【幕間(6)】
「勇者ヒジカ・トージス! 退場!」
練習してきた通り、三人で謁見の間から出る。
扉を閉めてようやく、三人で長い溜め息を吐いた。最年長のイッサでも十八歳で、ソージは十二歳だ。黙っているだけでも、緊張しただろう。
それだけでなく、腸が煮えることもあった。僕も含め三人とも、怒りと緊張で震えていた。
「……ヒジカ。これからどうする?」
イッサが問う。ソージは茫洋とした目で周囲を見渡して、警戒している。
「とりあえず二人は、宿に戻って。あんな高価な宿に自前のお金では泊まってはいられないし、支度を整えた後は安宿に移動して荷物の整理をお願い。冒険者ギルドに行くのは明日からだね」
了解した、とイッサは短く応える。ソージも目が合うと、頷いて聞いてくる。
「アンタは? これからどうすんですか?」
「さっき待っている時に、やんごとない人が呼んでるって言われたんだ。どこだろうと、そこで楔を打ってくる」
「りょーかい。気を付けて、なんてアンタには言う必要もねぇんでしょうけど」
肩をすくめて言う。この金糸の髪の狐耳美少年は、皮肉屋めいた言葉が多くなってきた。もともと賢い子だったので、その下地はあったのだろうけれど。
……まぁいい。少し前までの、死んだ目で俯いているよりはずっといい。
一人、貴族らしい衣服を着た男が近づいてきた。
「勇者殿、お呼びでございます」
僕はうなずき、二人に目で合図を送った。二人は頷いて背を向ける。
僕は男の後を歩いていく。ぼんやりと豪奢な城内を眺めて、考え事をしながら。
イッサとソージとの関係性も、変わってしまった。もう、ただの友人ではいられない。ヒジカが生きていれば、獣人のふりをして一緒に旅も出来ただろうけれど、もう僕が魔族と知ってしまった。
それに、僕たちは知らなかったのだ。ヒジカの決意の理由を。
タマソン村は、僕たちが自覚のないだけでとても恵まれた村だった。100名にしては税は重かったが、イッサやヒジカが常人と比べ物にならないほどには狩りが出来たため、苦しむことはなかった。
王都に着くまでの数日、複数の亜人村にも寄った。
他の亜人の村では、ヒジカのような《統率者》もおらずイッサのような壁役もいない。狩りの成功率は著しく低く、ほとんど農耕によって身を立てていた。
その農作物も、低い柵では魔物の侵入を許してしまう。守る亜人たちも、イッサやソージほど強くはない。
結果、税と食っていくには足りないものしか収穫できない。代わりに税として差し出されるのは、亜人の子どもだった。
都市に住む亜人は、ほとんどがそうして集められた、国が売っている奴隷だ。
狩りが生業のイッサも、幼いソージも村を離れることは無かった。僕もタマソン村しか知らなかった。薬師の息子として都市を歩くことがあったヒジカだけが、この状況を知っていたのだろう。
亜人は田舎でしか暮らせない。その本当の意味をイッサやソージが知ったのも、僕とともに旅を始めてからだった。
亜人は奴隷しかいない都市で何かを為そうにも、周りは奴隷が何かをやっているとしか思わない。商売で力を付けることもできない。
奴隷の待遇はひどい。あの《聖女》に旅の道中会っていなければ、僕たちは人族すべてを憎んでいただろう。
余程のことがなければ、未来永劫無理なのだ。例えば、国に認められ権力を持った亜人が、奴隷ではない亜人の集団を作ることから始めでもしない限りは。
僕らは友ではなくなった。出会って二日の、これから友情を育んでいこうという時期に友情より重い遺志を受け継いだ。友でなく、同志になってしまった。
「……切ないな」
ぽつりと出た言葉に、案内役が振り向く。何でもないと肩をすくめて先を促した。
「着きました」
呼びかけられて、考え事を中止する。気づけば、かなり移動していた。
恭しく頭を下げているが、この貴族風の男も屈辱を感じている。なぜこんな幼い亜人に頭を下げなければならないのか、と。
「ありがとうございます」
礼を言って、一際豪華な扉を開く。そこには、ケイン王とショウコ王女、さっきの禿頭の老軍人が白い円卓を囲んでいた。
たしか軍人は、テイ・ホと呼ばれていたか。
「来たか、亜人の勇者よ。まぁ座れ」
……まさか王様とはね。
呼びかける王の右手には、盃があった。酒を早く飲みたいというのも、嘘ではなかったのだろう。
「失礼します」
そう言って座る僕に、王女と老軍人の視線が注がれる。
さて、僕はどう振る舞うべきか。外見はあどけない褐色白髪の幼子だ。式自体は緊張して大人っぽく振舞ったことにしようか。
「酒は飲めるか?」
「……まだ、十五歳になったばかりですので」
ヒジカの年齢《鑑定》を受ける年齢に合わせて、僕は十五歳とするしかない。十歳くらいにしか見えないだろうが、亜人のことなど知らないだろうから押し切る。
「ショウコと同年か。我が国は十五歳で成人だが、飲みなれていないということか? まぁ飲め」
「コーエイに、思いなさいよねっ! 王と王女、テイ・ホ大将軍と一緒に、飲めりゅ機会なんて、そうそう、にゃいんだか、ら!」
赤ツインテ巨乳王女はすでに酔っているようだ。僕に呂律が回らない様子で言うと、それでも盃を飲み干した。
というか、このハゲは大将軍だったのか。道理で、とは思う。
テイ・ホ大将軍が侍女に目配せをすると、侍女は盃を持ってきて、僕と王女に注いだ。
「しかし、幼いな」
大将軍が僕をまじまじと見つめて言う。
「そうですねぇ。村の中でも童顔と言われておりました。苦労が足りないのかもです」
笑って言う僕に「そこだ」と将軍は眼力を強めて言う。
「ソージ・オキと言ったか。小さな《勇者の護り手》の顔は、幼き顔に闇と病み、決死の覚悟があった。そなたらの村で、余程の光景を見たのであろう」
さすがに歴戦らしい。友を殺され、人を殺した新兵も多く見てきたであろう、大将軍らしい見方だ。
タマソン村のことだ。二日だけ一緒に過ごした僕とは違う。生まれてから十二年間一緒に過ごしていた、優しい村の人々の無残な死体をソージは埋葬していった。
両親や姉、親族、同年代の友達、かわいがっていた年下の子どもたち。そのすべての死体を見て、埋葬した。自然、それまで子どもとして生きてきた精神とは変わってしまった。もうソージは、子どもではいられない。
今、皮肉を言いながらシニカルに笑っているのは、ソージの奇跡的な精神力と、イッサの支えの賜物だ。壊れてしまってもおかしくなかったし、実際、どこか病んでいる。
僕が追い付いて《蜘蛛糸》で捕らえて集めた兵士を、涙を流し叫びながら笑って殺していった。
ソージもこの国の亜人の現状を見て、理解した後はそれを受け止め、変えようと決意した。ヒジカの遺言を叶えるためなら、本当に何でもするだろう。
「勇者ヒジカよ。貴公の顔つきにはあどけなさが残っている。儂が見てきた限り、二通りじゃ。目の前の問題を甘く見て、どうにでかできるだろうという全能感を持った子どもの顔か――」
この爺さん怖い。一目見た時からそう思っていたが。僕を見つめたまま、言葉を続ける。
「問題と自分の力を正確に把握した上で、それでもどうにでもできると確信しているかだ」
黙ってしまう。王はといえば、興味深そうに僕の顔を見る。王女は聞いていないかのように、酒を侍女に注ぐよう指示している。
「……どちらでも、ないかと思います」
「ほぅ?」
「……僕の道は遠く、敵も多いのです。遥か遠くに幾方向にもいる敵を、今から睨んでいては途中で倒れてしまいます」
そう言って少し笑う僕に、将軍は頷いて、言葉の続きを待つ。
「道半ばで倒れることは、僕には許されないのですよ」
「……あいわかった」
本音を言って、苦笑いする僕。
将軍は口元をわずかに緩めた。満足いく答えだったのだろう。将軍の視線は僕から、ケイン王に移される。
《聖女》については、しばらく後で書きます。




