞ぐように立っていた。
「フィンリーさん……!」
「……あんた」
怯えたような顔をするアディを睨みつけて、フィンリーは大股で歩み寄って行く。
ルクスがその道を塞ごうとしたが、アディは自ら前に出て彼女と向き合った。
「フィンリーさん、あの、えっと……。無事でいてくれてよかった、です」
「……おかげ様でね」
服の下から取り出した何かを放り投げる。
黒い粘液は、べちゃりと地面に落ちてから、アディの中へと戻っていった。
「そいつで止血してくれたんでしょ? ったく、頭に血が昇ってたのに、よくやるわ」
「ふへへっ、助かるかはわからなかったから……。血を止めるぐらいしかできませんですし、何よりフィンリーさんに死んでほしくなかったので」
「ちっ」
舌打ちをして、フィンリーは手を伸ばす。
そして緩やかに広がるアディの髪を上から抑えつけるようにぐしゃぐしゃと撫で付けた。
「あうあうあうあうあうあうあうっ!」
「あんたの所為でこっちは災難よ。ったく、本当に馬鹿なことしたわ。使えるかと思って甘くしてみたら、まさか他の部下に噛みつかれるなんてね」
「え、えへへ」
「笑ってるんじゃないわよ! これで出世が遠のいたらあんたの所為だからね!」
「ご、ごごごご、ごめんなさい……」
「……だから、何かあったらあたしの力になること。これはギルド同士の同盟じゃなくて、あんた達があたしに借りを作ったってことだからね。ギルドマスター、その辺りは理解してる?」
「え、は、はい」
「……そんなに簡単に了承していいのか?」
疑問を唱えるベオを無視して、フィンリーはルクスの元にアディを押しだす。
「こんな疫病神、置いとくのは御免よ。そっちで管理して、あたしが必要とした時には貸し出すこと。いいわね?」
「は、はい……。わたしも、アディも、フィンリーさんの力になってあげたい、です。ふへへっ、ちょっと生意気ですか?」
「ちっ」
再度舌打ちをして、顎で街の外側を指す。
話はここまでで、出て行けと言う合図だった。
言われた通りにしようとするルクス達に、周りを囲んでいた兵士達が武器を向ける。
フィンリーがそれに対して怒鳴りつけるよりも早くそれを制したのは、いつの間にかやってきていたオーウェンだった。
「やめときな。俺達は今回、負けた身だ。情けないことはしないでおこうや」
兵士達は戸惑いながらフィンリーを見るが、彼女が苛立ったように頷いたのを見て、慌てて武器を下ろす。
彼等が去って行くのを見送りながら、フィンリーはオーウェンの傍に寄り、その足を全力で踏みつけた。
「いってぇ!」
「何処までがあんたの仕込み通りなの?」
「別に仕込んじゃいねえよ。今日ここにあいつらが来たのも、何もかも偶然だ。ただ、機会を与えただけだって」
「……でしょうね」
他の兵士から報告は受けていた。
オーウェンがあのギルドの少年と戦い、見逃したと。
「余計な挑発でもしたんじゃないの?」
「さてさて、何のことやら」
「そんなだから、英雄になり損なったのよ」
「はははっ、確かに」
笑いながら、オーウェンは煙草を咥えた。
「だがまぁ、それでよかった気がしてきたよ。英雄なんかになってたら、あいつらには会えなかっただろうからな」
「……そんな価値のある連中?」
「さぁね。だが、少なくとも俺はそう思うぜ。もしもう一度会えたら、あのギルドに入ってもいいって思えるぐらいには」
「……それ、あんたを必死に勧誘してたうちの上層部が聞いたら怒り狂うわね」
元々オーウェンがここにいたのは、フェンリスにスカウトされてのことだった。ギルドに正式に所属することを嫌がった彼は、期間限定で協力していたに過ぎない。
「さーって、期間外の仕事も終わったことだし、俺も行くとするかね」
「……次に会う時には敵同士かもね」
「こんな世の中だからな。ま、物騒なことにならないことを願うよ。あんたの相手は骨が折れる」
軽くそう言って、オーウェンはルクス達とは別方向へと歩いて行く。
「……ちっ。ほら、あんた達! ぼやぼやしてる暇なんかないわよ! 怪我人の治療に壊れた壁の補修! やることは幾らでもあるんだからね!」
フィンリーの一喝を受けて、フェンリスの兵士達は駆け出していく。
▽
「あの、ベオさん……その節は本当に、申し訳ありませんでした!」
ミリオーラに戻り、改めてルクス達のギルドに入る手続きを済ませてから、アディはベオの部屋で深々と頭を下げていた。
扉を開けていきなりそんなことを言いだしたアディを、ベオは自分のベッドの上で足を組みながら眺めている。
尻尾を軽く左右にゆらゆらさせながら、首を傾げた。
「何の話だ?」
「あ、あの、わたし……ベオさんのこと、なんていうか……傷つけ、た、から?」
「……ふむ」
現在ベオの両手には痛々しい包帯が巻かれている。魔獣と戦った際にも無茶な魔法の使用によって火傷を負ったばかりなので、エレナが酷く心配していた。
「まず顔を上げろ」
「は、はいぃ」
「こっちにこい」
一歩ずつ、慎重にアディが近寄ってくる。
ベオのベッドの前に立って、明らかに緊張した面持ちで視線を彷徨わせていた。
「気にするな、結果として良いように片付いたのだから問題なかろう。そも、無茶は承知の上での行動だったのだからな」
「で、でも」
「これ以上ぐだぐだ言うなら噛みつくぞ」
「は、はい。じゃ、じゃあ、気にしません……。あの、他にもいいですか?」
「なんだ?」
「よ、よかったら……わ、わたしと、アディと、と、と、と、友達になってください!」
「嫌だ」
「なんでぇ!」
「損ばかりさせられたからだ。特にルクスの阿呆は貴様のことばかりで、折角私が相性の悪い治癒魔法を覚えてやったというのに称賛の言葉一つもなかったのだぞ。だと言うのに貴様を助けるのに協力させられた私の身にもなってみろ」
「え、え、えぇ……? つ、つまり……ベオさんは、わたしに、や、やきもち……。じぇ、ジェラシー?」
「違うわ! なんとなく気に入らなかっただけだ。そんな印象で出会って、すぐ友になんぞなれるものか」
「……た、確かに……。じゃ、じゃあやっぱりわたしは、隅っこで暮らしてますね。できるだけベオさんの視界に入らないように……」
「……それとはまた別の話にはなるが。これからは同じギルドの仲間として暮らすわけだ。寝食を共にし、時には困難に立ち向かうこともあるだろう。その中で絆を深め、友となることもまぁ、ないとは限らんな」
それを聞いて、伏せかけていた顔を素早くあげる。
「つ、つまり……えっと、これから……お友達に? ふへへっ、嬉しい……!」
「可能性の話だ! ええい、にやにやした顔でこっちを見るな!」
たったそれだけの言葉で嬉しそうな顔になるアディに戸惑いながら、ベオが顔を逸らす。
波乱のあった二人の出会いだったが、これにて一応は上手くやっていけそうな予感がしていた。
「そ、そう言えばもう一人の、あの、エリアスさんとはお友達ですか?」
「奴は下僕だ」




