勝ちたい
それから丸一日ほど経って、無事に意識を取り戻したルクスは、自室にギルドのメンバーであるベオとエリアスを招集した。
ベッドの周りに集まる二人に対して、ティーオルであったことを説明する。
「オーウェン・スティールに喧嘩売ったって……。よく生きて帰ってこれたな、本当。しかも下手すりゃフェンリスに目を付けられるかも知れなかったんだぜ?」
「……うん、そうだね」
「だが、それでこそだ。大事を成す気概が備わっている」
「いやいや、ベオさん。そんな簡単に褒めていいことじゃないでしょ。もしフェンリスと抗争になったらどうするつもりだったんすか?」
「こんな小さなギルドが噛みついたところで、問題にもならんよ。それこそ自らの品位を落とすことになる」
「……そう言う問題っすか……」
呆れながらも、エリアスは一先ずは安堵したようだった。こうしてルクスが無事に戻って来てくれたこと、その行動が大きな問題に直結していないことに。
だからこそ、次に言おうとする言葉に若干の罪悪感が募る。
ベオは既にルクスが言いたいことを察していたのだろう。愉快そうに唇を歪めて、足を組んだまま顎で指した。
「それで、これで終わりなのか?」
「……どういうことっすか?」
「当然だろう。あれだけ怪我をして、無事に目的が達成できたとは思えんからな」
「いやいやいや! 失敗したらそれで終わりでいいでしょ! 俺達は許してもらう立場なんですから」
「なんでそうなる? ギルド同士なら、立場は対等のはずだ。一度は我等を鉄砲玉として使ったのだ。せめて交渉のテーブルぐらいには付いてもらわんとな」
「お金貰ったじゃないっすか!」
「足りん」
「ルクスもこの我が儘お嬢様に何か言ってやってくれよ! ……ルクス?」
「ごめん、エリアス。でも」
「……その女の子が、酷い扱いでもされてたのか?」
「会うこともできなかった。フェンリスにいる彼女に自由意思はないって。道具だから」
「……何だよそれ……」
脱力したようにエリアスが放った言葉には、僅かではあるが怒りが籠っていたように感じられた。
「でもさ、向こうが助けてくれって望んでるわけじゃないだろ? 案外豪華な生活してるかも知れないじゃん」
「だとしたら一目ぐらいは見させてもらえるだろうな。隠すのはやましい事情があるからだ」
「なんでそうやって煽るんすか!」
「別に私が何を言おうが、こいつの意志が変わるわけではあるまい。お前、魔獣と戦った時のことを覚えてないのか?」
「……確かに」
「別に彼女を無理矢理連れてきたいわけじゃない。ただせめて会って話をしたい。そして、謝りたいんだ。それは望み過ぎかな?」
人造兵である自分が、怪物である彼女がそうやって話すこと自体が今の世の中では許されないのかも知れない。
心の中でそんな不安を抱えながらも、それでもルクスは諦めることができなかった。
「いや、お前……そんなの……」
エリアスは言葉に詰まり、ベオは敢えて何も語らない。
「そんなこと言われて、駄目だって言えるわけないだろ……」
「なら、決まりだ。次の相手はギルド・フェンリスだな」
「……何かいい作戦はあるんすか?」
「まー、手っ取り早く攫ってきてしまうのが一番だな。その上で、そいつが望むのなら戻してやればいい」
「……失敗したら?」
「さっさとここを引き払って逃げる」
「……はぁー……。もういいや、こうなったら自棄だ! 何でもやってやりますよ!」
「おお、そうか! 貴様も私達のギルドの自覚が出てきたではないか」
愉快そうにエリアスの背中をベオが叩いた。
「でも、実際どうするんすか? せめて誰かがオーウェンを引きつけないと……」
「……僕がやるよ」
確かな決意を込めて拳を握る。
「アディのことはベオに任せたいんだ。そう言うのは、僕よりも向いているだろうし」
「任せろ、狭いところに忍び込むのは得意だぞ」
「まぁ、ベオさんは小さいっすからね」
「黙れ」
ベオの蹴りを受けて、椅子ごとエリアスが転がって行く。
「それに……。一度戦ってぼろぼろに負けて、思ったんだ。あの人に勝ちたいって」
▽
ギルド・フェンリスの要塞内部。
そこには捕虜や命令違反を犯した者を捕らえておくための地下牢だった。
既に時刻は深夜を回っているが、小さな灯りだけの石壁に囲まれた部屋では、外の様子を窺い知ることすらできない。
「交代の時間だ」
鉄格子の外でそんな声がして、足音が一つ遠ざかって行く。
階段を上がったところにある古い扉が閉まった音を聞き届けてから、その人物は鉄格子へと近付いた。
「よぉ、遅かったじゃねえか」
「すいません、ホルガーさん。あの女の目を盗むのも大変で」
「……ちっ。面倒くせえな。あの戦いで株を上げたってことか。あんな無茶な進軍をしたくせに」
ホルガーと呼ばれた男は髭面の、粗野な印象を与える兵士だった。以前はこの支部長を務めていたこともあるのだが、失敗を理由に降格され新たに赴任したフィンリーの部下となっていた。
そして先日、あの魔物達との戦いで独自判断によって追撃を敢行し、フィンリーの作戦を台無しにした原因でもある。
「でも、それでも半々ってところですよ。女が上に立つなんて気に入らないって意見もかなり出てますし」
「だろうな。だからこうして、簡単に逃げだされる」
男が鍵を開けて、鉄格子を開く。
ホルガーは囚われてはいたものの、拘束されていたわけではない。それでも、鉄格子の中で数日過ごすと言うのは生きた心地がしなかったが。
「それで、何か変わったことは?」
「どうですかね……。まぁ、そろそろオーウェンとの契約が切れるのと、あぁ」
何かを思い出して、男が一人頷く。
「あの化け物、最近フィンリーの奴はあれにご執心のようで。自分で餌をやりに行ってますね」
「……なんでまたそんなことを」
「気に入ったんじゃないですか? あれだけ強ければ、色々と役に立つでしょうし。それに女って好きでしょ、人形遊び」
「あの女がそんな玉かよ。……自分の支配を盤石にしようってことか。ますます気に入らねえ」
ホルガー本人は決して認めないことではあるが、客観的に見はあらゆる能力で彼はフィンリーに劣っている。仮に力尽くで彼女を捻じ伏せようとしても、容易く倒されてしまうだろう。
だがそれでも先任者であること、そして女が上に立つことを嫌がる声があるのもまた事実だった。
何せホルガーが上に立っていた時は部隊の自由度が段違いだった。フィンリーは苛烈な性格の割に紛争地域からの略奪なども徹底的に取り締まっていて、兵士からしたら旨味が少なすぎる。
「でも、チャンスでもあります」
「……確かにな」
多くの人員を抱えるギルドだけあって、そこにいるのは決して高潔な者達だけではない。
怪物に対して恩赦を与えるような行いが、彼等からして好意的に見えるはずはなかった。
「よし、お前は兵隊を集めろ。俺はもう少し時を待つ」
「やるんで?」
「その気があるからお前もここに来たんだろうが」
「へへっ、そりゃそうですね。あの女はきつ過ぎる。この時代に民衆の盾となり剣となって戦ってるんだ、もうちょっと色々あってもいいでしょうに」
「ああ、まったくだ。あいつのやり方は、フェンリスにあってないのさ」
フィンリーと言う女は、決して無能ではないが苛烈過ぎる。
出世のためにあらゆるものを踏みつけていくようなやり方は、ホルガーのような反乱分子を生み出し育てることとなった。




