亜人の大勇者
〇
「行くゾぉオ!」
「「「応!!」」」
草原を、大軍で走っている。俺たちが、いや我が国ソン=サックが誇る亜人部隊。
横を駆けるのはゴリラの亜人と狐の亜人、それから蛇の亜人。
俺たち亜人部隊の能力は総じて高い。
しかしその優秀な部隊が、俺たち四人には着いてこれない。
「しっかし、いつもながら遅いですね。勇者と副将三人が先行するなんざ、どんな戦術ですか」
「フン! あいつらは鍛えなおさなきゃいけんな!」
愚痴る狐と、今夜の訓練をより一層厳しくしようと息巻くゴリラ。
「まぁ、僕たちが突っ込んで乱れたところに、後続の軍が突っ込むのが一番速く終わるしね」
蛇が言う。
「そうだナ! じゃあ先に乱しまくルとするかァ!!」
「「「いやお前は待て」」」
三人が俺を止める。
「ヒジカ兄さんはそもそも下がっててくださいよ」
「お前死んだら終わりなんだぞ」
「言うこと聞いてよ《勇者》ヒジカ」
呆れたように話しながらも、全員速さは落とさない。後続を離し過ぎないように、最初から全力じゃないのだ。
「つっテも、俺らがこの戦法で速く終わらせるカラ味方にも敵にも、戦死者が少ないンだろ?」
俺たちはずっと、この戦い方で戦ってきたじゃないかと。
「昔とは立場が違うんですよ。今ヒジカ兄さんが死んだら、この国は終わりですよ?」
「撤退以外なくなるし、今まで積み上げた亜人の地位もどうなるかわかったもんじゃねぇ」
ゴリラが歯ぎしりをする。それは、わかってはいるんだが。
「……これが最後の戦いになるダロ。いつものお前らとの戦い方で、勝ちたいンだ」
右手の人差し指で頬をかく。照れるが、本音だ。
「だからこそ、やめてほしいんだけど。さぁ、もう激突するよ? 魔王軍と」
〇
「ンじゃあ! 今日の勝利に、乾杯!!」
夜。張った幕舎から全兵を出して、杯を掲げる。
乾杯と、方々から声が上がる。野戦では勝ち、もはや魔王城まではあと少し。
情報によると魔王はすでに城を出て、こちらへ向かっているという。
「警戒の徹底を! 気は緩めないでください!」
「重点警戒地点は、後で僕から説明するね。その部隊はミスったら丸呑みするから」
狐と蛇が乾杯もそこそこに、兵に声をかけて気を引き締める。
「一杯ずつ飲んだら訓練始めるぞ! テメェら気合入れていけぇ!」
ゴリラが周囲に喝を入れる。今日の訓練も激しくなるのだろう。
「お前ラ、仕事は速めに終わらせて戻ってこいヨぉ?」
三人が、背を向いたまま手を上げて応えた。それぞれの仕事が終われば、また二杯だけ四人で酒を飲むのだ。
さて、俺も仕事に移ろう。
戦争中でも、書類仕事は多い。その日の戦果の報告書だったり、亜人に関わる書類。
俺たちの戦う相手は、魔物や魔王だけではない。
書類を片付けていると、一枚の手紙が目に入った。
「これは……」
それまで手にしていた書類を投げ捨てる勢いで、急ぎ返事を書いた。
〇
「……終わったか」
魔王を倒すと、魔物たちは散り散りになった。
《魔の大森林》の方に駆け去って行く者が多いようだ。
「……長かったな」
「でも、ついに、ですね」
「これでヒジカは《大勇者》だね」
全員で労い合う。兵たちの歓声は、まだまだ収まりそうにない。
そうだ、二人に伝えることがある。中心に動いてくれていた蛇は知っているが、二人はまだ知らないのだ。
「イッサさん、ソージ」
大猩々(だいしょうじょう)と狐に声をかける。
早く伝えたかったが、最後の戦いを前に変に緊張させてはならないと、黙っていた。
「俺達のもう一ツの闘いも……、本当の闘いもこれで終わりダ」
ついに、国王から言質を取った。魔王を倒した暁には、亜人の奴隷禁止を国として徹底すると。
伝えると、二人はしばらく呆然とした後絶叫した。
いつも冷静なソージさえ、泣きながら叫んでいる。
ソージはしばらく泣き叫び、息も絶え絶えになりながら俺の方に向き直る。
「……ヒジカ兄さん。俺からも、言わなきゃいけないことがあります」
流れ続ける涙を隠すこともせずに、ソージが語る。
「姉さんが、みごもっています。タマソン村に帰れば、兄さんと姉さんの子どもに会えますよ」
今度は俺が叫ぶ番だった。
俺は自分が伝えた幸福と、伝えられた幸福の質量を抱えきれず、情けなくも失神した。
〇
魔王を倒した後、俺たち四人はタマソン村に戻った。
俺達の国から魔物はいなくなった。伝説通りなら、また魔王が生まれるまでは数十年かかるだろう。
少なくとも、それまで平和は続いていく。
日差しがキツい。もう夏か。
「おーい! ヒジカぁぁ!」
イッサさんは、相変わらず声がデカい。俺が収穫している畑から、かなり離れた門から呼んでいるというのに。
簡素な木の柵だった塀も、村の拡張にともなって今は城壁になっている。それでもこの声では、広くなった村中に響いていてもおかしくない。
「今日の獲物は、デカいぞぉお!」
蛇と二人で軍を率いての、訓練も兼ねた狩りから帰ってきたのだ。毎度大量に狩ってくるので、帰る度に祭りのようになる。
他国から亜人が、差別の無いこの国に入って来ることが増えた。安全にこちらに移住させるためにも、平和といえどまだ力は必要だった。
出迎えるために畑から出ると、娘を腕に抱えた妻が、手ぬぐいを持って待っていた。生まれたばかりの娘には、手を拭いて触れないと妻が鬼の顔になって怒る。義弟のソージも怒る。
他人には冷たい叔父ソージが、思いの外姪っ子はかわいがる。キレイな顔で引く手数多なのに相手を作らないソージには、妻が真剣に相手を探してやらなければならないと相談してくる。
しっかりきれいに拭いた手で、娘に触れる。赤子の笑顔は、天使のようだ。
「父上ー!」
鍛えるために、ゴリラと蛇の訓練に同行していた息子が、駈けてくる。妻譲りの金糸の髪を振り乱しながら。
魔王を倒した時に生まれたあの子が、大きくなったものだ。あれから、何年経ったのか。
今回も、強くなって帰ってきたのだろう。あとで剣の稽古をつけて、精一杯甘えさせてやろう。
俺、は……、コの幸福のため、に、戦って、いく、ン……だ。