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ベオの魔法勉強

 アディが部屋から去って後、次に部屋に訪れたのはオーウェンだった。


「あんた、まだいたの?」

「契約はまだもうちょっとだけ残ってるんでね。申し訳ないが、それまでは面倒見てもらうつもりだよ」

「あ、そ」


 オーウェンは元々、フェンリスの所属ではない。先日の任務に際してフィンリーの部下が勝手に雇ってきた傭兵だった。


「……で、あたしを咎めにでもきたの?」

「そのつもりはないさ」


 彼に指揮権を譲渡すれば、アディの力を使うことなく戦いを終えることもできただろう。

 しかし、フィンリーにとってはそれでは駄目だった。

 オーウェン・スティール。英雄にこそならなかったものの、数々の武名を誇る彼が軍を率いて勝利しても、フィンリーの手柄にはならない。

 それでは、彼女の成り上がるという目的を達成することができないからだ。


「じゃあ何よ?」

「今出てったお嬢ちゃんのことで、ちょっとご意見をね」

「……ちっ」


 隠すこともなく舌打ちし、瞠目する。

 完全に頭から離れていたが、それは考えておくべきだった。

 魔王戦役すらも戦ったオーウェンが彼女を見て、何も気付かないわけがないことを。


「どう見てもあれが普通じゃないことぐらい、わかるだろ?」

「……だから何よ?」

「俺もあれが何なのかは知らん。人造兵とか、そう言う類のものであるってことぐらいしかな。だが、それは間違いなく一介のギルドの手に余る」

「一介のギルド? ここを何処だと思ってんの? ここはエレノア・スカーレットの率いるギルド・フェンリスよ」


 オーウェンの言葉は、フィンリーにとっては心外だった。フィンリーはこのフェンリスに所属し、それが価値があることだと認めているからこそ自らの地位をあげることに躍起になっている。

 彼の一言は、フィンリーのいるこの場所を否定することに他ならない。


「それにあんたも気付いているでしょ? 近々大きな戦いがある、だから上層部はあの子をここに送り込んだ。今更手放すわけにはいかないわ」

「話はそんな簡単じゃないってことぐらい、聡明なお前さんなら気付いているはずだ。あの嬢ちゃんは確かにギルドにとっては備品であり、兵器かも知れない。だが、その本質を見間違えてる」

「どういう意味よ? 化け物ってこと? そのぐらいの危険性は理解したうえで、上手に使ってやろうって言ってるのよ、こっちは」

「……わからないか、フィンリーさん? あれは心を持ってる。その意味が」


 絞り出すように、オーウェンはそう言った。

 心を持つということの意味をはき違えた人々が犯した罪は、今もこの大陸中に消えることなく蟠っている。


「魔王戦役の時、亜人種と呼ばれる種族や人間に生み出されたはずの人造兵が次々と魔王に味方をした。その理由がわからないわけじゃないだろう?」

「そいつらを率先して殺した英雄の成り損ないが、今更人道でも語るつもり?」

「……いいや、そうじゃないさ」


 胸を抉るようなフィンリーの言葉に怒る様子も見せず、オーウェンは首を横に振る。


「そもそも、あんたに言われなくてもそんなことは理解しているわ。心を持ってるっていうなら、相応の扱いをしてやりゃいいってことじゃない」

「言うほどうまく行くもんかね?」

「やって見せるわよ。あんな使える駒、今更手放してたまるもんですか……!」


 ▽


 ミリオーラの街にはそれなりに立派な図書館がある。

 元々は小さなものだったのだが、魔王戦役の際に焼けた街から持ち出された書物が集まったことにより、より大きな形に立て直したのだとか。

 とは言え、ルクスもその存在自体は知ってはいたが気には止めていなかった。ベオほどではないが、ルクスも滅多に本を読むことはない。


 高い天井に、聳え立つ幾つもの本棚。できるだけ陽の光を入れないために小さな窓しかないが、照明の魔石により室内には充分な光量が確保されている。その中を歩きながら、目的の人物を探していた。

 棚と棚の間に設けられた本を読むための席で、ベオはすぐに見つかった。銀髪に獣耳を生やした彼女は非常に目立つ。

 周囲の人々からは獣人が単体で図書館を利用することに対して奇異の目を向けられているのだが、当然彼女はそんなこと気にも止めない。

 ルクスの足音を聞き分けて獣耳をぴくりと動かすと、声を掛ける前にこちらを振り向いた。


「……何の用だ?」

「何のって……。ベオが何処に行ってるのかと思って」

「別に私が何処で何をしていようが勝手だろうが」

「それはそうかも知れないけど……」


 ルクスが目覚めてから数日が経過している。その間、殆どベオは姿を隠していた。

 食事やギルドの仕事をこなしている間に何をしているのか尋ねても、はぐらかされるのでここに見に来たというわけだった。


「本を読んでるの? そもそもベオって字が読めないんじゃ……」

「お待たせベオちゃん。それじゃあ、続きを……ルクスさん?」

「エレナさん? どうして二人でここに……?」


 別の方向からやってきたのは、本を抱えたエレナだった。


「わたしはベオちゃんに頼まれたからですよ。暇な時間に、文字を教えてほしいって。でも、流石ベオちゃんですね。もう殆ど覚えちゃって、わからないところをちょっと補足してあげてるぐらいですよ」

「ベオが文字を?」

「悪いか? 覚えなければ何かと不便だろうに。怠惰ならともかく、勤勉について咎められる謂れはない」


「いや、まったく咎めてないんだけど……。それはいいことだと思うけど、なんで突然……」

 ベオの手元にある本に視線が映る。それはどうやら、魔法の教本のようだった。

「……魔法の勉強?」

「……そうだが?」


 何故か目を逸らす。


「ベオちゃん、ルクスさんのために魔法をもっと覚えたいんですって。でも、なかなか魔導師の方に弟子入りなんてできないからって、こうやって独学で……」

「ええい、余計なことを言うな、乳女!」


 牙を剥いて唸るベオだったが、エレナからすればそんな彼女の様子もまた、微笑ましいものだった。


「別にお前のためではないぞ。私自身、力不足を感じたからだからな! これは紛れもない向上心……野心から来る行動だ」

「どっちにしても、ベオが色々できるようになってくれるのは助かるよ」

「でもですよ、ルクスさん。ベオちゃんが今覚えたいのって、治癒魔法らしいですよ」

「余計なことを言うなと……」

「どうせすぐにわかるじゃないですか」

「……ふんっ。まぁ、それもそうだが」


 諦めたのか、ベオは再び読書へと戻って行く。


「そんな簡単に覚えられるものなの?」

「この入門書に基本的な原理は載っている。ある程度読み込みながら、後は実践あるのみだ。何度か試せば、効果も出るだろう」

「ふえー、凄いですね。わたしなんて文字を教えてあげながらちょっと読んでみても、全然意味わかりませんよ」

「実際に魔法を使うなら、もっと前の段階から学ばねばならんだろうからな」

「もっと前?」

「まず魔力を熾す練習だ。この世界に満ちる魔力と、己の内側にある生命力。その二つを同調させ、望むような形へと変化させる。それこそが魔法の起こりとなる。そのためにはまず、内側の力を外に出すための訓練が必要だ」

「……それってどうすれば?」


 ひょっとしたらそれができれば自分も魔法を使うことができるかも知れない。そんな期待を込めてルクスはそう尋ねてみる。横では、エレナも興味津々と言った表情をしていた。戦いを生業としているわけではないが、彼女もまた使えるものならば使ってみたいのだろう。


「知らん。ここには瞑想だなんだと書かれているが、本当に効果があるとは思えんな」

「……そうなの?」

「これはあくまでも人間共の成功例を書いただけに過ぎん。そもそも人にせよそれ以外の種にせよ、使える奴は生まれつき使えるし、使えない奴は何をしても使えない。それが魔法と言うものだ。そうでなければ、もっと魔導師とやらの数は多いだろう?」

「それもそうかも知れませんね。それってつまり、それを誰にでも使えるようにするために魔法技術ってものが発展してきたってことなんでしょうか?」

「……いや、知らんが?」


 エレナの言った通り、少なくともアルテウルと言う国は魔力を魔法とは別の方法でエネルギーとして転換する魔法技術によって成り立っている。

 図書館や家の灯りに使われるランプから、人間が纏う巨大な鎧である駆動鎧。果てはルクスは見たことがないが、空を飛ぶ飛空艇まで、それらは全て魔法技術の恩恵によって作られている。

 もっとも、恐らく大昔からこの時代にまで封じられていたベオからすれば、そんなことは知ったことではないだろうが。


「色々と試してみることを止めはしないが……。もし本格的にやりたいならちゃんとした人物から教えを受けた方がいいだろうな。加えて、その金と時間があるならそれを別のことに使った方が大成するだろうよ」

「それってつまり?」

「無駄に時間を掛けて才のない魔法を一つ覚えている暇があったら、長所の一つでも伸ばした方がいいと言うことだ。例えば、乳女ならその無駄に膨らんだ乳の有効利用法とかな」

「これば別に才能とかじゃないです!」


 一応は男として、それは立派な才能であると主張したいところだが、顰蹙を買うのが目に見えているので黙っておくことにする。


「だがまぁ、これを書いた奴が瞑想してそうなったように、何かがきっかけで急に魔力が目覚めることもあるようだな」

「へぇ。じゃあ僕もひょっとしたら……」

「ああ、可能性はあるな。もっとも、あれだけ死ぬような目にあって何もないのだから、期待はし過ぎない方がいいだろうが」


 確かにベオの言うことももっともだった。

 肩を落とすルクスを見て、ベオがにやりと笑って寄りかかるように身体を寄せる。


「そのために私がいるのだ。見事魔法を習得した時には、深い感謝の念を抱き、祝いとしてアイスクリーム食べ放題を約束しろ」

「感謝はするけど、アイス食べ放題はお腹壊すから駄目だよ」

「今のでやる気がなくなった!」


 本を投げ出し、椅子の上で脱力してしまう。

 それから何とかベオを宥め、本をある程度読み進めたところでエレナの仕事の時間が来てしまった。

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