童貞を卒業しました。
「ごめんなさい!」
ヒナには手を合わせて謝られた。基本的にはギルドに登録する前に、各々の冒険者は神殿で祝福を受け、なりたい職業になるのだという。
「あなた達には《勇者》と《勇者の護り手》が職業にあったから、気づかなかったのよ」
特殊な職業は重複できるものもある。《勇者》や《勇者の護り手》《聖人》がそうらしい。職業が空欄になっていれば見落とすことはなかったろうが、職業がすでに記載されていたので、僕達が知らないことに気づかなかったらしい。
「いいよ。でも、今夜は罰としてねっとり苛めてあげる」
そう耳元で囁くと、ヒナは顔を赤くして震えた。困ったような、喜んでいるような。
ソージが顔を赤くしてうつむいて何か言っているが、無視しておく。ハジメはまだ来ていない。そもそも、来ていればさすがにやってない。今来たみたいだけど。
「そういえば、ハジメ君には《勇者の護り手》になってもらわないの?」
「……うーん、今はまだ、話せないね。僕達って亜人だし」
国さえ分かっているように、僕達はソン=サックの勇者である以上に、亜人の解放者だ。そんな僕達の一派と、行動を共にするだけでなく国の認可を受けて《勇者の護り手》になることは、人族の勇者の護り手になることと違う意味合いを持つ。
「亜人の側に明確に立っちゃう、か。確かに、頼みづらいことね」
「まぁいいよー。別に行動を表沙汰にしてないし、ハジメは強いから補正が必要ってわけじゃない」
その選択を突きつけるのは、まだ先でいい。嫌とは言わないだろうが、無駄にリスクを背負わせる意味もない。
「俺の話をしているか?」
ぬっと、横から現れた。僕は気づいていたけれど、三人は驚く。
「ハジメは、なかなかいい男だって話だよ。ね、ヒナ?」
「え! えぇ、そうね!」
ハジメは聞いていない振りをしたし、僕も聞かれていない振りをした。
「お前達に言われなくとも、知っている」
もうハジメはヒナの前でも、キョドることもなければ無駄に口数少なくクールに振る舞うこともやめた。僕の指導により、すでに童貞ではない。
「でも本当に、ハジメ君、最近かっこよくなったわねぇ」
「あぁ。いつでもヒジカから乗り換えるとい痛っ」
机に隠れて足を踏んだ。調子乗んな。しょせんお前は素人童貞だろうが。風俗通いをヒナにバラすぞ。
「ハジメ、神殿まで連れてってよ」
神殿へと、四人で王都を歩いている。すでに僕達とハジメが行動を共にしていることは、見慣れた風景になっている。それでも、やはり嫌悪や奇異の視線は多い。
意外だったが、二つ返事で聞いてくれるほどコミュ障のハジメは僕達に馴染んだ。共通点は少なかったが、深かった。
僕とは、同じ女を愛した同士。
ソージとは《天才(武)》を持つ同士。
イッサとは、葛藤を共有していた。
僕もソージのことに目が行きがちだったが、今朝のようにイッサは年長者として常に悩んでいた。年下の僕やソージに頼ることも出来ず《鑑定》でも不眠症と出るほどに。
孤独の中で独り冒険者として挑戦し続けていたハジメとは、共通するところがあったのだろう。何を話しているかは知らないが、互いにぽつりぽつりと、僕やソージよりも長い時間話している。そして、安心したように笑っている。
二人で並んでいると、どこか僕やソージも入っていきづらいような雰囲気がある。
「神殿と教会は、関わりが深いのか?」
イッサが神妙な顔でハジメに聞く。
「あぁ、教えは一緒だ。ただ、教会は信者たちの場所だが、神殿は祭祀を中心に行う。やっていることは別々だから、そこまで関係は深くないな」
「祭祀? タマソン村や亜人の村には教会もなかったから、俺たちはよくわからんな」
「……だろうな。職業ごとの《祝福》や神への祈りのような、神を祭るのは神殿で行う。教会は信者たちへ教えを広め、深めることを本来の目的としている」
興味があったから、僕とソージも耳をそばだてていた。
「本来の目的とは、教会は違っているってことですか?」
「あぁ。昔は違ったようだが、今や貴族が金を回収することと、思想の操作がが目的になっているように見えるな。民衆が喜ぶことを言い、その流れを変えつつ金を巻き上げながら一部の貴族たちに都合の良いように情報を伝播させている」
そう言いながらも、ハジメの言い方はかなり冷めている。
「ハジメは、そんなに熱心はないんだね」
ハジメは鼻を鳴らすように、息を吐く。
「俺というか、長い冒険者は教会の教えはそぐわないな。強い者は強いし、強いか運が良ければ死なん。スキルをいただくことや、自分が生き永らえたことを神に感謝することは忘れんがな」
神自体は、信じているようだ。口ぶりからは天の声を神の声と認識しているらしい。
「なるほどねぇ。教会の教えには、亜人の差別的なこともあるんだ?」
「……だな。大衆は弱い。自分が見下される存在があるということは、救いなんだろう」
そしてそれは、亜人を奴隷として扱いやすい常識となるのだろう。
「本来の『教え』っていうのは、どういうものなの?」
「主流な一つは『スキルを獲得し、活かせ』というものだ。獲得し熟練度を上げて神の声を聴き、与えてくださった神の恵みに感謝する。そしてまた、活かす」
「なるほど。確かにそっちの方が冒険者には合いそうだな」
ハジメは頷く。
「冒険者なら、神殿には大衆よりも世話になる。そして神に多く触れ、危機を脱して感謝する機会も多い。自然、ギルドの職員や長い冒険者は神殿を教会よりも重視するな」
安全なクエストばかりを続け危機にも会わず、神に触れる機会も少ない下級の冒険者は、その限りではないとハジメは加えた。ギルドに行った初日の騒動は、それが理由だろう。
両親が熱心に教会に通う人間だったことも、ハジメが家族と上手くいかなかった理由らしい。




