アディ・ルー
赤い炎の夢から覚めると、ルクスはミリオーラにあるギルドの、自室のベッドに寝かされていた。
「起きたか?」
ぼやけた視界が次第にはっきりとしていき、声の下方向に首を向ければベッドの横に椅子を持って来て、そこに腰かけるエリアスの姿があった。
「……エリアス? なんで僕はミリオーラに?」
「ずっと意識が戻らないからって、オーウェンさんが馬車で運んできてくれたんだよ。また、今回も随分と無茶したんだろ?」
呆れたように、エリアスが言う。
上半身を起こして怪我の場所を見ると、包帯こそ巻かれているものの、傷自体はもう塞がっているようだった。
「戦いは? 僕が気を失った後、どうなったかって……」
「そんな心配しなくても、ルクスがここにいることが答えだろ? 魔物の軍団に包囲されてたって話なんだから」
「……あぁ、そうか」
怪我した辺りを撫でながら、やはりあれは夢ではなかったのだと反芻する。
あの時、確かにルクスと目が合った彼女は、十年以上前にその手を離してしまった少女だった。
「ベオは?」
「全く無傷、心配ないよ。……ただまぁ、ちょっと様子が変だけど」
「様子が変?」
「ああ。なんか、お前と一緒に戻ってきてから、街の図書館やらに出入りしてるみたいでさ。何してるのかは教えてもらえなかったけど」
ベオと図書館、ルクスの知る限りでは彼女はあまり本を読むタイプではなかった。知識自体は持っているようだが、どちらかと言えば身体を動かすことを好んでいた。
「後でエレナさんにも会ってこいよ。随分心配してたからさ」
「うん、そうするよ」
「しっかし、大変だったんだろうけど羨ましいよ。まさか、あのオーウェン・スティールに会えるなんて」
「……オーウェンさん? 有名な人だったの?」
「いや、うーん……。それなりに、かな。子供の頃から親父に名前を聞いてたから、俺が勝手に尊敬しているだけってのもあるけど。英雄候補にまで名前が挙げられてた人なんだぜ?」
「……英雄候補……」
「そうそう。つまりそれだけの実力と、人格を持ってるってことだよ。ただ、結局そうはならなかったみたいだけどな」
「……どうしてなんだろう?」
「さあな。適合するレリックがなかったんじゃないの」
英雄になるには、力と心だけでは足りない。古代の遺産であるレリックと呼ばれる道具と結びつき、その絶大な力を与えられることで初めて英雄と呼ばれることになる。
そしてそのレリックは、初代英雄の子孫であるこのアルテウル王家の所有物であり、英雄は王家からそれらを貸し与える形になっていた。
「……そっか。できれば、もう少し話を聞いてみたいな」
どうして英雄にならなかったのか、或いはなれなかったのか。
彼から何か言葉を貰えれば、一度は否定された英雄になる道も、再び開かれるかも知れない。
「その時は俺も連れてってくれよ?」
「そうだね」
この時は何の気なしにそう答えたルクスだったが、オーウェンとの再会は意外と早く訪れることになる。
残念なことにそれはルクスとエリアス、そしてオーウェンの望むような形にはならなかったが。
▽
ティーオルにあるギルド・フェンリスの支部。その支部長室に呼び出されたアディは、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「何をぼけーっと突っ立ってんのよ」
部屋の主であるフィンリーが、棘のある声色で言い放つ。
「ご、ごめんなさい! わ、わわわ、わたし、何かしちゃいましたか?」
言いながら、仕事用の大きな机の前に立つ。
書類を眺めていたフィンリーはそれを机の上に適当に放ると、座ったままアディの姿を上から下まで見渡す。
「あ、あのあの……それで、このわた、わたわたわたしに、何の用事でしょうか? ひょっとして、ひょっとすると、もしかして、まさか、は、ははは廃棄とか……?」
「……はぁ?」
フィンリーの表情が、怪訝そうなものに変わる。
それに対してアディは更に怯え、身体を縮めてしまっていた。
「……はぁ。こんなのに助けられるなんて、一生の不覚ね」
フィンリーがわざとらしい大きな溜息を吐く。
「……心配しなくても、取って食いやしないわ。あんたをここに呼んだのは、報奨を与えるためよ」
「ほうしょー?」
「そ、報奨。先日の戦いであんたは大きな活躍をした……ううん、あんたがいなければ、あたし達は全滅してたかも知れない」
「そ、そそそそっ、そんなことないです……。いえ、あるかも知れませんけど、ここは謙虚に、何って言っておくのが人間関係を潤滑にするための秘訣だって学びました……自己学習で……」
「だとしたらそれは大間違いよ。下手な謙遜されても嫌味になるだけだわ」
「じゃ、じゃあ素直に受け取っておきます……」
「ただ、あんたにはお金は渡せないのよ。本来なら、報奨ってのはそうなるべきなんだけど」
「ああ、はいはい。わかってます、アディは、わたしは、備品扱いなので。そう言う契約で、最初からここに来ましたから」
あっさりとそう認めたアディに、フィンリーは眉を顰める。
「だから、あたしが個人的にご褒美をくれてやろうってことよ。さ、何が欲しいの?」
「え、えええぇぇ? そんなの悪いです。申し訳なくて、深い海の底とか地の底に自分を閉じ込めたくなっちゃいます」
「うるさい! いいから受け取りなさいよ! 例え備品だろうが兵器だろうが、あんたはあの場で一番の活躍をした。一番使える駒なんだから、その分の対価を払うのは当たり前でしょうが!」
苛立ったフィンリーが机を叩くと、アディは怯えるように飛び上がった。
「そんなこと急に言われても、何も思い付きませぇん!」
「何かあるでしょ。なんなら、あんたの今の待遇だって変えられるわ。功績を考えれば、誰も文句は言えないでしょうに」
先程から何度か会話に出ている通り、アディは『備品』としてこの支部にやってきている。つまりは人間扱いではない。
勿論物と言うわけではなく、どちらかと言えば軍馬などの軍用動物に近い扱いだった。それでも人型をしている彼女に最低限の配慮を与え、食事などはしっかりと与えられているが、普通の兵士などとは全く違う扱いをされてもいる。
「あんた、こっちに来てから外にも出てないでしょ? 薄暗い部屋の中でずーっと一人で」
「は、はいぃ……。人と喋るのが久しぶりで過ぎて、今嬉しくなっちゃってます」
「喜ばれても困るんだけどね……。あたしからしたら、あんたは気味悪い怪物なわけだし」
「そ、そうですよね……ふふっ。自嘲しちゃいます。ふへへっ」
「……なんか調子狂うわね……。まあいいわ、とにかく、ちょっとぐらいなら外に出てもいいわよ。勿論、監視の目はあるけど」
「……うーん……。あの、実はわたし、あんまり外出るのが苦手で……部屋の中で空想の友達とお喋りしてる方が好きだったり……あっ」
フィンリーが若干引いていることに気付かずに話していると、アディはあることを思い立って顔を上げる。
「あ、あの」
「何よ?」
「あの時の人の事、わかりますか? この間の戦場にいた、男の子なんですけど。空色の髪の、ちょっと女の子っぽい……」
「……誰よそいつ……? ああ、いや、わかったわ。あいつね、あの魔獣を倒したギルドの」
「魔獣?」
「気にしなくていいわ。それで、そいつがどうかしたの?」
「……な、名前が知りたいです。知りたい」
「あー、えっと……」
積まれた書類の山から、一枚を取り出して、放り投げた。
「あ、これ……。ルクス・ソル・レクス……。やっぱり……! そうだ、そうだったんだ……! ふへへっ、うふふふっ、また会えた、会えたっ、これって、これって運命ですよね? ねぇ?」
「いや、知らないわよ。何急に興奮してんの?」
「子供の頃のお友達なんです! だから、会いたくて……会いたいです!」
「駄目に決まってんでしょ」
「はぅ!」
「そいつは余所のギルドのギルドマスターなんだから、備品であるあんたが会っていいわけないでしょ」
「……じゃあ、何もいらないです」
肩を落とし、アディはその場から去って行く。
居場所もなくただ壊れていくだけだったアディを救ってくれたのは、このギルドだった。
そう命令されれば、素直に従うほかない。化け物である自分は、そうしなければこの世界で生きていくことはできないのだから。




