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魔法と釣り

「ギルドって、もっと派手な仕事が次々と舞い込むもんだと思ってたんだけどなぁ」


 ミリオーラから伸びる街道を縦断する川。その両岸を繋ぐ橋からやや離れた場所で、人が座るのにちょうどいい大きさの岩に腰かけながら、エリアス・カルネウスが不意にそう零した。


 鳶色の短い髪をした、整った容姿の青年である彼はルクスの率いるギルドの三人目の構成員である。


「仕方ないよ。まだ三人しかいないからそんなに大きな依頼は来ないだろうし」


 隣の岩に腰かけてルクスがそう答える。

 二人は今、ゆったりとした流れの川に向かって釣り糸を垂れていた。

 ギルドを開いたのはいいが、今のところそれほど大量に依頼が来るわけではない。ペースで言えば、猫探しをしていた時とそれほど変わらないぐらいだった。


「魔獣退治したんだから、結構有名になってるはずなんじゃないのかね?」

「逆に魔物退治の専門って思われちゃったとか?」

「ありうる。っと、釣れた!」


 エリアスの竿がぴくりと揺れて、彼がそれを釣り上げる。

 糸の先には、小ぶりな魚が一匹食らいついていた。


「へへっ」


 嬉しそうに口から釣り針を外し、釣果を入れている麻の袋へと放り込んでいく。中には既に、三匹ほど先客がいた。

 一方のルクスはと言うと、まだ一匹だけだ。どうやら釣り勝負に関しては、エリアスの方が得意のようだ。


「これで今日の夕飯は大丈夫そうだね」

「折角だしもう何匹な釣ってこうぜ。余った分は売れば幾らかにはなりそうだし」


 魔獣を倒し英雄に認められたとしても、ルクス達はまだできたばかりのギルドだった。

 お金に余裕があるわけではないし、今後ひっきりなしに依頼が来るという保証もない。そのため、節約できる部分はしておかなければならない。


「あ、そうだ」

「ん?」

「エリアスに教えてほしいことがあったんだ」

「俺に?」

「魔法って、どうやって使うの?」


 そう質問すると、エリアスは困ったように顔を顰める。


「どうって……、そりゃ術式を覚えて、体内の魔力を熾して大気のマナと結合させて、それで形を整えて……」

「……う、難しそう……」

「なんでそんなこと聞くんだ? いや、理由なんか一つしかねえよな」


 答えるまでもなく、エリアスは結論を導き出したようだった。

 それは勿論魔法を覚えたい、それ以外にルクスがこんなことを尋ねる理由はない。


「エリアスの魔法みたいにエンチャント、とかできればもっと強くなれると思って」


 現在、空いた時間は食糧調達以外にもエリアスに協力してもらっての剣の訓練にも当てている。

 その中での勝率は五分五分程度、黒の剣の恩恵がなければ、戦力としてのルクスはそのぐらいに落ち込んでしまう。


 そして、いつでも黒の剣と同調できるわけでもなかった。少なくとも、エリアスとの特訓では一度もあの超人的な強さを持つには至っていない。


「あー……いや、でも難しいぜ。俺も昔人に教えてもらったんだけど、できたのはこのエンチャントだけだしなぁ。もしちゃんと学びたいなら、学校とか通った方がいいと思うし」

「学校はちょっと……」


 魔法学院なるものがあることは知っているが、人造兵であるルクスがそこに入学できるわけもない。


「だよなぁ。ただ、俺の経験談だけど、即戦力にしたいなら自分の長所を伸ばしてった方がいいと思うぜ。長期で見るなら学んでみるのもありだと思うけど」


 つまりは、すぐに教えてもらってできるものではないと言うことらしい。


「ちゃんとした師匠でもいれば話は別だろうけどな。……いや、っていうか」


 エリアスが何かを言いかけた時、大きく水面が揺れた。


 水面が盛り上がり、そこから長い銀色の髪をした少女が、弾ける水を纏って姿を現した。


「あの、ベオさん……魚が逃げるからやめてもらっていいですか?」

「ふっふっふー。これを見てもそんなことが言えるかな?」


 水の中に隠された両手をベオが掲げると、そこには左右に一匹ずつ、魚が握られている。


「偉そうにしてるところ悪いっすけど、俺はもう四匹釣ってるっすよ」

「……なんだ、つまらん」


 面白くなさそうに岸へと上がると、身体をぶるぶると振るって長い髪から水気を払い、ルクスの方の釣果を覗き込む。


「ふふん、貴様はまだ一匹か。私の分をくれてやるから、ありがたく思え」


 単に持ち帰るための袋を忘れただけだ。

 魚を放り込み、自分の掌の匂いを嗅いでその生臭さに顔を顰めてから、ベオはずぶ濡れのまま適当に草を集めて重ね始める。


「ベオ、ちゃんと乾かさないと」

「今からやろうとしてたところだ」


 服を着たまま川に飛び込んでいたので、当然だが濡れてベオの身体のラインが全て浮き彫りになっている。見るところなどない見事に平坦な身体だが、それでも女性を見慣れていないルクスにとっては目に毒だった。


 重なった枯れ枝や草の上にベオが手を翳すと、そこに火が灯る。それは瞬く間に焚火程度の大きさになって、彼女はその傍に座り込んだ。


「ふー……」

「じ、自由過ぎる……」


 呆れたようにエリアスが呟く。

 すぐに彼は気を取り直して、先程言いかけた言葉を続きを口にする。


「あ、そうそう。それで魔法のことならベオさんに聞けばいいんじゃないか? 俺なんかよりも圧倒的に優れた魔導師なわけだし」


 ルクス達に背を向けて焚火に当たっていたベオだったが名前を呼ばれたことに気が付いたのか、獣耳をぴくりと動かしてルクス達の方を振り返る。


「ん、この私に教えを? まぁ、何のことか知らんが悪い気分ではないな。それで、何が知りたい? 私のように高貴で格好良くて、美しい存在になる方法か? いやいや、それは口で言うのは簡単だが、そう簡単にできることではないぞ、なにしろ……」

「魔法を教えてほしくて」

「……ふむ、魔法か」


 口元に手を当てて、ベオが数秒間考え込む。


「そう言えば、なんで使えるんだろうな?」

「……えぇ……」


 予想外の答えに、気の抜けた声が出てしまう。


「なんとなくだ。こう、魔力の流れとか、そう言うのあるだろ。それをこうやって、うん。ほれ」


 音を立てて、ベオの掌の上に小さな火球が出現する。彼女はすぐにそれを握り潰し、焚火に当たりなおした。


「いや、なんとなくで使えるもんじゃないはずなんすけどね……。本来なら複雑な魔法式を組んで、詠唱だったり杖とか魔導書で代わりに唱えたり……」

「貴様だって簡単に使えるだろう。それと似たようなものではないのか?」

「全然違うっすよ。別に俺はなんにでもすぐにできるわけじゃないっすから。矢とかならちょっと時間かければできますけど、剣とか対象が大きくなると、予め術式を刻んでおいて、必要な時に発動させてるだけっすから」


 エリアスが腰からショートソードを差し出す。

 手に取って見てみると、確かに刀身には殆ど目立たないが白い文字で、何やら見慣れない言葉が幾つも書かれている。


「本職の魔導師とかなら話は別っすけど、俺はこれが限界っす」

「魔法使うのも大変なんだね」

「まぁ、そう言うことだな」

「何を偉そうに。貴様が三流なだけではないか」


「いや、そう言われると反論はできないっすけど……。でも、ベオさんがちゃんと知識を付けて、それをルクスに教えてあげるのが一番手っ取り早いと思うっすよ? 実践はできてるわけですし、ゼロから覚えるよりはそっちの方が遥かに楽でしょうから」


「面倒だ」

「……いや、そんな」

「面倒なら仕方ないかな」

「ルクスもそんな簡単に引き下がっていいのかよ!」

「あはは……。ベオがやりたくないなら無理にさせるのもね。必要なら、なんとか自分の力でやってみるよ」


「……ふん。それに、別に無理に貴様が魔法を覚える必要もないだろうに。私がいるのだから」

「それもそうかも知れないっすけど、炎出す以外にも色々できた方が便利じゃないっすか? もし学んで覚えられるならそれが……」


「ええい喧しい! 私がやらんと言ったらやらん! 面倒なのは嫌いなのだ、身体を動かしている方が性に合っているんだ!」

「……駄々っ子かよ」

「何か言ったか?」

「いいえ、なぁんにも」


 結局、話はそれで流れることになった。

 その日は日が暮れるまで釣りをして、まずまずの成果をあげることができた。


 手が生臭くなってしまったベオは、家に帰るまで不機嫌そうではあったが。


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