あの時の聖女の話をしよう(3)
間に入ったのは、黒い修道服を着た小さな女でした。
「神はぁ、塀の中の争いをぉ、望んでおりません~」
息を切らせながら言うと、小さな体は大きく上下します。そして、小さな体にしては大きい胸も呼吸とともに揺れる。
何となく見てはいけない気がして、目を逸らす。
「何だ? あの巨乳?」
イッサさんが珍しく下品な表現で言いました。見慣れない黒い服を着た、体は小さいのにデカい女が、僕達に立ちはだかりました。糸目のタレ目は柔和な表情ですが、口は真一文字に結ばれています。
「殺してはいけませんー。懸命に生きているのですからぁ!」
少し驚きましたが、判断としては正解です。以外なのは、正しい判断をしたことですが。
「シスター、何を言ってんだ? 殺されそうになってんのはあっちだぞ?」
怪訝そうに『殺されそうになっている者達』の一人が問います。問われるとシスターは、不思議そうな顔で返しました。
「あれれぇ? 殺意が大きそうな方に立ちはだかったつもりなのですがぁ」
また勘違いかシスター? などと子羊たちから笑いが漏れます。せっかくの助け船に乗る気がなさそうでしたが、リーダーのような男の反応だけは違いました。
「い、いや……、やはり止めておこう」
その目には先ほどまでの甘い油断が消え、代わりに怯えが浮かんでいました。金に目が眩んだ周囲からは非難が聞こえますが、耳を貸さず最後には怒鳴り声で解散を言い渡しました。
渋々といった風ではありますが、男達はその声に従って解散しました。
「何だったんだ? 今の」
不思議がるイッサさんを尻目に、蛇は女に向かって歩き出しました。
「あなたは、修道女さん?」
聞き慣れない言葉に、巨乳女はそうですぅ、とやはり気の抜ける声で応えます。
「ありがとうね。僕達も、殺したくはなかったんだ」
そう言って笑いかけると、そうでしょうと笑って応えた。
「あなたにはぁ、強く神のご加護があるようですからぁ」
蛇は虚を突かれたような表情を一瞬浮かべましたが、続く言葉が
「あれぇ? よく見ると亜人さんなのですねぇ」
と今更の反応だったことに、違和感は持っていかれました。目が細いからって、見えないわけではないでしょうに。しかし、
「その目、あまり見えてないの?」
という、冗談のように思った言葉を蛇が言えば、是で返ってきました。
「よく気づきましたねぇ。初対面の人にはあまり気づかれないのですがぁ」
袖の大きい黒い服からわずかに出た、小さな両手をパチパチと叩いて跳び跳ねます。その様子からは、目が不自由とは思えません。
「完全に見えないわけではないんですがぁ、他の人に比べてぼやけて見えてるみたいですぅ」
他人に見えてる視界など、誰にも体験などできない。彼女にとっては、ぼやけた世界こそが、世界なのだろう。
「戦えるわけでもないのに、よく立ちはだかったもんだ」
イッサさんは、素直に感嘆していたようでした。確かに、見えない世界で強大な相手に立ち向かうのは、大きな勇気がいるでしょう。それを、小さな体でできる彼女は、すごい人なのかもしれません。
「あのぉ。亜人の方であれば、泊まるところはあるんでしょうかぁ?」
とてもそうは思えない、間の長い声が問います。これから探すところですが、さっきの様子では厳しいでしょう。
「よければぁ、私たちのところにいらっしゃいますかぁ?」
女は、間違いなく亜人ではありませんでした。それなのに、亜人の僕達と普通に話していることが疑問でした。それなのに、蛇はそれほど警戒していないのが不思議でした。
「孤児院ですがぁ、食べ物は十分にあるんですぅ」
そう細いタレ目で微笑んだ顔が、柔らかだった。
あの人は、柔らかな微笑みが似合う人でした。




