オーウェンの実力
彼等が敵の拠点と称していたそこは、最初は人間によって作られた城塞を持つ小さな街だった。
四方を堅牢な壁に護られた街の周辺には、大勢の敵兵士達が屯している。その様子を布巾にある森の木々に潜みながら、ルクス達は窺っていた。
「……どう思う?」
「どうって……?」
「壁の強度はそれほどではないが……。付近を巡回する魔物が厄介だな。中には物見もあって、ご丁寧に弓を構えている連中もいる」
ルクスに代わって、ベオが答えた。
「よく見てる。戦術眼はそっちの嬢ちゃんの方がよさそうだ」
「ふふんっ、当たり前だろう。私を誰だと思っている」
胸を張って偉そうにするベオだったが、どうやらオーウェンが聞きたいのはそれだけではなかったようだ。
「魔物の種類がわかるか? ゴブリンにオーク……そいつらを束ねてるのはトロール種だな」
「……は、はい。なんとなくは」
実際にルクスが見たことがあるのはゴブリンとオークまでだ。トロールなどの種族は、もっと人が住んでいない場所に行かないと出会う機会はない。
「本来なら連中が協力して行動することはない。同じ種族ですら、群れが違えば争うような奴等だ」
「それが同じように協力して、しかも戦術的な行動までとってる?」
「何か束ねるものがいる、と考えるのが妥当だろうな」
ルクスの回答をベオが補完する。
「そう言うことだ。もっとも、それがここにいるとは限らないが。似たような事例は、二十年前にも観測された」
「……それって……」
ルクスが何かを言う前に、別方向から大声が上がった。
それを皮切りに次々と、森から飛び出したギルドの兵士達が城壁へと殺到していく。
人間達の攻撃に対して、魔物達側も既に来ることは予測していたのだろう。すぐに態勢を整えて、迎撃に出た。
前線を張る戦士達と、ゴブリンやオークの群れが激突する。
魔物は連携こそ取れていないが、個々の能力の厄介さならば人間達を上回っていた。
「ゴブリン達が、雄叫びを上げてる……」
武器を持ったゴブリンは、死をも恐れず人間達に襲い掛かる。その凄まじさは、腕や足が斬り落とされてもその勢いを留めないほどだった。
「連中は頭が悪い。だが、それは決して戦場において足を引っ張るものじゃないんだ。血の匂いと雄叫びで狂乱したゴブリンは、死んでも足を止めない最悪の鉄砲玉だ」
証拠に、人間達の方がゴブリンの勢いによって押されているような状況だった。更にはその背後から、巨体のオークが武器を振り回してゴブリンごと攻撃してくるのだから、始末に負えない。
「僕達もいかないと!」
「……ああ、そうだな。ところで嬢ちゃんに一つ聞きたいんだが」
「なんだ?」
戦場を眺めるベオの表情を見て、ルクスは一瞬言葉を失った。
今までにないほどに真剣で、そしてその上で心の底から湧き上がる高揚を抑えているような、そんな顔付き。
幼い少女の無邪気な顔と言うには、余りにも状況が不釣り合い過ぎた。
「お前さんならどう攻める?」
「あそこだな」
ベオが指さした一点。
敵の防備が薄い一点。そこは城壁内の櫓から放たれる弓矢の射程範囲であり、誰もそこから侵入しようとは思わないような位置だった。
「あそこに風穴を開けてやる。お前達はそこから飛び込み、敵を中に引きつけろ。連中がぼんくらでなければ――」
ベオの視線が、戦っているギルドの兵士達に向けられている。恐らくはここより後方では、フィンリー達が前線の様子を伺っているはずだった。
「その辺りは問題ないだろうな。フィンリーの嬢ちゃんは、人間性はともかく戦闘中に関しちゃそれなりに優秀だ」
と、オーウェンが答えた。
「そう言うことなら。ルクス、準備はいいな?」
「……いつでも大丈夫」
「硬くなるな。お前は魔獣を倒
したのだ、あの程度の敵に遅れはとらん。私が保証する」
「……うん」
黒の剣の柄を強く握る。
紅い刃は今はくすんだ色をしていて、ルクスの思いに反応してはくれなかった。苦しい戦いになるだろうが、それでもやり遂げなければならない。
「魔獣を倒した少年か……。そりゃ、お前さんの実力かい?」
「違いますよ、奇跡みたいなものだと思ってます。倒したとかじゃなくて……本当に、運がよかっただけです。魔獣を倒したのは、英雄アレクシス様ですから」
「なるほどな。だが、魔獣と対峙して生き残った。そして大勢の人間を救ったんだろ? だったら、背中を預けるには充分だ」
ルクスの頭を軽く撫でてから、オーウェンは足元に降ろしていた槍を拾い上げる。
彼が茂みから立ち上がるのと同時に、ルクスの背後からベオが魔法を放った。
瞬時に放たれた巨大な火球に、魔物達は反応することすらできなかった。他で戦っている兵士達ですらも、何処からともなく飛んできた炎を敵の攻撃と勘違いして伏せる者の姿もある。
炎は一瞬にして城壁に辿り付き、激しい音と共に炸裂する。
強靭な魔獣の体毛すらも焼き尽くす炎が弾け、轟音と共に城壁が崩れた。
「行くぞ、少年」
「はい!」
オーウェンを先頭に、ルクスはそこに突入していく。
崩れた城壁には、すぐにそこを塞ぐべく、中から魔物達が溢れるように武器を構えて並んでいく。
先頭に立つのは最も小柄で位の低いゴブリン達だった。内部で侵入した敵を囲む役割だったのが、大慌てで出てきたらしい。
「まずは纏めて薙ぎ払う! 少年、やり損ねた奴をきっちり仕留めろ!」
ルクスが返答するよりも早く、オーウェンが崩れた城壁へと斬り込んだ。
そこに並んだゴブリン達は棍棒や斧を持って武装していたが、それらが武器を構えるよりも早く、長槍の一閃が纏めて五匹を薙ぎ払う。
刃の部分が届かなかったゴブリン達も吹き飛ばされて、そのまま地面に叩きつけられる。
それでもなお立ち上がり怒りのままにオーウェンに襲い掛かろうとする一匹を、背後からルクスの剣が仕留める。
ゴブリンの濁った血液が舞い、ルクスの装備する軽装鎧を血で濡らす。
そんなことに構っている暇はなかった。すぐさま次の目標に視線を動かすと、オーウェンの前に巨大な斧を構えたオークが二匹立ち塞がっていた。
豚の顔をした巨大な人型の魔物であるオークは、決して知能は高くはないが、凶暴性とその巨体から繰り出される力、そして何よりも圧倒的な繁殖力から現れる数が驚異の種族だった。
本来なら十匹前後の群れで行動するそのオークが、今は街全体を制圧するほどの数で行動している。細かい戦術を可能としなくても、彼等が力に任せて暴れるだけで脅威だった。
「通り抜けろ! 正門の連中の背後を突け!」
オーウェンの言葉に咄嗟にルクスは反応して、二匹のオークの間を通り抜ける。
自分達の足元を走り抜けた小さな姿に、慌てて彼等が武器を振り上げた時には既にオーウェンの持つ槍が、一匹の顔面を目がけて投擲されていた。
威嚇のための鳴き声を鳴らすために大口を開けたそこに、深々と突き刺さる鋭い長槍。
喉の奥から鈍い音を立てて、片方のオークが崩れ落ちる。そしてそれが持つ斧を両手で拾い上げたオーウェンは、力任せにもう一匹の脛の辺りに斧の刃を叩きつけた。
鳴き声を上げ、倒れるオーク。
一瞬にして二匹を葬ったオーウェンに驚愕しながら、ルクスの足は止まらない。
「……あんなに強いんだ……」
ルクスとて、黒の剣の力があればあのぐらいはやってのける。だからこそ、生身であれだけの芸当をやってのけるオーウェンに対して驚嘆していた。
それからも次々と迫りくるオークやゴブリンを、オーウェンは悠々と捌いてそこに死体の山を築いていく。
それは一兵士がやってのけることではない。その戦いぶりは、ルクスが憧れる英雄の姿を思わせるものですらあった。
風を切る音が聞こえて、反射的に剣を振りかぶる。
ほぼ無意識に振るわれた剣先にぶつかった矢が、二つに折れて地面に落ちた。
建てられた櫓の上では、ボウガンを構えたオークの弓兵達がこちらを狙っている。
「ベオ、頼む!」
「わかってる!」
爆炎が、上空で舞った。




