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英雄を目指した少年は――

 マルザの森の奥地、アレクシスと二匹の魔獣が戦ったその後は、見るも無残な場所へと変貌していた。

 生い茂っていた木々の大半が薙ぎ倒され、その周辺はまるで火災でもあったかのような荒地へと変わっている。


 その中心で、二体分の亡骸を前にしてアレクシスは、剣を背に戻しながら息を吐いた。

 ルクス達が分かたれた魔獣を仕留めるのとほぼ同時刻、アレクシスの戦いも終結していた。


 恐らく本命は老エルフ自身が変貌した魔獣だったのだろう。最初に現れた八割分の魔獣よりも、そちらの方がより強大な憎悪と強さを持っていた。


 英雄は嘆息し、考える。


 彼等をそこまで駆り立てたのはなんであるか。それだけの妄執が、後幾つこのアルテウル国内に蟠っているのだろうかと。

 英雄たるアレクシスの身体に殆ど傷はない。倒すことに手こずりはしたものの、魔獣二匹を相手にしてもなお、彼は戦いを優位に進めていた。最も厄介だったのはその再生能力で、それによって討伐が遅れてしまったぐらいのものだ。


「……ご老人、貴方は」


 既に人のものではなくなった、その亡骸を見やる。

 心臓を貫かれ完全に破壊されたそれは、地面に横たわり、今も瘴気のような煙を上げながらその身体を少しずつ消滅させている。


 積み重なった業は、次第に限界を迎えつつある。

 これから先、このような戦いが、それだけの妄念が何度も人間を襲うことだろう。アレクシスにはそんな予感があった。

 瞑目し、心の中で老エルフの死を悼む。


 その命を奪ったことに後悔はない。英雄たるアレクシスがやるべきは、人間に仇名すあらゆるものを世界から排除し、力なき者の平穏を護ることなのだから。


 そう、あくまでも英雄は人間の味方――神の僕でしかない。


 彼等の子である人間を、愛されているという理由だけで守護し続けなければならない存在だった。

 だからこそ、英雄は少年の願いを否定した。


「人の欲から生まれた君は、英雄になどなってはならない。歪んだ価値観に染まらぬその生き方で、道を示すべきだ」


 これは悲劇を退け、人々を救う戦いではない。


 ひたすらに問題を先延ばしにし、いずれ来る災厄に対して目を背けているだけの行いだ。

 それがわかっていながら、英雄の歩みが止まることはない。


 ▽


 どれぐらいの間、そうしていただろうか。

 それは一瞬だったのかも知れないし、まるで数時間に渡るほどに、長大な時間にも感じられた。

 風が吹き、クレーターとなった地面から砂埃が巻き上がる。


 呆然と、街を護るための城門からこちらを伺う人々の視線を受けながら、ルクスは呆然としていた。


「……勝ったぞ」


 そう、隣で声がした。


「……勝った?」


 顔を上げると、ベオが立ち上がっている。

 その華奢な両腕は指先まで痛々しい火傷を負っていた。


 それでも彼女は、痛がる素振も見せない。むしろルクスの健闘を称えるような、そんな今まで見せたこともない優しい顔をして、こちらを見ている。


「勝ったんだ……僕達……!」


 身体が震える。

 立ち上がって、今激戦を繰り広げている魔獣を、かつては幼気な少女であったその成れの果てを見た。

 もう、彼女は動かない。まるで地面に溶けるように沈み込み、その存在は少しずつ消滅しかかっていた。


「二人とも、無事っすか?」


 城門の辺りから、こちらを見ている人混みを擦り抜けて、エリアスが走ってくる。


「エリアス! ……ありがとう、エリアスがいなかったら、僕達負けてたよ」

「……いや、別に。最初に逃げだしたのは俺だし……。それに、感謝するのはこっちっていうか……」

「なんで?」

「なんでって……」


 呆れたように肩を落とすエリアス。


「気にしてやるな。こいつが惨めになるだけだぞ」


 ベオは何のことかわかっているのか、そう言ってルクスを諭した。結局理解はできなかったが、彼女がそう言うのなら、黙って従うことにする。


「そっか……。勝ったんだ、僕達」


 少しずつ、実感が沸き上がってくる。

 例えそれが意地から始まったことだとしても、歪んだ少年の願いから死地へと赴いただけの話だとしても。

 事実として、少年は戦って敵に勝利した。災害とも呼べる魔獣の襲来から、大勢の無辜の民を護ることに成功していた。


 街の方を見れば、ルクス達より少しばかり遅れて魔獣が倒れたことを把握した人々が、歓声を上げていた。

 そうしてここにいる弱々しい、しかし確かな輝きを見せた英雄達を祝福し、讃える言葉を口々に送っている。


「なんとまぁ、都合のいい連中だ」

「まあまあ。そんなもんでしょ、人間って」

「……ふん、それもそうだな。精々大量の謝礼をふんだくってやるとするか」


 腕を組み、尻尾で不機嫌そうに地面を叩きながら、表情は笑ったままベオがルクスの背中に触れる。

 本当は叩きたかったのだろうが、負傷した腕がそれを許さなかったようだ。


「ほら、行け」

「行けって?」

「凱旋だ。この地に、我等あり。魔獣を倒し街を救った、英雄なんぞではない貴様のことを、思う存分売り込んでやれ」

「売り込むって……」

「いいんじゃないか? 英雄になりたいなら、大切なことでしょ」


 彼等の前に立って、ルクスは歩き出そうとする。

 剣を持ち、魔獣を打ち取った少年を、街に残っていた大勢の人が歓迎している。両手を広げ、小さな英雄が自分達のところに来ることを待ち望んでいた。


 でも、それは違う。


 英雄になれない少年は、後ろを振り返って手を差し伸べる。


「一緒に行こう、二人とも。これは、僕達の勝利だから。僕達の、ギルドの」


 そこに違和感を感じたから、少年はそう言った。

 孤独に戦う英雄ではなく、仲間と戦うその組織の名を背負うことを決めた。

 それは一歩も前に進めず泥の中でもがいていた少年が、一人の少女と出会ったことで切り拓かれた第三の道。


 英雄になるわけでもなく、そのまま失意に沈むわけでもない、誰かと共に生きようとする、人造兵には分不相応な未来。

 敢えて少年は、その道を選ぶ。


「……ふん、仕方ない奴だな」


 言いながら、ベオの尻尾が上機嫌に揺れている。


「……なんか美味しいところ取ったみたいで申し訳ないけど」


 エリアスは後頭部を搔きながら、満更でもない顔をしている。

 斯くして、三人はミリオーラへと凱旋していく。


 その後彼等は、ミリオーラを護るギルドとして認められる。

 今はまだ少ない人数ではあるが、少年は居場所を手に入れた。

 英雄になれなかった人造兵の少年が、その手の中に何もなかった彼が手に入れた、小さくも温かな光。


 その輝きを強く握り込み、これからも護っていくことを強く誓うのだった。

これで一章は完結となります。読んでいただいてありがとうございました。

もしよろしければ感想や高評価など、よろしくお願いいたします。

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