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単なる我が儘

「はぁ? 正気かよ!?」


 街から逃れようと人々が行き交うミリオーラの宿屋街、ここ数日世話になっていた二階建ての木道宿の前で、エリアスの大声が響いた。


 そんな彼を真っ直ぐに見つめながら、ルクスはもう一度、今言った言葉を繰り返す。


「うん。僕は街に残ろうと思う」

「何のために? 英雄は、アレクシスは負けたんだぞ?」

「……まだ負けたとは限らないよ。苦戦してるだけかも知れない。もしかしたら、魔獣に逃げられて、追いかけてるのかも」

「それとルクスが残ることに、何の関係があるんだよ?」

「……もし魔獣がアレクシスよりも早く街に来たら、多分逃げても追いつかれる。そうなったら、それこそ無防備な街の人達は助からないよ。だから」

「だから自分が囮になるって?」

「囮じゃなくて、足止めだよ」

「同じだよ! 死ぬ気か?」

「……死ぬとは限らないよ」


 不機嫌そうにルクスはそう返した。例え魔獣と戦っても、間違いなく命を落とすわけではない。現に、一度は生還しているのだから。


「アレクシスすら勝てなかった……倒せなかった魔獣に、なんで自分が勝てると思うんだよ? そんなの思い上がりだろうが!」

「……でも、逆に聞くけど、街から逃げてる途中に魔獣が襲ってきたらどうするの? それこそ本当に、全滅だよ」

「だからってその殿をルクスがやる必要はないだろ。街の兵士だって、傭兵だっているわけだし……」

「そっちは逃げる人達を護ってもらわないと。この街だけでも大勢の人がいるんだから、暮らせる場所を探すだけでも一苦労だし」

「でも……!」

「いい人だね、エリアスは」

「な、なにを急に……」

「最初だって子供の僕達を見逃そうとしてくれたし、ベオの無茶にも付き合ってギルドに入ってくれた。それに、今もこうやって僕を必死で引き留めようとしてくれる。まだであったばかりで、お互いのことなんて何にも知らないのに」

「……後味が悪いのが嫌なだけだ」

「大丈夫だよ、僕は」


 自分の目を指さす。

 それは、ルクスが決して自分では指し示すことのない、忌むべき特色。

 それを見せてまで、巻き込んでしまったこの青年には死んでほしくはなかった。短い付き合いとは言え、彼は確かにルクスの仲間であってくれたから。


「人造兵だから」

「人造……嘘でしょ?」

「人造兵の瞳は不思議な光彩を放つんだって。よく見ないとわからないけど」


 エリアスがルクスの瞳を覗き見る。

 恐らく今彼の目には、奇妙な色に輝く目が写っていることだろう。それは紛れもない、ルクスが普通の人間ではない証。かつて魔王と共にこの大地を破壊しようとした、忌むべき存在である証拠そのものだった。


「……っ、じゃあもう、勝手にしたらいいじゃねえか。でも、俺は付き合わねえぞ!」

「うん。今日までありがとう、エリアス。それから、騙しててごめん」


 エリアスは答えない。

 ただ一瞬、泣きそうな表情をして、それからすぐにルクスに背を向けて走り去っていった。


「よくもまぁ、上辺だけの言葉を重ねられたものだと」

「いや、あれも一応本心なんだけどね。ただ、僕の本音を言っても、エリアスは認めてくれないと思うから」


 それこそ、無理矢理でも連れていかれてしまうかも知れない。エリアス・カルネウスはそうしてくれるほどの善人であると、ルクスは思っていた。


「それにしても早かったね。街がばたばたしてるし、もっと時間がかかると思ってた」

「私を侮るなよ。屋根の上に逃げた猫を捕まえるなど造作もないことだ」


 そう言う彼女の腕には、猫が抱かれている。街の混乱に乗じて逃げだした猫を捕まえてほしいという依頼が早朝から入っていて、ベオにはそちらの方に出向いてもらっていたのだった。


「相棒たる私には、その心内を語ってはくれぬのか?」

「……わかってるくせに」


 意地悪い笑みのベオは、恐らくルクスの本心を見透かしている。確証はないが、アレクシスと出会ったあの日既に。


「……これは、僕の意地だ。英雄になれないって言われたことが悔しくて、人造兵でも大勢の人を救って、英雄になることができるっていうことを証明したい、ただの我が儘なんだ」


 本当はあの日、叫び出したくなるほどに悔しかった。

 憧れていた英雄にその夢を否定されたという事実は、ルクスの心を千々に乱れさせた。


 だからと言って、アレクシスの敗北を望んでいたわけではない。彼がそのまま勝利すれば、それが最善だった。

 しかし、彼は指定した時間に帰ってくることはなかった。


 意地もある。同時に、この街にいる人々を護りたいという願いもある。

 住む場所を焼け出されて、明日をも知れない生活を送るのは、とても辛いことだ。あの日、アレクシスに助けられてからずっと、そんな生活をしてきたルクスには、それが痛いほどよくわかる。


 だから、ここで意地を張る。


 身の丈に合わない願望を込めて、この街全員の命を背負ってやろうと決めた。


「……それでいい」


 腕の中から抜け出そうとして、肩の辺りに前足を掛けた猫を抑えながら、ベオが呟いた。


「そうでなくては貴様と契約した甲斐がない。立ち向かい、打ち破り、勝利して見せろ。私もまぁ、多少は手伝ってやる」


 そう言って、ベオは依頼者の元へ行くために喧騒の中へと消えていく。


 その後ろ姿を見送ってから、ルクスは誰にも見咎められないように、街の外へと向かって歩き出していた。


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