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英雄と魔獣

 その翌日の夜が明けるころ、マルザの森の奥深くへとアレクシスはやってきていた。

 普通の人間の足ならば丸一日は掛かるであろう道程も、アレクシスであればほんの数時間程度しか要することはない。


 木々が深まり、ようやく出てきた朝陽すらも遮られるほどの森の中。

 異様な気配を感じて、アレクシスはそれまで足早に進んでいた速度を落とし、慎重に歩みを進めていく。

 そうして彼が進むことそこから更に一時間。

 妙に木々が拓けた場所が目の前に現れた。

 どうやらそこは集落のようで、木造建築の家屋や畑などがそこかしこに並んでいるが、妙に静かだった。


 足を踏み入れ、その理由をすぐに理解する。

 そこには戦闘の跡があった。

 まだ煙の立つ焼け焦げた跡、火薬と血の匂い。そして大量の死臭。


「……この奥か」


 戦場になったのは、集落の更に奥のようだった。何かが祀られているかのような祭壇があり、その背後に大きく口を開いた洞窟の前では、恐らくはこの戦いを主導したギルド・グシオンの隊員達の亡骸が点々と転がっている。

 アレクシスは顔色一つ変えることなく、周囲の様子を見渡す。

 生きのある一人の男を見つけてその背に手をやり、身体を起こさせる。


 身なりからして、恐らくは男がこの部隊の隊長なのだろう。周囲には彼を護ろうとしたのか大勢の兵士達が倒れ、ギルドが誇る最新鋭の駆動鎧すらも引き裂かれた残骸となってしまっていた。


「う、うぅ……」

「無事か?」

「え、英雄……アレクシス……? わ、私は……そうか……あの魔獣にやられて……! うぐっ、情けない……!」

「あまり喋るな。……すぐに連れて帰ることはできない。何処かに隠れていろ」


 そう言って身体を離すと、男は這いずるようにして崩れかけた建物の影へと移動していく。

 それは半ば本能的な行動のようで、涙を流し、譫言のように部下への謝罪の言葉を口にし続けていた。


 同時に、洞窟の奥から禍々しい気配が顔を覗かせる。

 どうやら、あの男は生餌に使われたようだった。そしてアレクシスと言う獲物が掛かり、それを狩るために魔獣が巣から顔を出してきたということだろう。


「……なるほど」


 その姿を見て、アレクシスは一人納得する。

 英雄として、既に魔獣とは何度か戦ったことがある。魔獣とは、古代技術によって生み出された、生体兵器のようなものだと語られていた。

 それらは通常の生態系を外れ、それぞれが独自の成長を遂げる。


「既に成体と言うわけか。だが……」


 四足の巨大な獣。その身体は黒い体毛ではなく、流動する泥のようなもので覆われ、そこから生えた数本の手のような鉤爪が、ガチガチとこちらを威嚇するような音を立てている。

 人間の数倍もある体躯は、恐らく一撃で家屋すらも倒壊させてしまうだろう。顔の部分には凶悪な角と裂けたような口があり、そこから赤い舌と鋭い牙を覗かせる。


 その目は血走ったように赤く、まるで怒りの炎が燃え盛っているかのようにも見えた。


「幾ら何でも早すぎる。いったい何を喰って、ここまでの急速な成長を成した?」


 知られている限り、魔獣の成長は決して早くはない。アレクシスに魔獣討伐の話が来た時には、未だそれは人間の中に寄生しているような幼生の段階だった。

 それがたった数日で、如何様にしてここまでの成長を遂げたのか。


 当然、魔獣はそんな疑問に答えることはない。

 巨大な前足が、土の地面を抉り、その巨体を一気に加速させる。

 その角を振り上げて、魔獣はまるで慟哭するような咆哮を上げながら、アレクシスへと真っ直ぐに突進した。


 大木すらも薙ぎ倒す魔獣の突撃、その威力を人間が受けて、五体満足でいられるわけがない。下手をすれば全身がばらばらになってもおかしくはないほど衝撃が、アレクシスを通り抜けて森の大気を伝番し、木々を揺らした。


「ぐぅ……!」


 だが、それがあくまでも相手が普通の人間ならの話だ。

 英雄。

 大勢の人の信望を集め、魔王戦役により荒れた世界を支える柱の一つ。

 その彼にとってその突撃の威力は、その身を揺るがしはしたものの、決して崩すほどの力ではない。

 魔獣の突撃を両腕で受け止めたアレクシスは、そのまま力任せに角を圧し折り、無理矢理に後退させる。


 悲鳴のような声を上げ後ろに下がった魔獣に対して、背中に帯びていた両刃の剣を抜き払う。

 青白い光を纏うその剣に、本能的に脅威を感じたのだろう。魔獣は背中や腹から生える腕を伸ばして、アレクシスにその爪を突き立てる。

 だが、漆黒の鎧に護られた彼の身体はそれらの攻撃を受けても止まらず、振りかざした剣の一振りが、数本の腕を纏めて斬り飛ばした。


「俺は英雄だ。人々の剣であり盾となる者。お前のような魔獣の一匹には、負けてやれん! 唸れ、曙光の剣よ!」


 アレクシスが一気に踏み込み、その剣を正面から真っ直ぐに振り下ろす。

 魔獣が飛び退くよりも早く、アレクシスの持つ曙光の剣は、その残った角ごと魔獣の額を叩き割り、そこから脳髄を噴き出すほどに破壊して見せた。

 断末魔をあげるほどの時間もない。

 ギルド・グシオン、ミリオーラ支部の戦力を容易く飲み込んだ魔獣は、たった一撃で倒された。


「……これでよし」


 背中に剣を収め、魔獣の死体をよく観察する。

 流石は魔獣と呼ばれる怪物だけのことはあり、頭を割られてもまだ小さく脈動しているが、それも時間の問題だろう。もし仮に動き出したとしても、アレクシスならば仕留めることは容易い。

 さっき避難させた男を改めて助けようとそこに背を向けると、洞窟の奥からしわがれた声が響いて来て、アレクシスを引き留めた。

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