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4‐4

 ミリオーラからそれほど離れていない街道を、子気味のいい車輪の音を鳴らしながら商人の馬車が行く。

 ミリオーラは王都からはそれなりの距離があるが、魔王戦役の戦地からは遠く被害も少なかったため、街を含む周辺には多くの人が暮らしている。

 人口があり、活気もある。それに加えて南に行けば開拓地もあるミリオーラは、商人達の間では一つの交易拠点として扱われていた。

 近日では色々な事件はあったものの、それでも多くの荷馬車が街道を行き来している。

 この日は珍しく、他の商人達と隊商を組むことができなかった荷馬車が一台で街道を進んでいた。

 周囲には人影がなく、騎士団やギルドの見回りもない。

 つまりは、それらを狙う者達にとっては格好の機会というわけだった。

 目の前にぶら下げられた無抵抗な獲物を逃す獣はいない。

 木々の影から人影が飛び出してくると、瞬く間に四方を取り囲む男達。彼等は一様に覆面をして、その下にある顔は窺うことができない。

 剣や斧など武器を持った彼等が放つ殺気は相当なもので、この行いが彼等にとって気の迷いなどではなく、既に何度も経験している家業であることが伝わってくる。


「ひっ」


 荷馬車の御者席に座っていた小太りの商人が、喉の奥から悲鳴を上げる。慌てて手綱を引いて、馬車が急停止した。


「積み荷を置いて失せろ。殺しは好まん」


 覆面の下のくぐもった低い声が、そう伝える。

 商人は両手を上げると御者席を降りて、馬車から距離を取る。男達は本当に彼に危害を加える気はないのか、それ黙って見過ごした。


「いいのか? 逃がせば俺達の情報が漏れるかも知れんぞ」

「構わないさ。相当数やってきたんだ、連中が馬鹿じゃなければここで俺達が網を張っていることは伝わっているはずだ」

「ふんっ、その上で護衛もつけずにやってくる鴨もいるようだがな。人間というのは、愚かだ」


 覆面の一人が、商人を一瞥する。

 彼等の視線に射抜かれた商人は、そのまま一定の距離を保って、自分の乗ってきた荷馬車の行く末を見守ってきた。


「まぁ、どちらにしてもこの辺りでの狩りは潮時だろう。装備も充分に集まったことだ、し……」


 荷馬車を覗き込んだ男が、言葉を濁らせる。

 積んでいる荷物の数が異様に少ない。例え商人一人だとしても、この程度の積み荷では商売にもならないだろう。


「……金が積んでいるわけでもない。相当に貴重な品、にしては不用心すぎる。おい、お前……!」


 男は言葉を最後まで続けられなかった。

 重なった箱の影、その奥に身を潜めていたルクスが飛び出して、彼の後頭部を剣の鞘で強打したからだった。


「貴様……!」


 ルクスと、それに続いてエリアスが馬車から飛び出す。ルクスの一撃は男の意識を刈り取るまでにはいかず、男も武器を構えて戦闘態勢を取った。


「おっさん、いい演技だった。後は俺達に任せてくれていいぜ」


 エリアスが商人に対してそういうと、彼は頷いてその場から離れていった。


「ちっ、罠か!」

「自分達で言っていた通り、何度もこんなことを続けていたら、こうやって足も付きますよ。武器を捨てて投降してください!」

「元より邪魔者は殺す覚悟だ! たった二人で何ができる!」

「その二人がなかなか曲者だっての!」


 剣を構え襲い掛かってくる男二人を、ルクスが前衛で迎撃する。二体一の戦いになってもなお、ルクスは彼等の剣撃を捌き切るだけの余裕があった。


「思ったよりは、早い!」

「このガキ!」


 凄まじい跳躍力で、一人が後ろに下がる。

 そして再び陣形を整えて、左右から挟み込むようにルクスに襲い掛かってくる。


「その身のこなし……!」


 後方では矢を構えた男に対して、エリアスのショートボウから放たれた矢が牽制する。足元を射抜き動きを止めてから、エリアスは距離を詰めていた。

 男達の刃が空を切る。

 ルクスは黒の剣を閃かせて、彼等の覆面を切り裂いた。


「やっぱり」


 中から現れたのは、壮年の男だった。しかし普通の人間とは違い、彼等には獣のような耳が頭部についている。


「降伏しないと、死んじゃいますよ!」

「図に乗るなよ、人間が!」

 振り下ろされた剣を、思いっきり打ち上げる。上空で回転した剣は、音を立てて地面の上に落ちた。

「こいつ……!」

「もう一人!」


 あっという間に懐に飛び込み、ルクスはもう一人の剣を叩き落とす。擦れ違いざまに剣の柄を腹に叩き込んだことで、男は呻き声を上げてその場に蹲った。


「子供がぁ!」

「そっちは大人でしょうが!」


 素手で襲い掛かってきた男を躱し、背中に剣の柄を叩き込む。一人目と同じようにその場に倒れ、男は動かなくなった。


「やるなぁ、ルクス!」


 そう言いながら、エリアスは弓を持った男を制圧し、その場に組み伏せていた。覆面を剥ぐと、端正な顔立ちに長い耳が特徴的な顔が現れる。


「こっちはエルフか」

「もう一人は?」


 戦いに参加していなかった手斧を持った男は、いつの間にかルクス達に背を向けて逃走を始めていた。


「どうする?」

「追いかける!」


 エリアスにその場の処理を任せて、ルクスは最後の一人を追いかけるべく走り出す。

 しかし直接の戦いならともかく、やはり純粋な走力ともなれば獣人に分があるのだろうか、ルクスと男の距離は次第に離れていく。


「待て! ……あっ」


 男の進行方向に、荷物を持った旅人が歩いているのが見えた。

 男はそれを見て何を思ったのか、斧を構えて旅人に襲い掛かる。


「人質になってもらう!」

「逃げてください!」


 脅しのために斬りつけるつもりだろうか、男は斧を振りかぶり、旅人に向けて振り下ろした。

 ルクスの叫びも虚しくその凶刃が旅人を襲う寸前、彼は男の手首を掴んで捻り、男の身体を地面に軽々と放り投げてしまう。


「うげっ」

「なんだか物騒だな、ミリオーラは」


 涼しい顔をして、瞬く間に男を制圧した旅人。

 ルクスはその人物に見覚えがあった。


「オーウェンさん!」

 鳶色の短髪に無精髭を生やした中年の男。何処か飄々とした風貌の男の名はオーウェン・スティール。英雄になり損なった男と呼ばれる彼は、以前ルクス達と一悶着あったことがある。


「よぉ、ルクス。襲い掛かってきたんで倒しちまったが、別に良いんだよな」

「は、はい」


 ルクスはオーウェンに軽く今の状況を開設する。

 すぐに理解したオーウェンは、獣人の男を無理矢理立たせると荷物袋に入っていたロープで手際よく縛り上げた。


「なるほど、獣人の野盗か。俺もここに来る途中、路銀稼ぎがてら商隊の護衛を何度かやったが、確かに以前より獣人やエルフに襲われる数が増えたって話は聞いたな」


 オーウェンに視線を向けられても、獣人の男は何も語らない。


「取り敢えず、あっちに行きましょう。エリアスもいますから」


 男を引っ張りながら三人で戻ると、丁度エリアスが荷馬車の中にあったロープで男達三人を拘束し終えたところだった。


「オーウェン・スティール!」

「よぉ、久しぶりだなエリアス。なんか少しいい顔になったか?」

「だといいんですけどね。オーウェンさんはどうしてここに?」


 その疑問はルクスにとっても同様なものだった。二人は同時に、オーウェンの顔を見る。


「その話はお前さん達のギルドに行ってからするさ。それよか、こいつらを警備隊に引き渡しちまおうぜ」

「そうですね」


 ルクスは納得し、男達を立たせて歩かせる。


「人間共め。散々俺達から奪っておいて、ほんの少し取り返しただけで大騒ぎをする。だから貴様達は弱い種なのだ」

「負け惜しみかよ。そもそも、そうだったとしてもお前等に襲われた商人には関係のないことじゃねえか」

「ないものか。同じ種ならば一心同体。恩も恨みも背負ってこその同胞だ。同種殺しすらやってのける人間には理解できないか? だからお前達は下等なのだ」

「知るかよ。そんな狭量な考えしてるから、人間に負けて追いやられたんだろ」

「貴様!」


 男達はいきり立つが、幾らもがいても拘束が解けることはない。


「エリアス、あんまり挑発しないで」

「……悪い。でもよぉ」


 言い訳をしようとして、エリアスは口を噤んだ。別にルクスに怒られるのを恐れたわけではなく、エリアスを睨む獣人とエルフの視線が、先程とは比べ物にならないほどの殺気に満ちていたからだった。


「……まぁ、色んな考え方があるってのはわかるけどよ。それで下等だなんだ決めつけるのはどうかと思うぜ、俺はさ」


 エリアスなりに最大限に妥協した言葉がそれだった。

 オーウェンも言っていた通り、ここのところ事件を起こす獣人の数が増えていた。

 ターラント樹海で獣人に対する一部の人間の扱いを見てしまったルクスとエリアスは、複雑な気持ちでそれに対処していた。

 しかしだからといって、彼等の主張を全て飲むわけにはいかない。幾ら恨みがあると言っても、大半の人間は何も知らずに生活しているのだから。

 彼等を連行しながら、ルクスは胸の内に蟠る嫌な感情を、処理しきることができないでいた。

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