アイスクリーム
その翌日の昼下がり。
畑に現れるゴブリン討伐の仕事を午前中で終えたルクス達は、昼食を採るために夕立亭へとやってきていた。
実働したのは主にルクスとベオで、今回はエリアスが交渉役を請け負っている。そのため、今は彼が依頼主の元に報酬を受け取りに向かっていた。
テーブルにはルクスとベオ、それから半日で仕事を上がったエレナが同席している。
「ふおおぉぉっ! なんだこの甘露は!」
ベオが店中に響くような、大きな声を上げる。とはいえ、既に夕立亭でベオが騒いでいるのはいつものことなので、昼食を食べに来た客の大半は微笑ましい視線を向けるぐらいしか反応もなかった。
彼女が今手にしているのは、木の器に入ったアイスクリームだった。
「まるで雪のような白さ、舌に触れれば儚く消える口溶け、そして何よりもこの後を引く甘さ……。これはきっと禁断の果実に違いない!」
「ただのデザートなんだけど……」
アイスを奢ってあげた張本人であるエレナが、呆れながらそう付け加える。どうにも、ベオの力を見たはずなのだが、やはり見た目の問題なのか、エレナにとってベオは妹のような扱いらしい
。
「うむ、これは美味い! 流石だな乳女……いや、この功績を湛えお前のことを改めて名前で呼んでやるとしよう。で、なんて名だ?」
「エレナです!」
「なるほどな。ではエレナよ、お代わりを所望する!」
瞬く間にアイスを平らげたベオが、空になった器を彼女に差し出す。
「だーめ。冷たいもの沢山食べるとお腹壊しちゃうんだから」
「……むぅ、けちめ。やはり貴様など乳女だ」
「ベオ、そんなこと言っちゃ駄目だよ。エレナさんは僕達の恩人なんだから」
「逆だろうが……。だが、ルクスが言うのなら仕方ないな」
器をテーブルに置いて、ベオが腕を組む。アイスの余韻を味わっているのか、獣耳は忙しなく動き、尻尾も上機嫌そうに揺れていた。
「エレナさんは午後から何をする予定なんですか?」
何の気なしにそんなことを尋ねてみた。
「お給金が入ったので、色々と必要なものを買いに行こうかと思ってます。わたしも引っ越したばっかりで、何もない部屋なので」
エレナを初めとするゴードン家のメイド達は、大半が住み込みで働いていた。炎の中持ち出せた荷物などはあるはずもなく、一から買い直さなければならない。
「後は、少し服とかも見ようかなって」
「服飾のことか?」
「そうですけど……?」
「私も行こう! いい加減このごっちゃりした服では動くのも億劫なところだったからな」
ベオの格好は、実体化した時に着ていた黒ドレスの一張羅だった。
それを何とか洗っては着まわしているのだが、そもそも長いスカートや袖が動き回る彼女の性格と合っていない。あちこちに引っ掛けて、既に解れている個所もあった。
「わたしは大丈夫だけど……。いいんですか、ルクスさん?」
「そうですね。よかったら、お願いします」
「なんだ、ルクスは来ないのか?」
心なしか耳を萎れさせて、ベオがルクスを見上げる。
「僕は遠慮しておくよ。服とかは、女の子同士の方がいいと思うし」
「そう言うものか? まぁ、着飾る楽しみと言うのも味わってみたかったし。確かに、そう言う点に関しては女の方が得手かもな」
「得手って……」
「それからあれだ。あれも欲しいぞ」
「あれ?」
「うむ。ほれ」
ベオの手が高速で伸びて、エレナのスカートの裾を掴み、一気に捲り上げる。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げてエレナが振り払う前に、ベオの手は元の位置に戻っていた。
「な、なにするの!」
「下着だ、下着。今の時代、女共は皆服の下にそれを身に着けるのだろう?」
「え、じゃあベオって……」
「はいていないが?」
何を当たり前のことを、とでも言わんばかりの回答だった。
言われてみれば、ベオの服を洗濯したり干している時に、彼女の下着を見た覚えはない。
「は、はいてないの?」
「はいてないが?」
二度目の回答。
つまり今日までベオはパンツをはかずに、飛んだり跳ねたり高いところに昇ったりをしていたわけだ。幾ら注視する機会がなかったとはいえ、見えなかったのは奇跡のようなものだろう。それがルクスにとっていいか悪いかは別の話として。
「……わかりました。今日はこのわたしエレナが、ベオちゃんを一人前の淑女にして差し上げます!」
何やら可哀想なものを見る目でベオを見てから、エレナがすっくと立ち上がる。
「いや、別にそこまでしてもらう必要はないが? 後、服よりも装具の方が……」
「行きましょう、ベオちゃん! 可愛い女の子になって、ルクスさんを驚かせてあげましょうね!」
どうやら下着も買ってもらえない可哀想な子と脳内で決定されたようで、エレナはベオの手を握って引き摺って行く。
数歩離れたところで、不意に立ち止まり、エレナが伏し目がちににルクスに尋ねた。
「と、ところで……見えました?」
「……すぐ目を逸らしたので……」
「好きな色はなんでしょうか?」
「……薄い緑、とかですかね……」
「やっぱり見えてるじゃないですか!」




