あの時の聖女の話をしよう(4)
修道女というのは、神に仕える仕事だそうで。だからこそ、立場の弱い者の側に立つそうです。
「孤児院にはぁ、亜人の子達が多いんですぅ」
町の端には林がありました。その林道を歩きながら、彼女は話しました。
親が殺されたり、消息を絶つ者は人族よりもずっと多いでしょう。それ自体は、当然のように思えます。
「亜人の子どもを、引き取ってくれるんだな」
イッサさんが言うように、そっちが意外でした。見殺しにされる方が、ずっと想像しやすいです。
「教会では引き取ってもらえないのでぇ、孤児院として独立して引き取っていますぅ」
普通は、教会と孤児院は一体であるらしい。しかし、教会が亜人の保護は認めなかったため、無理に孤児院を別にし、育てているらしい。
「何故そこまでするの? 上の人間に逆らえば、貴女への風あたりは強くなるでしょう」
蛇の質問に彼女は、困ったように笑って肯きました。
「幸い許可はいただけてるんですぅ。ボロボロではありますがぁ。それにぃー、放っておけないじゃないですかぁ~」
正常な感覚なんだろう。種族は違えど、幼い子が飢えたり辛い目にあっているのを放っておけないという感覚は。
「……ありがとう」
蛇は言葉少なに、呟くように言いました。
「……その正常な感覚を、疑問視してしまう俺たちの方も歪んでいたのかもしれませんね」
イッサさんも肯きます。
「ありがたい。あなたみたいな人がいてくれることは」
「いいえぇ~。子ども達と、遊んであげてくださいねぇー。あなたみたいな自由な大人の亜人には、なかなか会えないのでぇ」
「おう! 任せろ!」
自由な、という言葉に苦笑いが浮かぶ。俺たちは、俺は自由なんでしょうか。
イッサさんの、満面の笑みを見たのは久しぶりでした。元々、年下の面倒を見るのが好きな人です。俺たち村の年下の子どもたちも、イッサさんの力強い笑顔が好きでした。
孤児院には、数十人がいました。その九割は亜人でした。
木造の建物古いけれど広かった。林を切り開いただけのようですが、子ども達が走り回れるだけの広い場もありました。
田舎のボロボロの小学校みたいだ、と蛇は表現しましたが、相変わらず何の言葉かわかりません。
小さい子達は、俺達を見るなり駆けつけて、彼女とイッサさんに群がりました。
やっぱり、子ども達には誰が優しいのかがわかるのでしょう。蛇と同じ十歳くらいの子どもが、一番年長のようで、どの子も俺よりは年下のようでした。
亜人の子ども達に頼まれ、俺たち三人が獣化するとそれぞれに群がりました。
蛇は白い、三十メートル程度の獣化に止めても最初は恐がられていました。それでも、何人かを持ち上げて自分の体を斜めの台にして滑らせると、すぐに人気者というか、人気の遊具になりました。
俺もイッサさんも笑ってはいられず、俺は金の長い毛を撫で回され抜かれ、走って逃げると獣化した子どもたちと追いかけっこのようになりました。
子どもたちが疲れては、他の子どもたちが代わりその間に疲れている子どもたちが回復し、いつまでも終わらず、立てないほどに疲れました。
イッサさんも体の上に乗られ、高く投げ上げられることをせがまれ、落とさないように注意しつつも他の子ども達から体にしがみつかれと、気疲れしたようです。
そんな僕達と子ども達を見ながら、広場の端で修道女は微笑んでいました。僕達はこんなに大変なのにと思いながら、その笑顔を見てしまうと俺まで口元が緩んでしまったのが、少し悔しかった。
それでも、あの日溜まりの中で子ども達の笑顔に囲まれたあの場所は、幸せで満ちていました。