《下僕蜘蛛》
「ウマウマ」
「美味美味」
魔物は美味くなってきた。
見た目も、魔物らしい《ピクシー》や角の付いた《ホーンラビ》《三つ首の大蛇》など、明らかに魔物というものばかりになった。
ただし、食える頻度も少なくなってきた。
何度もレベルアップを経て、ようやく俺と相棒は五体満足――五頭二尾満足で二腕六脚満足になったのだが、手負いじゃなくなったからか、魔物たちはマジで逃げる。
俺のせいだ。
見かける《三つ首の大蛇》は、体長8メートルくらいのものばかりだった。つまりは、ここでの魔物の層はこんなものなのだ。
対する俺は、体長30メートルで頭が五、真ん中の頭は眼が縦に裂けた一つしかないので眼は九つ、尾は二つ。
そりゃ逃げるわ。俺だって自分の身体の三倍以上あって、頭が八つある蛇とか出てきたら、相手がどんなに怪我しててもめっちゃ逃げるもん。
思えば、寝込みなら何とかなると思って襲ってきた南の奴らは、大概INT低かったんだなと思う。
相棒を背に乗せてずりずりと北へ這っているが、退屈になってきた。
俺たちが食っているのは、下僕蜘蛛が持ってきた貢ぎ物だ。
相棒と戦ったことで下僕蜘蛛の好感度が上がったらしく、俺にも魔物を持ってくる蜘蛛たちも多い。
もう俺に舐めた視線を送って来るヤツはいない。
単独ではなく複数でやって来ることが多くなったので、どうやら集団で戦うようになっているらしい。
この辺りの魔物は、俺たちには物足りないが《猛毒大蜘蛛》や《巨毒蜘蛛》には、一匹では難しい敵だろう。
……うーん。言おうかな? どうしようかな。
動物と魔物の中間だった頃と、考え方が明らかに違ってきた。
安全第一な狩りをしようという思いももちろんある。死ぬ危険は絶対に避けるべきだ。
でも今は、身体が欠損するくらいのダメージを受けてもいいから、強い敵と戦いたい。
相棒との戦いが楽しすぎた弊害だろう。
「何や? 北へ飛びたそうな這い方してるのぅ?」
ぎょっとして、右端の頭で振り返る。横着すなや、せめて真ん中の頭で振り向けと相棒に怒られる。
「……何でわかった?」
怒られたので、立ち止まって単眼の頭で振り返る。
「あいぼーのことなら、何でもわかるわ。正直ウチも、物足りんし退屈やわ」
《アルケニー(幼)》の特性なのか、相棒の姿は幼女から変わっていない。人間だったら、成人するくらいまでのカロリーは摂取していそうだが。
元々長い黒髪ロングが、少し長くなった程度。その代わり、下半身の蜘蛛は大きくなっている。食ったら危なそうな赤の警戒色が入った巨大蜘蛛だ。
その蜘蛛の下半身で、俺の背中に乗って脚で腹を掴んでいる。時々こそばゆいし、たまに《毒爪》が刺さっている。
人間とは白黒が逆転した瞳で笑う。それでも、右手で頭をかく癖は変わっていない。
「ありがたい。相棒冥利に尽きる」
愛だなぁと呟くと、そんなんちゃうわ! と人の腕でペシペシと背中を叩く。
そちらは痛くないのだが、下半身に力が入って《毒爪》が刺さっている。
痛い痛い痛い。
「じゃ、早速行くか?」
俺が尾に力を入れようとすると、
「ちょい待ち」
相棒から制止がかかる。
相棒は息を大きく吸って、ピィィィィィ、と指笛を吹いた。
そんなん出来たんかお前。相変わらずうちの相棒はカッコいい。
ドドドドド、としばらく音が続いた。
下僕蜘蛛が大挙して、俺たちを取り囲んだ。百や二百ではきかないだろう。いつの間にこんなに増えていたのか。
「よく集まった。我が下僕ども」
蜘蛛から喚声などは上がらない。ただ口の牙をガチガチと鳴らす。簡単に描写するとそうでもないが、実際怖い。
ガチガチ、ガチ、ガチガチガチガチ、という音が四方八方から大量に聞こえてくる。
その音に取り囲まれれば、敵なら死を覚悟するだろう。
「お主たちを置いていく。理由はお主たちが弱いからじゃ」
女王モードの相棒の言葉に、音が減る。悲嘆にくれているような静けさ、少ない音が鳴らす感情からは、怒りを感じる。
「好きに生きよ。妾は北へ飛ぶ。ここで生きたいならばここで生き、平穏に生きたいならば朝日の左側で暮らせ」
音が減る。怒りの声は小さくなり、代わりに悲嘆の声が増えた。
「……だが、妾について来たいと思う者が北へ向かうことを、禁じはせん。しかし――」
音が無くなった。感情を心に押し留めて、幼女の声を聴こうとしている。
「その者達には、これより死ぬことを禁ずる。そして弱きこともじゃ。もし妾と北で会った時に弱いままなら、その時は妾自身に喰らわれると思え」
静寂から徐々に、徐々に音が大きくなる。
ガチガチ、ガチガチと。最初の時よりも気迫の籠もった大歓声となった。
強く、繊細な感情がある。相棒の旗下につくことでINTが上がったのかなどと、考察しようかと思ったが、やめておいた。
野暮なことだ。
相棒が幼女の細い手で、ぺしぺしと背中を叩いている。
俺は意を汲んで、
《瞬発LV9》《突貫LV4》《空中戦LV4》
を空中へ向かって使う。
木々の枝葉を突き破り、北に向かって空へ飛んだ。