不機嫌なベオの頭突き
ベオの図書館通いがばれてから数日。ルクスは新たな問題に直面していた。
あれから日を追うごとに、ルクスの中でアディに対しての感情が膨れ上がっている。本当に彼女だったのだろうか、他人の空似ではないのだろうか。
そもそも最後に出会ったのは十年も前のことだ。見間違えをしている可能性だって充分にあり得る。
何度もそうやって自分を誤魔化そうとはしているものの、考えるほどに次から次へと疑念が沸いてくる。
その結果としてどうにも普段の仕事にも身が入らず、小さなミスを繰り返すようになっていた。
今日も魔物退治の依頼中に、ぼうっとしているところに手痛い一撃を喰らってしまい、軽いけがを負ってしまった。
幸いにもエリアスが手早く片付けてくれたのでそれ以上に被害はなかったが、普段ならば無傷で片付けられる相手だった。
エリアスはそれをたまにはある失敗と見逃してくれたが、当然ベオがそんなことになっているルクスに気付かないはずもなく。
街の外れ、切り株の上に座り込んでベオの治癒魔法を受けるルクスを見上げながら、彼女は明らかに表情に怒りを滲ませている。
「い、いやー。やっぱベオさんは凄いっすね。本を読み始めて数日で治癒魔法を覚えちゃうなんて……」
ベオの手には優しい青色の光が灯っていて、それが触れた箇所にあるルクスの傷を、じんわりと包むように広がって行く。
やがて傷跡は消え、痛みもなくなっていった。
「……無視っすか。じゃあ、俺は逃げますね」
そう言って、エリアスがその場からすたこらと去って行く。
「……それで、原因はあの女か?」
「……え、何のこと……?」
「私が気付かないとでも思ったのか? そんな風に見くびっているのなら、治したところを噛み千切ってやるぞ」
「……あの子、アディ……かも知れないんだ」
「誰だそいつは?」
「前にも説明した、僕が助けられなかった子だよ。彼女の手を離してしまって、それからずっと離れ離れで、正直もう死んでると思ってたけど」
「それが、あの時の女だったというわけか」
「確証があるわけじゃない……。あんな状況だったし、見間違えてる可能性も……」
「あるのか?」
見透かしたように、ベオが目を見ながら訪ねてくる。
彼女の紅い瞳を通して、あの日の情景が鮮明に蘇ってくる。
「……あるわけない」
忘れるわけがない。
息を切らせて必死で走る、彼女の姿を。
手を離してしまった後悔から、彼女を探し続けた日々もあった。
「でも、どうすればいいかも……」
敵を倒せばいいという話ではない。
アディには今の居場所がある。彼女にとってはそこが幸せかも知れない。
何よりもこれは、単なるルクスの我が儘だ。
「貴様は……」
溜を作ったような声の直後、頭部に衝撃が走った。
「いったぁ!」
「何をぐずぐず悩んでいるか!」
思わず切り株の上から転げ落ちる。
ベオは倒れたルクスの胸倉を掴んで無理矢理立たせると、そのまま両手でぐいぐいとミリオーラの外へと押し出した。
「べ、ベオ?」
「ああー、苛々する! これから死ぬまでそんな風にうじうじし続けるつもりか? そんなに気にするんだったら、あっちまで行って確かめてくればいいだろうが! そもそも、協力した報酬もまだ受け取っていないんだからな!」
呆然としているルクスに対して、ベオは更に言い放つ。
「いいか。報酬を受け取って来るまでミリオーラには入るな! 間違っても私のギルドの敷居はまたがせんからな! ついでに、その女とやらのことも確かめてくればいい」
「いや、僕のギルドなんだけど」
「……何か異論が?」
腕を組んで怒り心頭なベオに睨まれて、これ以上反論できるわけもない。
「……行ってくる。ベオ」
「なんだ?」
「ありがとう」
「……ふん」
そう言われたベオは、不機嫌そうに尻尾で地面を叩きながら、顔を背けてしまった。




