オーウェンの妨害
ティーオルの街に置ける軍事の全権を担うギルド・フェンリスのティーオル支部だが、その建物は街中にあるわけではない。
城壁の外、街道沿いに建てられた魔王戦役時代の要塞に本隊が駐留し、そこから街の各地にある駐屯地へと兵達が派遣され警備を担当している。
ルクスの目的地はまさにその要塞だった。道中の宿場で休みながら、辿り付いたのは早朝だった。
第一声はなんと声を掛けたものだろうかと不安に思いながら道中を進んできたのだが、それは杞憂に終わった。
要塞から街道へと合流する道の途中に、見知った姿を見かけたためだ。
「オーウェンさん!」
「お、少年。どうした?」
「いや、あの……報酬を受け取ってないことに気付いて……。ベオが怒っちゃって」
「あー。なるほどな、しっかし随分と尻に敷かれちゃってまぁ」
「あはは……」
事実なので何も言い返すことはできない。
「それなら丁度よかった。俺もそう思って、そっちに行こうと思ってたところなんだよ」
「え、わざわざですか?」
「ああ。俺もぼちぼちここでやる仕事もなくなってきたんでね。後数日でお役御免だからな」
そう言えば、オーウェンは自分は外様だと言っていた。先日の戦いに際して雇われたということだろう。
「あの、オーウェンさん」
アディのことを聞く前に、ルクスには気になることがあった。
エリアスが語っていた、英雄になり損なった男。それが真実であるかどうかを確かめたかった。
「僕のギルドの仲間が、貴方のことを知っていました」
「……ふぅん」
頷いて、オーウェンは懐から煙草を取り出す。
魔石と呼ばれる魔力が込められた石、小さな火種を起こすためのそれで火を付けると、深く吸い込んで煙を吐き出す。
「……それで?」
「……英雄になり損なったって、聞きました。それって本当なんですか?」
「ああ、本当だよ。そんな顔しなさんな。別に隠してるわけじゃないし、それを恥とも思っちゃいない」
「それってやっぱり、レリックに選ばれなかったからですか? オーウェンさんほど強くても、そう言うことがあるってことですか?」
「……半分はそうだな。腕っぷしがあってもレリックに選ばれず英雄になれなかった奴は大勢いる。大概は、そいつの精神性に問題があるって見なされるがな。自慢じゃないが、俺はちゃんと選ばれたが」
「それじゃあどうして……?」
「理由は色々あるさ。英雄アレクシスに会ったんだろう?」
ルクスは黙ってうなずく。
紫煙を吐き出しながら、オーウェンは言葉を続けた。
「あいつと会って、何を思った?」
「何って……。格好いいとか、強いとか……あの人は僕の恩人で、憧れですから……その、あんまり難しいことは……」
「そうか。まぁ、確かにそんなもんかもな。今のは忘れてくれ、俺の質問が悪かった」
「は、はい」
「くくっ、お前さん素直過ぎるな……。そんなんで英雄を目指せるのか?」
「え、なんでわかったんですか? 僕、そんなこと一言も……」
「見てりゃわかるよ。その目も、行動も、英雄を志す奴の者だ。そうやって、死に急いてきた奴を何人も見てきた」
短くなった煙草を道に棄て、靴で火を踏み消す。
「なんで英雄にならなかったかってことに対する答えはまぁ、割とすぐに出るんじゃないか?」
「……それって、どういう……?」
「お前さん、用件はこいつだけか?」
言いながら、オーウェンは持っていた袋をルクスに向けて放り投げた。
重い音を立てて地面に落ちたそこからは、相当な金額が入っているであろうことが予想できた。
内心を見透かされたような問いに、ルクスは胸を衝かれたが、すぐに気を落ち着かせオーウェンを正面から見据える。
「……いえ、もう一つあります。あの時の女の子、アディに会わせてもらいたくて来ました。もしそれができるなら、この報酬もお返しします」
「会ってどうする?」
「話をします」
「……もし、そのアディとやらがここを出たいと、お前さんと一緒に行きたいと願ったら?」
「……できるだけそれを叶えてあげます。対価が必要なら払うつもりはあります」
「……いい答えだ」
オーウェンの声色が揺らいだ。優しげなものから、敵意を感じさせるものへと。
「アディには会わせられん。これはフェンリスの意志だ。それを聞いてお前さんはどうする、新鋭ギルドのギルドマスター?」
「……どうしてですか? 別に今日でなくてもいいんです、伝言してもらうだけでも構いません。その上で彼女が会いたくないと言うなら、諦めます」
「それを判断する権利はあの子にはないのさ。彼女は、ギルド・フェンリスが所有する道具だからな」
「……道具?」
オーウェンの口から放たれた言葉に胸の中に火が灯ったように熱くなる。
少し考えればそれはわかることでもあった。あの時、アディは兵士として戦いに参加したわけではなかった。何よりもルクス達が生まれた場所は、普通の施設ではない。
「自分の生まれを思い返してみろ。俺も詳細は知らんが、人造兵と同じ場所から逃げてきたと言われて、それが普通な生まれでないことぐらいは理解できる。そしてあの魔物達を一瞬で喰らい尽くす怪物だ」
「……あの子は怪物じゃない」
「そう思ってるのは、お前さん達怪物同士だけだぜ?」
オーウェンの言葉は真実で、だからこそ容赦なくルクスの心を抉る。
ルクス自身、自分達がいた場所がどういったところなのかは詳しくはわからない。だが、自分は間違いなく人造兵で、彼女もそれに連なる何かなのだ。
そしてそれは、表に出てはいけなかったから、誰かに不都合になるから炎に巻かれて存在を抹消された。
その生き残りがこうして悠々と生きていること自体が、許されることではないのかも知れない。
「剣を抜け、少年。問答で俺を退かせるとは思ってないだろ? 自分達に圧し掛かる呪詛の重みは、誰よりも理解しているはずだ。そんなお前が目的を果たすなら、方法は一つ」
挑発するようなオーウェンの言葉に、目の前が真っ赤に染まる。
鞘から黒の剣を抜いて、強く握る。不思議なことに魔物との戦いでは一度も力を与えてくれなかった剣は、その刀身を灼熱させるように輝いていた。
心臓が強く鼓動し、声なき声が頭の中に反響する。
それを捻じ伏せるようにしながら、ルクスは目の前の敵に向かって突進した。
「うああああぁぁぁぁぁっ!」
「もっとも」
硬い感触がして、剣ごと身体が弾き飛ばされる。
いつの間にかオーウェンが腰の鞘から剣を抜いて、それでルクスの一撃を弾き返していた。




