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古き者の声

「ほっほっほ。流石は英雄殿」

「……何者だ?」


 振り返り、魔獣の死骸の向こう側、洞窟の前にある祭壇へと視線を向ける。

 そこには、ローブを着込んだ小柄な老人が立っていた。白くなった髪から覗く耳は人間のものよりも長く、彼がエルフであることが一目でわかる。


 ――当然、その人物が以前ベオによって焼き尽くされていたということを、アレクシスが知る由もない。


「この魔獣をここで育てていたのは貴方が? 何の目的があって、これを解き放った?」

「目的か……。黒の剣の奪取、そこに封じられていた魔王様の開放。色々なものがあったよ。そのために、他種族を騙し、魔獣の餌として育て続けてきた」

「他種族だと? ……ここは亜人種達が暮らしていた集落だったようだが、そう言うことか」


 恐ろしい事実が、アレクシスの中で組み立てられていく。

 このエルフの老人は、亜人種達の村に紛れ込み、どのような口車を使ったのかはわからないが、彼等を餌にして魔獣を育てていたということだろう。


 背中から剣を抜いて、アレクシスは構える。

 例え老人であろうと、そのような行いをする者をこのままにはしておけない。


「大人しく投降するならば命まではとらん。だが、抵抗するのならば……」


「投降だと? ふぁっふぁっふぁっ! 愚かな英雄よ、愚鈍な人間共に持ち上げられ、いもしない神々の威光を笠に暴虐の手足となった愚物! この老いぼれが、エルフとしての姿形を失ってすらもなお生にしがみ付いたその意味を、わからぬわけではなかろうに!」

「……目的は復讐か?」


 それは、かつて少女の姿をした誰かが切って捨てた哀れな妄念。


「そうだ! 人間共の支配から同胞を解き放つことに興味はない! 簒奪者に奪われた物を再び取り戻したところで何の意味がある! そんなものは奴等を動かすための建前だ! わしの目的はただ、わしらから二度に渡り全てを奪った人間共が安穏と暮らすあの汚物の山が、炎に巻かれて消えることだけだ!」

「そのためにこの集落を、ここにいた亜人種達を利用してたと言うことか?」

「勘違いをするなよ、英雄。奴等は皆、わしの目的に望んで手を貸した。貴様達が積み上げてきた罪の重さが、そのまま魔獣の糧となったのだ!」


 アレクシスの目が、集落を一瞬だけ見渡す。

 この狭い世界、周囲を魔物が徘徊するこの地で、隠れながら暮らしてきた者達なのだろう。

 それをさせたのが誰かと問われれば、答えは間違いなく人間だ。


「貴様等は、わしらの存在そのものを否定した! かつてこの地を治めていた国々は、本来はわしらが築き上げたもの、それを後になって奪い去ったばかりか……魔王戦役を切っ掛けに、遂にはわしらの存在そのものすらも否定し始めた! 生き延びたのは、貴様達に尻尾を振るようになった、種族としての誇りすらも失った者達だけ!」

「……それは……」


 老人の言葉は事実を語っている。

 元々この大陸には、人間よりも亜人種達の方が多かった。それらと戦い領土を奪い取ったのが、英雄と呼ばれる強者に導かれた人間達だ。

 そこに幾つかの王国が起こり、やがてはアルテウルがそれを統一した。しかし、その歴史は既に数百年は前の話だ。そのころには、当然アレクシスも生まれてはいない。


 そして、魔王戦役が起こった。

 それまでは人間達と辛うじて平等な関係を築けていた亜人種達の一部は、再びこの大陸で覇権を握るべく魔王に味方をした。

 結果魔王は英雄によって討たれ、残ったのは魔王に味方をしたという事実だけ。


 それ以来、アルテウルでは人間に従わない亜人種達に対する侮蔑が消えることはなくなっていった。


「なぁ、英雄よ。貴様でもどうしようもあるまい、その歴史の歪みが築き上げた闇は。払ってみせることも、全てを捻じ伏せることもできはしない! だが、貴様達は場当たり的な対応で我等を弾圧した。その結果が今なのだ! この闇は抑えきれないほどに膨れ上がり、たちまちにこの国を飲み込むことだろう!」

「……貴様達の言い分がどうであろうと、大勢の人間を死に追いやる所業を許すわけにはいかん」


 結局、英雄はそれに対して答えを出すことはなかった。

 彼にできることは、今の人々の暮らしを護るために、相手の問答無用で敵を斬り捨てるのみ。

 救いながら、切り捨てる。

 その矛盾に気付きながらも、英雄は目を背けて剣を強く握った。


「……貴殿を斬れば、全ては終わる」


 せめて、一撃で葬ろう。

 それだけが英雄アレクシスにできる唯一の償いであると、そう思いながら前へ進む。

 すぐ傍までやってくると、老人の目が鈍い輝きを放つ。

 口元は歪んだまま、死人のような顔色でアレクシスを見上げていた。


「あの魔獣が成体だと、貴様は勘違いしていたようだな」

「……なんだと?」

「成体どころの騒ぎではない。奴は、わしらの怨念が生み出した、『変異体』じゃ。人間を喰らい、滅ぼすまで止まることはない。このように!」


 背後で嫌な気配が膨れ上がった。

 慌てて老人に背を向けると、先程倒した魔獣の肉体が、瞬く間に腐ってしまったかのようにどろどろに溶けている。

 漆黒の沼のようなそこから、何かが隆起する。

 肉片が固まり、まるで螺旋を描くように飛び出した、その数は全部で八体。


「しまった!」


 剣を振るう。

 そこから放たれた蒼い輝きに飲み込まれ、一瞬にしてその半数が消し炭となった。


「流石じゃのう。貴様でなければ、一片たりとも仕留めることはできなかったであろう」


 残る四つは地上で再び結びつき、計二体の獣と変わる。

 そして一匹が森の奥へと走り去り、もう一匹はアレクシスに向けて踵を返し、その牙を剥き出しにして襲い掛かってきた。


「ちぃ!」


 まるで、自分達の役割をわかっているような動きだった。

 どうすればより多くの人間を殺し喰らえるか、その為に最善を討つような。

 アレクシスに向かってきた一匹もまた、無謀な突撃ではなく時間を稼ぐように、攪乱するような戦い方へと切り替えている。


「そして貴様等の誤算はもう一つ」


 背後で老人が呟く。

 分裂した魔獣を叩きながら森の奥へと逃げたもう一匹を目で追おうとしていたアレクシスは、その言葉に集中することができなかった。


「わしが飼っていた魔獣は、一匹ではない」


 当然、英雄アレクシスが知る由もないことではあるが。

 今喋っている老人は、一度その身を焼かれているのだ。

 その時肉体は確かに焼失し、仲間からも死んだものだと思われていた。

 彼がどうしてここに生きていて、しかも魔獣を使役することができているのか。


 理由は簡単なことだ。

 同じ魔獣同士ならば、意思の疎通ができる。

 そしてその魔獣は、幼体の間は人型を依代にして成長していく。

 背後で殺気が膨れ上がる。


 無力な老人だと思っていたその老エルフの心臓部分にぽっかりと穴が開き、そこから無理矢理抉じ開けるようにして、獣の顔が這い出て来ていた。


「な、に……!」


 二匹の魔獣が、大英雄に牙を剥く。


 その間にも、残った分裂体は、憎しみのままに一番近い人々の暮らす場所へと疾駆していた。


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