女王の風格
当然、無理はしない。
一番俺たちから離れている、外周のゴブリンたちは一匹ずつ見逃がしてやる。
今の俺に、ニョロニョロなんてノロノロな擬音は似合わない。ゴブの眼だと、大きな何かが通り過ぎたとしか思えないだろう。
五頭二尾のこの姿になって、バランスが悪くなるかと思ったが、そんなことはなかった。
二本の尾でバランスを調整できるし、片方の尾で《薙ぎ払うLV2》も使える。
五頭の扱いも慣れてきた。頭が5つあるのではなく、真ん中の頭は頭でもあり中指で、全体は掌だ。
五指を動かす感覚で頭と首を動かす。指なんて無い俺が《器用な指先》を生かせている。
右回りに、右掌の小指で外周のゴブリンを《威嚇LV8》、薬指と中指で《破砕牙LV2》《握撃LV1》し、円の内側の――親指側の方へと放り投げる。
人差し指と親指で、円の内側を食い散らかしていく。
大の大人サイズのゴブエリたちでも、五頭の頭の高速で襲い掛かる体長16メートルの蛇には、恐慌を来す。
外側のゴブエリは俺が描く円から離れていく。内側のゴブは円の中心に逃げていく。
そうやって円を一周して、ちらりと内側を見ると、円の外に逃げ出そうとしているが《蜘蛛糸》から逃げられないゴブエリが数匹見えた。
一匹は、踵だけ蜘蛛糸が引っかかって、何とかようやく逃れることができたのに《大蜘蛛》の一匹が巣の中に連れ戻した。
「……哀れ」
同情しながらも同じ円をもう一周する。
俺から逃げた結果、内側へ行きもっとやべぇ相棒がいるのを見て、再び外へ逃げようとするゴブエリのお掃除。
俺が箒、相棒がちり取りのお掃除だ。
二周もすれば、お掃除は終了。腹は少し満ちる。
「先にいただいてんで~」
俺が這い走って出来た円の中に入ろうとすると、相棒は《大蜘蛛》や《大毒蜘蛛》とすでに食事を始めていた。
俺は基本的に《丸呑みLV4》だが、相棒や蜘蛛はよく噛んでモソモソ食ってるので、人型のゴブ系だとグロい。
「ま、俺も先にちょっと食ったしな。外側のもらうわ」
ピリ、と味がする。相棒が《蜘蛛巣》に《毒液付与》をしている。
下僕蜘蛛たちも、相棒の《蜘蛛巣》に捕らわれたゴブエリ達を食っている。
相棒の毒は強い。《毒耐性LV8》の俺でも、巣の外側の毒が薄いゴブエリだけを食っている。中心の毒に耐えられるかはわからない。
実際、中心に近い蜘蛛のほとんどは、相棒の毒が濃く残ったゴブエリを食って死んでいる。
下僕蜘蛛は、相棒の《統率力》と何かのスキルによって、相棒を手伝っている。その過程で餌という報酬も得られる。
しかし《毒耐性》が高い者、知恵が高く俺のように外側のゴブエリを食う者でなければ、生き残れない。
相棒は、下僕蜘蛛が死んだ下僕蜘蛛を共食いすることは止めない。日本人以上に、野性はもったいない精神で溢れている。
《毒耐性》が強い者ほど、相棒の近くで餌を食える。賢い者は、外の弱い毒や死んだ蜘蛛を食って《毒耐性》を上げる。
蜘蛛達は相棒の巣という壺の中、強い者だけが生き残る。
もちろん相棒の毒も成長していく。それに耐えられる者は、さらに強い蜘蛛だ。
……これも、蟲毒かな。
「ほぅ。お主は強いのぅ」
相棒は気まぐれに、幼女の白く細い腕を伸ばして、近くで餌を食う蜘蛛を撫でてやる。
撫でられた蜘蛛は歓喜に震えている。それを外側の蜘蛛は、嫉妬と羨望を込めて八つの目を光らせる。
賢い相棒のことだ。間違いなく分かっていてやっている。
相棒は、女王の風格を纏い始めていた。