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呪いの獣

 苦しい。

 辛い。

 悲しい。

 怖い。

 痛い。


 ――憎い。


 憎い。

 全てが憎い。

 この心の痛みが憎い。

 頭の中で鳴り響く悲鳴のような嗚咽が憎い。

 死に際に頭を過ぎる恐怖と悲しみが憎い。

 それらを生み出したありとあらゆるものが、憎い。


 ――一匹の獣が疾走する。


 それは魔獣と呼ばれた怪物から分かたれたその二欠片。それらが再び結合した、四足の怪物。

 小さな魔獣は、その心の中にある負の感情のままに、獲物を仕留め、喰らい、元の力を取り戻すべく走っていた。

 この感情は何処から来たのだろうか。


 仕留めた獲物の臓腑を食みながら、獣は己の心の奥に問いかける。

 既に身体と同じように千切れた心は、断片的な情報を残すだけ。

 裏切られた者達がいた。

 復讐を誓った老人がいた。


 彼等は魔獣と呼ばれる兵器を手に入れて、それらを育て上げた。

 だが、古の技術を持たない彼等に魔獣を制御することはできない。できたのは、人の形をした器に幼体を押し込めて、どうにか保管することだけ。

 ならば、その糧は何か。

 どうやって魔獣を育て上げたのか。

 何が、魔獣の餌だったのか。


 果たして自分は何を喰らい、ここまで肥大化し、分かたれ、そして今もなお源泉のわからぬ憎しみに囚われながら疾駆しているのか。

 わからないままに、森の中を彷徨う。

 その憎しみに支配された心のままに、自分が何をすればいいのかだけが妙にすっきりと理解出来ていた。


『人間を、殺せ』


 それこそが痛みの原因。

 お前が生み出された理由。

 苦しみを与える正体。


 だから、獣はそれぞれに自立した行動をとる。

 一人でも多くの人間を喰らい、殺すために。

 ある欠片はその身を犠牲にし、ある欠片は英雄と呼ばれるもっとも厄介な獲物を足止めして。

 その間に、一人でも多くの人間を殺すのだ。


 奴等を追いつめ、その爪牙で持って、引き裂き、恐怖を与え、生まれてきたことを後悔させろ。

 はらわたを引きずりだして喰らえ。

 親の前で子を喰らってやれ。


 それだけの業を重ねてきた。


 それが許されるだけの恨みがある。

 理由もわからぬままに、獣は駆ける。

 やがて夜を迎え、それでも走る。

 獲物を喰らい、失った力を少しでも取り戻しながら、木々の間を駆け抜けた。


 この森に棲むありとあらゆる生き物は獣にとって敵ではなく、単なる食料に過ぎない。


 しかし、満たされない。

 どれだけ喰らっても、その腹が満ちることはない。胸の中が空虚に支配されて、例えどれだけを口の中に放り込もうとも、満足することはなかった。


 やはり、人間だ。


 この恨みを晴らさなければ、己が生み出された意義を果たすこともなく、永遠に飢えに苛まれ続けることになる。

 そして、獣は森を飛び出す。

 凄まじい速度で街道を駆け抜けて、擦れ違う人間達を一噛みで殺し尽くす。

 恐怖に顔を引きつらせ、腰を抜かし、許しを請う人間達。


『これだ』


 これこそが、飢えを満たす。

 これが、求めていたもの。

 ならばより多くの人を喰わねばならぬ。

 獣は駆ける、人間達が生み出した住処へと。


 だが、その途中。


 獣は妙な気配を感じた。

 まるで同胞のような、そんな存在を感じ取っていた。

 その方向へと、獣は奔る。

 次第に近付いてくるのは人間達が造り上げた街並。高く聳える建物や城壁の中に人の気配は殆どなく、恐らくは獣を恐れて逃げてしまったのだろう。


 獣にとっては何の問題もない。

 所詮、人間の足。全力で駆ければ追いつけぬわけがない。

 だが、その前に。


 四本の足を地面に突き立てるように立ちながら、獣は目の前に立つ二人の人間を睨みつける。

 高い魔力を感じる。

 より上質の餌になると、本能で理解した。同時に、奴等が命を賭して自分に立ち向かおうとしていることも。


 獣が咆哮を上げる。


 それは、ミリオーラの朝焼けに嫌に大きく響き渡った。


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