フィンリー・リトルトン
商人の馬車を護衛する代わりに乗せてもらって丸二日。辿り付いた街はミリオーラから南にある、『ティーオル』と言う名の街だった。
ミリオーラほどの広さはないが、頑丈な城壁に囲まれ、中には大勢の人が暮らし、人の行き来も盛んで活気に溢れている。
彼等が安心して過ごせる原因の一つとして挙げられるのが、街を巡回するギルド・フェンリスの兵士達だった。
全てのギルドの中で最大の規模を誇ると言われるフェンリスはその人員の大半を軍事方面に割り振っており、戦争の際には傭兵、平時は魔物退治や街を護る守護者として畏敬の念を集めている。
街をゆっくりと見て回る暇もなく、ルクス達は待ち合わせの場所へと辿り付く。
ギルドの支部ではなくそこは広場なのだが、妙なことに街の人々の憩いの場と言うわけではないようだった。
武装した兵士達が何人も、その広場の中央にある台座の前に集まっている。彼等はそれぞれのグループに別れて雑談をしているようだが、何かを待っているようにも見えた。
その中央、明らかに規律の取れた一団に、ルクス達は近付いていく。
「あの……」
「なんだ? すまんが、今の時間帯はポータルはフェンリスで使わせてもらっている。獣人を遊ばせるのならもっと別の場所で……」
「ポータル? ふむ、なるほど。これはどうやら遠くへと空間を繋いでいる門と言うことか?」
ベオの視線が向かうその台座は、一度に十数人が乗れるほどに広く、淡く光る白い線で魔法陣が描かれている。
「それはそうだが……。魔法に詳しい獣人なんて、珍しいのを連れてるな、坊主」
「……ふん、誰が獣人か」
腕を組み、不機嫌そうに尻尾を揺らすベオ。
そんな彼女を後ろに押し退けて、ルクスは先日届いた手紙を目の前の男に見せる。
「あの、僕達フェンリスから、この手紙を貰ってきたんですけど……」
「なに? と言うことは、お前達があの魔獣を倒した……?」
兵隊は当たりをきょろきょろと見渡し、ルクス達以外に誰かいないのかを確認する。ルクス達が従者で何処かに主でもいるのではないかと考えたのだが、当然そんな人物は存在しない。
「正直とても信じられんが……」
「なら、今ここで証拠を見せてやってもいいのだぞ?」
好戦的に犬歯を見せるベオに兵隊は渋い顔をしたが、特に咎めることはなかった。
「だが、確かに手紙を見ればこれはフェンリスの印が入っている……。まあいい、俺は命令を果たすだけだからな」
兵隊が、ポータルと呼ばれた門を指で示す。
「これから戦地までは、我等の同胞が命懸けて繋いだポータルによって向かう。そっちの獣人が言った通り、あの中に入っている人や物を一瞬で転移させる魔法だ」
「凄い魔法があるんですね!」
初めてそんな魔法の存在を知ったルクスは、目を輝かせてそう答える。
「……う、うむ。それでだ、向かう場所はここから更に南にあるトルガルド地方だ。そこに発生している魔物達を討伐するのが、今回の任務になる。既に先遣隊が向かっているが、どうにも戦況はよくはないらしい。そこで、フェンリスの作戦本部は増援を手配したというわけだ」
「ここにいる人達は僕達以外はフェンリスの人なんでしょうか?」
「いいや、違う」
つまりは、ルクス達と同じような方法で集められた者達と言うことらしい。ギルドなのか、それとも無所属の傭兵なのかまではわからないが。
「活躍すればお前達にも報奨や、ギルドへのスカウトもあるかも知れん。精々、死なないように気張れよ」
「わかりました、頑張ります!」
「つまりは私達を駒として利用すると言うことだな?」
素直に受け入れたルクスとは裏腹に、ベオは彼の言葉をそう解釈した。
「どう取ってもらおうと、俺のやることは変わらん。手柄を立てれば得られるものがあることに違いはないだろう」
「……確かにな」
「あー、それからな、坊主。俺は別に構わんのだが、獣人には当たりが強い奴もいるからな。こういうの連れてると、余計な火種になるぞ?」
「き、気を付けます」
確かにこの広場に入ってからも、ベオに対して奇異の視線を向けられている気配は幾つかあった。
彼女の他にも獣人の戦士を雇っているギルドもあるのだが、大抵の場合は人間よりも格下の存在として扱われている。奴隷と言うほどではないが、一番危険な最前線で戦う者達だろう。
「そろそろ時間だ。お前さんはまだ若い、命は大事にな」
そう言ってくれた兵隊に笑顔で返して、ルクスはベオを連れて魔法陣へと向かって行く。
それに続くように次々と兵士達が台座の上へと上がり、全員がそこに収まったところで先程の兵隊が手に持った白い石を投げ込んだ。
白い石は魔法陣の中に溶けるように消えて、やがて陣を描く線が眩く輝き始めた。
「あれは魔石だな。どうやら、それでポータルとやらを起動する鍵としているらしい」
「見ただけでそんなこともわかるの? やっぱりベオは凄いね」
「ふふん、だろう? もっと褒めろ」
腕を組んで満足げなベオを見ているうちに、ルクスの視界も真っ白に染まり、奇妙な浮揚感と共に景色が解け、そこにいた全員の姿が一瞬にして消失する。
▽
光に包まれた先に待っていたのは、既に朽ち果てた集落だった。
外側には土嚢が積み上げられ、簡易的にではあるが防衛拠点として作られていることが見て取れる。
石造りの建物の大半は穴が開き扉も破壊された廃屋のようになっているが、兵士達はそこで寝泊まりをしているらしく、人の動く音が絶えることはない。
そんな中、現れたルクス達の前に立っていたのは、金色の長髪を靡かせた一人の女性だった。
女性にしては身長も高く、軍服を纏ったその姿は何処か威圧感のある風貌だった。しかしだからと言って粗暴には見えず、そのような立ち振る舞いの中にも優雅さが見え隠れしている。
「よく来てくれたわね、わたしの名前はフィンリー・リトルトン。ギルド・フェンリスのティーオル支部長として貴方達を歓迎するわ。長々とした話も聞きたくはないだろうし、簡潔に説明するわね」
その言葉通り、フィンリーは各々のグループの責任者に後に自分達のところに装備や人員を一覧表にしてやってくること、ここと隣にある村に空いている家屋があるのでそこで休んでいることを伝えた。
用件だけを伝えてすぐに一同は解散となり、他の面々はそれぞれのメンバーを連れて、その場から立ち去ろうとする。
「ところで、ミリオーラから来たギルドの連中ってのは誰かしら? 例の、無名のギルドが魔獣を倒したとか言うあれよ」
それを聞いて、場がにわかに騒めいた。
どうやらルクス達のことは自分達で思っていたよりも噂として伝番していたようだった。誰もが視線で、それだけのことをした猛者を探し始める。
「私達だが?」
どうしたらいいものかと悩むルクスを余所に、当然の如くベオが高らかに声を上げる。
「どうしたルクス、もっと背筋を伸ばせ。元々、ミリオーラには我等ありと見せつけるための遠征だろうが」
果たしてそんな目的だっただろうか。そう思うが、ベオに細かい理屈は通用しない。
「なんだ、ただのガキじゃねえか」
「しかも躾がなってねぇ獣人なんぞを連れてやがる。あれでどうやって魔獣を倒したんだか」
「意外と、倒した奴は相討ちで生き残りだけのこのこやってきたのかもな。自分が強くなったと勘違いしてよ」
すぐに、幾つもの侮蔑の声がルクス達を取り囲む。
意外なことにそれを聞いてもベオが機嫌を悪くする様子はない。ただ涼風が流れるように、フィンリーだけを視界に収めていた。
そしてそれはルクスも同様だった。人造兵として散々心無い言葉を言われてきたのだ、今更この程度の言葉で心が揺らぐことはない。
「……本当にあんた達なの?」
「はい。でも、魔獣を倒したのは英雄アレクシス様で、僕達はその別れた分身を何とか倒しただけです。ですから、皆さんが聞いている噂は、多分間違っているかと」
「ふぅん。……ま、もう行っていいわ」
フィンリーはその言葉でルクス達に興味を失ったのだろう。手を払って、その場から立ち去るように告げる。
それが解散の合図となり、ルクス達を含む集団はそれぞれに別れてその場から去っていった。




