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ひび割れ

「ふへへっ……ケーキ、今日も……ケーキ」


 アディとフィンリーが人知れず話をするようになってから、既に数日が経っていた。

 最初に話をした日からずっと、フィンリーは一日に一回はアディの元を尋ねている。その度に適当に買ってきた甘味を携えて。

 狭い部屋の中で、アディの独り言が響いては消え、フィンリーは冷たい視線で相変わらず彼女を見つめていた。

 ふと、フィンリーはその整っていながら何処か不気味な笑みを浮かべる顔を眺めながら、考える。

 どうして自分はここにいるのだろうと。

 答えは程なくして出た。

 多分、疲れているからだ。常に気を張って、上にのし上る為に邪魔者を蹴散らす冷血な女であることに。

 当然、それに後悔はない。その道はフィンリー自身が決めたことで、今更覆すつもりもない。

 ただそれでも、立ち止まりたくなる時ぐらいはある。


「……フィンリー、さん」

「何よ?」


 視線をやるとアディの身体が小さく震え、小動物のように縮こまる。


「ふぃ、フィンリーさん、毎日ここに来てくれます。だから、わたし、イマジナリールクス君と喋る機会が減って」

「そりゃ、余計なことしたわね」

「ん、んんんっ!」


 必死で首を横に振る。


「減って、ちょっとだけ嬉しいです。やっぱり、本物じゃないから……。人の声って、温かいから」

「……意味わかんない感覚ね」

「えへへっ、そうですね。でも、でも、アディに掛けられる言葉って、ずっと冷たくて事務的なものばっかりで、それは仕方ないってわかってたけど、アディは実験動物だから……。人間じゃないから」

「……ちっ。それって、あんたがいた研究所の話?」

「う、うん、はい……」

「そこでそのルクスって奴に会ったんでしょ? どんな奴だったの?」

「……んー……。泣き虫で、弱かったです。心がとっても脆くて、でもそれは仕方がないんですけど、あのあの、このことをお喋りするとちょっと長くなるから」

「別に興味ないからいいわ。そんな弱虫なのに、あんたはそいつのことが好きなのよね?」

「すっ! ……す、すすすすす好きとか……そんなんじゃ……。ふへへっ。と、とにかく色々と事情あって、とっても脆い子です。でも、優しくて……頑固で、困った子でした」


 過去を語るアディの目は優しくて、もう二度と戻らない幸福だった世界を見ているようだった。それですら、恐らくは普通の人間の当たり前の幸福にすら遠く及ばないというのに。


「ただ、立ち向かうんです。自分が納得できないこと、やらなければならないことに。その時はすっごく……すっごく素敵でした」

「……あ、そ。どうせもう会えないけどね」

「はぅ! ……仕方ないですよね。アディは化け物だから。ルクス君は、そうじゃないし」


 会話が途切れ、アディが黙々とケーキを口に運ぶ。

 ちびちびと食べるそれが半分ぐらいになった頃に、彼女は意を決してフィンリーに顔を向けた。


「あ、あの、あののの」

「……なに?」

「フィンリーさんって、なんでギルドの人をやってるんですか? とっても綺麗で、その、なんていうか……」

「似合わない?」

「……そう、かも知れません。わたし、フィンリーさんに憧れます。わたしみたいにちんちくりんじゃないし、颯爽としてて格好いいし、でもなんで戦ってるのかがわからなくて、そんな辛そうな顔をするのか、知りたくて」


 果たして、そんな顔をしていたのだろうか。

 フィンリーは反射的に、自分の頬に手で触れていた。

 当然そんなことをしても表情がわかるはずもなく、自らの滑稽さを嘲笑う。

 不思議と目の前の少女に対して怒りは沸いてこなかった。これがもし、その辺りの有象無象が言ったのならば手が出ていたかも知れない。


「何処にでもある話よ。あたしは元々貴族で、父は王家に仕える騎士だった。優秀だった父は王家の人間の護衛に付いて、ある戦いに赴いたの。そこでそのクソ王族が無茶な命令をして大損害が出たわ。ただでさえ王家から人心が離れてるのに、そんなミスを王族が犯したなんて言えるわけがない、だから」

「……お父さんが、それを被った?」

「そうよ。その結果うちは没落して、貴族としての権威も何もかも失った」

「それじゃあ、フィンリーさんは……その、王族の人を恨んで……?」

「まぁ、恨んでるけど……。でも別にそれだけよ、何かしてやろうとは思わない。あたしが許せなかったのは、父の方だもの」

「……なんでですか?」

「へらへら笑って、王族の威信を護っただのなんだのって言い訳をして、それで全部取り上げられても誇りみたいな形のないものを信奉している馬鹿だったからよ」


 フィンリーが真実を知ったのは、それが起こってから大分後のことだった。

 それでも、彼女の中で父親が再び評価されることはなかった。所詮は、権力に捻じ伏せられた負け犬だったから。


「あたしはここで出世する。誰よりも偉くなって、権力を得て、決して脅かされない立場に立つ。そのついでに、クソ王族に鉛玉でもぶち込めれば御の字ね」

「……が、頑張って、ください」

「あんたも頑張るのよ。そのための道具なんだから」


 改めて、小動物のような彼女を見る。

 何故、こんな胸の内を語ってしまったのだろうかと、すぐに後悔が押し寄せた。

 相手はただの道具だと、自分に言い聞かせる。そうでなければ決心が揺らぐ。

 彼女を人間として、同じ立場で見てしまえば、どうしてやるのが正しいかなんてすぐに答えが出てしまうから。


「話は終わりよ」


 乱暴にアディの目の前から皿と食器を取り上げて、背を向ける。

 部屋の扉に手を掛ける前に、勝手にノブが回りそれが開いた。

 そこに立っていた男を見て、フィンリーは目を丸くする。


「ホルガー? あんたどうして……」


 狭い部屋の中に、銃声が響いた。

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