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エリアスの決意

 大勢の人が列を成して進んでいく。

 彼等が目指す先は、ミリオーラから最も近い街だが、そこに行ったところで受け入れてもらえる保証はない。


 いや、もう大半の大人は理解していた。

 今この時代に、これだけの数の難民を迎え入れてくれる場所などない。そもそもにして、魔獣が未だ健在である以上、疫病神として追い出される可能性の方が高かった。

 そう、この時代に他者に情けを掛ける余裕がある者など殆どいないのだ。


 魔王戦役と呼ばれる戦いの傷跡はそれだけ深く、人々の生活に傷をつけた。

 そんな彼等が無意識のうちに追い詰めた者達による因果であることなど知らず、暗い顔で行列は行く。


 未だミリオーラには大勢の人が残っていると聞く。市長や街の自警団が中止となって、彼等の避難を進めているらしい。


 英雄が戻らなかった。その事実がミリオーラの人々に与えた絶望は、余りにも大きい。

 列の中で俯き、最低限の荷物だけを持って歩いているエリアスにとっても、そうだった。

 両脇には衛兵が、それぞれ槍と弓を持って護衛してくれている。もっとも、そんな装備では魔獣に立ち向かえるわけもないが。


 それだけではない。これからの道程には野盗も魔物も、大勢の危険が潜んでいる。せめてそれらからは街の人を護ろうと、エリアスは密かに決意している。

 そうやって歩く道程の途中、エリアスの傍に近付いてくる姿があった。


 茶色の髪の可愛らしい少女の名は、確かエレナと言っただろうか。ルクス達と一緒に何度か通った、夕立亭の店員だったはずだ。


「あの、ちょっといいですか?」

「……何すか?」


 なんとなく、目を合わせるのが憚られた。或いは無意識のうちに、彼等に関わるものに負い目を覚えていたのかも知れない。


「ルクスさん達、何処にいるかわかりませんか? 後ろの方をずっと見てきたんですけど、姿が見えなくて」

「……あー、いや、それは……」


 エリアスはすぐに後悔した。

 彼女の姿が見えて、即この場を逃亡しなかったことを。人混みに紛れてしまえば、追えなかっただろうに。

 彼女はエリアスがルクスの仲間であることを知っている。その疑問は当然だった。


「……いや、なんつーか……ちょっと言い辛いんすけど、護衛っていうか……はい」


 小声でぼそぼそと呟くエリアスに、エレナは訝しげな顔をしている。

 どうやって誤魔化して逃げようか、そんなことを考えていると、エレナの後ろから助け船が出される。


「あいつらは街に残ったよ。大方、魔獣と戦おうってんだろ」


 ――それが本当に助けであったかは、定かではないが。


「残ってって……相手は魔獣ですよ? アレクシス様ですら帰ってこれなかったのに!」


 エレナの反応がルクスから話を聞いた自分と全く一緒で、エリアスは自身がおかしくなかったことにまず安堵する。

 エレナは彼女に背後に立っていた恰幅のいい女亭主、サンドラを方を一度見てから、改めてエリアスを睨みつける。


「だったら、どうして貴方一人でここにいるんですか? ルクス君たちを助けてあげないと……!」

「そんなの無理に決まってるじゃないっすか! 今自分で言ったでしょ、相手は魔獣ですよ? 古代の魔導兵器、英雄ですら勝てるかわからない相手、そんな奴相手に、俺達に何が出来るんすか!」

「だったら、どうして二人は残ったんですか?」

「そんなの……俺が聞きたいっすよ!」


 感情をぶつけてくるエレナに、思わずエリアスも怒鳴り返してしまう。

 周りではこれ以上の厄介事はやめてくれと、遠巻きに忌避の視線が二人に向けられていた。


「やめな、エレナ」

「でも、サンドラさん!」

「あの子はそう言うことをする奴なんだ。そうじゃなけりゃ、あの日燃える屋敷の中に、あんたを助けに行きゃしないよ」


 エリアスには何のことかわからなかったが、エレナははっとして、それからすぐにエリアスに頭を下げる。


「……ごめんなさい。わたし、ちょっとおかしくなってました」

「いや、俺も……その、すんません。でも、本当に無理だったんです。残ろうかって、手助けしようかって思っても、言葉が出てきませんでした」

「元々突拍子もない無茶をする子だったからね。お屋敷にいた時も、休みの日にはマルザの森で魔物退治をしてたみたいだし」

「……なんでそんな無茶を……?」

「そりゃ……」


 サンドラが視線を寄越す。その先はエリアスが口にするべきだとでも言わんばかりに。


「……英雄になりたかったから、ですよね」

「そう言うことさ。あたしも最初は意味がわからなかったが、あの時アレクシス様と話しているあの坊やを見て理解したよ。あの子は、人造兵の坊やは、辛い境遇に対して、常に未来を夢想することでどうにか耐えて、生きてきたんだろうってね」

「え、知ってたんすか……?」

「そりゃ、最初にあの子を雇ったのはあたしだからね。目を見ればわかったさ。ぼろぼろの汚い格好で、ルクスはお屋敷に現れた。何でもするから雇ってくれって、食事なんか残り物でいい、寝床だって外でも構わないって言いながらね。馬鹿正直に言ったのさ、人造兵だから、人間と同じ場所で暮らそうなんて生意気は言わないって」

「いや、そんなの……」


 言葉を言おうとして、何も出ては来ない。

 人造兵、魔王戦役時代に生み出された忌むべき存在。人間に造られながら牙を剥いた、愚かな人形。

 本来ならば、人間が支配するこの大地で生きていることすらも許されない者。


「それ、おかしいでしょ……。なんでそんな奴が、人間のために戦うんですか? 人間のための英雄になろうって思うんすか?」

「……あたしが知ったことじゃないね」


 エリアスとて、決して恵まれた生活を送って来たわけじゃない。

 貴族の息子として生まれたが魔王戦役で家は没落、その後は父も病死して、流れるままに生きてきた。

 そして辿り付いたのは、あの盗賊団だった。

 子供の頃、父が呼んでくれた英雄譚に憧れた少年は、いつの間にか生きるために捻じ曲がった青年となっていた。


 それよりも辛い日々を送ったであろう少年は、英雄を妄信し、それを志して、どうにか自分を保って来たのだろう。

 いつか来る栄光を夢想して、泥を啜って生きてきたのかも知れない。


「許されたかったんじゃないでしょうか」


 エレナがそんなことを言った。

 両手を胸の前で合わせながら。


「英雄になれば、大勢の人を助ければ、自分が人の輪の中に居ても許される。そう信じてきたのかも」


 エレナの知っているルクスと言う少年は何処か腰が低く、いつでも申し訳なさそうにしていた。

 今ならば、それが自分の出自から来る負い目であることがよくわかる。


「坊やの話はここまでにしよう。あの子は自分でそれを選んだ、それだけの話さ。助けに行こうにも、あたし達が行っても何の役にも立たない、違うかい?」

「……違いません」


 エレナの身体は小さく震えていた。

 助けにいけない悔しさや、ルクスを失うことへの恐怖。そんな感情が見てわかるほどに、彼女からは溢れている。


 ふと顔を上げると、サンドラと目が合った。

 エリアスが何か答えを欲していると知りながら、彼女がそれを語ることはない。

 ここから先のことは、エリアス自身が決めることだった。誰かに言われることではない。

 彼等とは、まだ出会った数日の仲だ。しかも、半ば無理矢理にあるかどうかもわからないギルドに入れられた。


 本来なら、助けに行く義理なんてない。

 でも、恐らく同じ状況であの少年は行くのだろう。英雄になりたいからと、自分の中で理由を付けて。

 だが、もう一人の自分が即座にそれを否定する。


 彼等の力を見ただろうと。

 奴等は特別で、自分とは違うと。

 何度も何度も、行かない理由を心の中で探し出しては自分の言い聞かせた。

 自分は持たざるものだ。不運な人生を送ってきた、自ら危険に突っ込むような真似をすれば一番に死ぬような、そんな人種だと。


 だが、無駄だった。


 幾ら言葉を並べても、理由なき衝動を掻き消すことはできない。

 それは彼の少年が、魔獣に立ち向かうのと同じように。


「それ、ちょっと借ります!」


 いい加減揉め事かと近付いてきた衛兵から、弓と矢束を奪うとる。

 そのまま彼が文句を言うよりも早く、人波を素早く駆け抜けていく。

 例えあの少年のようにはなれなくても。


 同じように英雄に憧れた身だ。

 弱い自分を心の中で何度も叱咤しながら、男は走っていく。


 ミリオーラの街を通り抜け、彼が目指すは今も魔獣の方向が木霊する戦場だった。

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