毒の一矢
トロールを倒してから程なくして、部隊を率いる隊長であるフィンリー達が物資を積んだ馬車と共に、街の入り口へとやってきた。
彼女は金色の髪を風に流しながら颯爽とルクス達の前にまでやってくる。正確には、ルクス達を率いたオーウェンの前にだが。
「どうやら、制圧はつつがなく終えたみたいね」
「あぁ。奴さん達、ろくに活躍できなかったからってこっちで本気出してくれちゃってまぁ」
「ふん。所詮、弱小ギルドの連中なんてどれだけ集まってもそんなもんよね」
「その弱小ギルドのおかげで、この街を制圧できたのだがな。ほれ、感謝の言葉を聞いてやる」
土嚢の上に腰かけたベオが、フィンリーを見上げながらそんなことを言い放つ。
「ちっ。……あんた」
ベオのことは無視して、その隣で座り込んでいるルクスの前にフィンリーがやってくる。
「話は聞いてるわよ。あんた達が血路を開いて、トロールを倒したんでしょ?」
「……は、はい、まぁ、一応は」
フィンリーも、その辺りの報告は部下から聞いていた。
「何よ、なよなよして。あんた、男? 女?」
「お、男です……一応」
迫力に押されて一応と付けてしまったが、れっきとした男だ。
「提案があるんだけど、あの獣人、あたしに売らない? 今ならあんたも一緒にあたしの部下にしてあげるけど」
「む」
それを聞いて、ベオが獣耳をピンと立てる。
何かを言い返すような真似はせず、ルクスの次の言葉を待っているようだった。
「魔法を使う珍しい獣人、きっとあたしの出世の役に立つわ。別に悪いようにはしないし、ちゃんと毎日ご飯も上げるつもりよ」
その言い分はまるでペットか何かに対するもののようだが、フィンリーに悪意はない。もっと位が低ければ別だが、彼女のような地位の人物が獣人をそうやって扱うのは、珍しいことではなかった。
「……ごめんなさい、お断りします。僕とベオは、僕達のギルドでやって行きたいと思っていますから」
「……そ。まぁ、使える駒みたいだからね。精々この後の戦いも……」
ルクス達から顔を上げて、フィンリーは不機嫌そうに自分の部下達に視線を向ける。
鎧兜で武装したギルド・フェンリスの構成員。その部下の二名が、所在なさげに立ち尽くしている。
「そこの獣人の言葉も最もよね。まさか一番槍を取られるなんて、フェンリスの誇りは何処へ行ったのかしら?」
「し、しかし……お言葉ですがフィンリー隊長、その、作戦に些か不備が……」
「はぁ?」
フィンリーの双眸が、男達を睨む。
武器を持たずともその迫力は相当なもので、彼等は視線を向けられただけで押し黙り、背筋を伸ばしていた。
「あたしは、自分が同じ立場だったら遂行できる作戦を立てたつもりよ。それが無理だったのはあんた達の落ち度でしょうに。もう少し遅れてたら、『あれ』と一緒にあんた達ごと踏み潰してたわよ」
一喝されて、男達は黙る他なかったようだった。
「手柄もロクに立てられなかった哀れな連中。せめて次の戦いぐらいはちゃんと活躍して見せてね。そうすれば、ちゃんと上には役に立ったって報告しといてあげるから」
嫌味な声でそう言われて男達が硬く拳を握る。その目はフィンリーを睨みつけてはいるが、直接口答えをする勇気はないようだった。
「その辺りにしときなよ」
「うるさいわね。あんたは所詮雇われなんだから、黙ってなさい。これは、あたしの部隊の話よ」
言い切られて、オーウェンが肩を竦める。
それを聞きながら、ルクスはベオを連れて密かにその場所を抜け出そうとしていた。
もうここで自分達ができそうなことはなさそうだし、何よりも救った命を手柄扱いされるのは、あまり気分のいいものではない。
ここでフィンリーの説教を聞いているのなら、助けた人達が無事かどうかを確かめる方がルクスにとっては有意義だった。
その場を抜け出そうとして歩き出したその時、ベオが獣耳を逆立てて吼える。
「ルクス、何かいる!」
「えっ?」
家屋の影から、数匹のゴブリンが飛び出してくる。人間よりも小さな彼等は、どうやら隙間に潜んでずっと隠れていたようだった。
その目は血走り、真っ直ぐに一点を見据えている。
既に見つかったことを悟ったのか、甲高い声を上げて、次々と突撃を仕掛ける。
彼等の狙いは一点。この部隊を率いるフィンリーだった。
ベオが魔法を放ち、近付いたゴブリン達を素早くルクスとオーウェンが斬り払う。
しかし、敵の本命は別にあった。
建物の上、そこで弓を構えるゴブリン・アーチャーが一匹。
放たれた矢は、真っ直ぐにフィンリーに向かって吸い込まれていく。
「危ない!」
ルクスが地面を蹴って、フィンリーをその場から突き飛ばす。
同時にベオが魔法を放ち、一階建ての建物の屋根に大穴を穿ち、そこにいたゴブリンを焼き殺した。
「な、何だってのよ……」
起き上がったフィンリーに傷はない。
「すぐに周囲を警戒しなさい! 建物の中もくまなく探すのよ、次に生き残りがいたら、あんたらの首を刎ねてやる!」
フィンリーの叫ぶような号令によって、彼女の部下達は散り散りになって行く。
「ルクス! おい、貴様! そんなことよりこいつを安全なところに運んで、すぐに治療だ!」
脇腹が焼けるように痛い。
フィンリーを狙ったゴブリンの矢は、彼女を庇ったルクスの身体を貫いていた。
血が流れ、意識が薄れる。
視界が暗く染まる直前にルクスが見たものは、少年を覗き込むベオのこれまで見たことがないぐらいに心配そうな顔だった。




