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ミリオーラの救世主

「これでよし、と」


 最後になった家具の配置を終えて、栗色の髪をした少女エレナが一息吐いた。

 彼女が伸びをするために上体を逸らした時に存在を主張する豊かな胸部に視線を吸い寄せられそうになって、ルクスはなんとか鉄の意思で首を曲げる。


「え、エレナさん。ありがとうございます、片付けまで手伝ってもらっちゃって」

「いいんですよ。何と言ってもルクスさんは、ミリオーラの救世主ですから」

「いや、救世主なんて……」


 エレナの言葉に、照れながら後頭部を掻いた。

 今二人がいるのはミリオーラの街の西区にある二階建ての建物、つい先日までは大規模ギルド・グシオンの支部として使われていた場所だった。


 大通りに面しており、正面にはエレナの働く夕立亭があるこの場所は非常に立地もいい。一流のギルドであるグシオンが目を付けただけあって、ギルドを運営するには最適の場所だと言えるだろう。


「でも、大丈夫なんでしょうか……。勝手にギルドの支部を使っちゃって」

「ミリオーラの市長からグシオンに連絡はしたって言ってたじゃないですか。それで、グシオンは当面こっちに来ないから、この建物も解約するって」

「それはそうですけど……。殆ど無償で僕達に譲ってもらうのもなんか、悪いっていうか……」


 先日の戦いの後、帰還した大英雄アレクシスによって助けられたギルド・グシオンの人員は支部長であるライナー一名だけだった。


 彼は治療のためもっと設備の整った街に移送され、実働部隊が壊滅したことでグシオン支部は事実上撤退することとなった。

 その代わりとしてこの建物を預かり、ミリオーラのギルドとして任命されたのが、ルクス達だった。そこには魔獣を倒した功績と、英雄アレクシスの言葉が後押しとなった。


「ここはルクスさんの部屋にするんですか?」

「そのつもりですけど」


 とは言え、三名しかいないルクス達のギルドでは二階建ての広々としたこの建物は持て余す。そのため、一階を受付ロビーとして使い、二階はルクス達の住居にすることとなった。

 そして丁度今、引っ越しの準備が終わったというわけだった。もっとも根無し草だったルクス達の荷物など殆どなく、外から簡単な家具を運び込むだけだったのだが。


「でも、改めて考えると凄いですよね。お屋敷に来て、女の子の格好をしてたルクスさんが、魔獣を倒しちゃうなんて……」


 そんなことを言いながら、エレナが窓の方へと視線を向ける。

 ルクスもそれに合わせて窓から下を見ると、大通りには大勢の人や馬車が行き交っていて、活気が溢れている。


 魔王戦役がこの時代に与えた傷跡は深い。それこそ、街の外に一歩出れば魔物や野党などの被害が後を絶たないほどに国は荒れている。

 それでもそこに暮らす人々は、明るく希望を持って過ごしているようにも見えた。


「わたし、子供の頃から両親がいなくて、親戚とか姉妹達と一緒にあっちこっちで仕事をして暮らしてたんです。一ヵ所に落ち着けることなんてなくて、大変な日々でした」

「……エレナさん……」

「姉妹達とは離れ離れになっちゃったけど、サンドラさんに出会ってやっと落ち着ける場所を見つけたのに、またお屋敷からも焼け出されて……あぁ、やっぱりこの時代にはもう、わたし達みたいな弱者が安心して生きていける場所なんてないんだって、そう思いかけてたんですけど」


 これまでの苦労や、不安を思い出しているのだろう。硝子に映ったエレナの瞳には、小さな揺らぎがあった。


「ルクスさんが救ってくれました。また、逃げなくても、捨てなくてもいいんだって、証明してくれたんですよ。だから、凄く嬉しかったです」

「……いや、僕は……。魔獣の本体を倒したのは、アレクシス様ですし。それに、その、なんていうか……人造兵なら、当たり前のこと、ですから」

「そんなことないです!」


 振り返って、エレナがルクスの手を握る。

 突然のことに驚き、女の子の手の柔らかなその感触にルクスの思考が停止する。


「ルクスさんは本当に凄いことをしてくれて、わたしはそれに感謝しているんですよ! ルクスさんは、わたしの英雄です!」

「エレナさん……」


 そう言ってもらえるだけでもルクスの心は大分軽くなった。

 魔獣を倒し街を護った。ルクスが人造兵であることを知らない大勢の人からは感謝されて受け入れられたが、心の中のしこりは消えることはない。


 人間のために生み出されながら、それを裏切り魔王の味方をした人造兵であるという事実。

 黒の剣に同調し、時折誰かを意志を伝えてくる黒い心臓。


 そして、あの日放してしまった幼い少女の手。


「困ったことがあったら何でも言ってください。相談にも乗りますし、わたしにできることなら、恩返ししますから!」

「あ、ありがとうございます……」


 いつの間にか、二人の距離は随分と近くにあった。

 ベオ以外の女性とこんなに距離を詰めることがないので妙に落ち着かない気分にさせられる。

 それはエレナも同じようで、顔を見ると頬には朱が差している。それでも傍を離れないと言うことは、嫌と言うわけではないようだった。


 少女特有の甘い香りに頭をくらくらさせながら、互いに次の言葉を探していく。

 窓の外から聞こえる喧騒が、妙に遠く感じられた。

 いつの間にか視線は、彼女の艶やかな唇に寄せられていた。そこから次に発せられる言葉を、待つかのように。


 僅かにそれが震え、紡がれた言葉を口にしようとしたその瞬間、


「よぉ! こっちの片づけは終わったぞ、ルクス!」


 銀色の長髪に獣耳と尻尾、褐色の肌を持つ幼い少女ベオが無遠慮に扉を開いて現れた。


「うわっ!」「きゃあっ!」


 ルクスとエレナは同時に声を上げて、互いに弾かれるように距離を取る。

 お互いに両手を固く握り、先程のことなど全くなかったかのようにベオの方へと顔を向けた。


「……む、何だ? 踊りの練習でもしていたのか? しかし、お前の胸じゃ派手な動きはできんだろう?」


 にやにやと笑いながら、ベオがエレナの胸を指で突こうとする。


「む、胸の話ばかりしないの! まったくもう、ベオちゃんは……」

「はっはっは、いいではないか。減るものでもない」


 上機嫌そうに笑って、ルクスとエレナの間に立つ。


「確かにそれはお前の立派な武器だが、誘惑は程々にしておけよ。こいつは契約上、私のものなのだからな」

「ゆっ……誘惑とか、そんなのしてません!」


 顔を真っ赤にしてエレナが反論するが、ベオは相変わらず何処吹く風だった。


「あれ、エリアスは?」

「雑貨の買い出しだ」


 もう一人の構成員、エリアス・カルネウス。彼はベオによって雑用係に任命され、今のことろ特に文句を言うこともなく、それをこなしてくれている。顎で使われ過ぎて時折可哀想になるぐらいだ。

「うむ、なかなかいい具合じゃないか、我等の新しい根城は」

「……そうだね」


 ルクスの部屋は決して広くはない。

 ベッドと簡単な家具が置いてあるだけの、簡素な部屋だ。

 それでもここはルクスが初めて手に入れた自分の家で、自分の空間だった。


 例え英雄にはなれないかも知れないけれど、こうやって何かを手に入れることができる。

 人造兵である自分にもそれができたことが、何よりも嬉しかった。


「さて、時間も丁度いいし、昼餉にするぞ。乳女、お前の店で食うんだ、先導しろ」

「え、でもエリアスさんは……? それから乳女はやめて」

「ちゃんと書置きはしていく、問題ないだろう」


 幾ら何でも雑な扱いに、後でルクスだけは労いの言葉をちゃんとかけてやろう。

 そう心に近いエレナを先頭にして、ルクス達は一度ギルドを後にして、夕立亭へと向かって行くのだった。


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