身重
「重い……」
体が重かった。かわいいネズミを殺してしまって気が滅入っているわけではない。前世から冷たい人間だったのか、蛇に転生して冷徹になったのかは知らないが、感傷に浸るのは数秒で終わった。
腹が物理的に重いのである。
「まぁ、自分より質量重いヤツを入れてるしな」
物理的に仕方ないことだが、移動するのも億劫だった。
そもそも、消化し切れていないままの移動自体が悪手だろうと思いなおし、木の根を探して鎮座した。
「そういや、蛇って小食のイメージあるなぁ」
何日も何週間も食わないのは、おかしいことではないという知識がある気がする。しかし、通常の蛇として生きていいものか。
出来る限り早く成長したい。しかし、その成長の仕方が把握できない。レベルがあるからには、経験値を積めば強くなるのだろうが、大きくなるにはエネルギーが必要だろうし食わなければならない。
レベルが上がれば勝手に大きくなるかもしれないが、食わずに殺し続けるのもいかがなものかと思う。
どうしようもないことなので、反省すべきか迷うが、腹の中のネズミを狩った時にはまるで周囲を気にしていなかった。
世界には俺とこのネズミしかいなかったのである。スキル《驚異の集中力》の恩恵であるかもしれないが、おそらく鳥か何かに襲われれば一撃で死ぬリスクを持つ俺には、弊害でもある気がした。
木の実を食っているところを狙いたいと考えたが、ネズミを食っている俺を狙いたい者がいるのは、当然だろう。
運良く近くにいい感じの木の根があったからよかった。頭を地面の柔らかい部分で左右に振って少し掘り、身を隠している。ここなら《解析》と『第三の目』で警戒していれば、急襲は避けられる気がした。
消化中で動きが鈍い今、襲われればひとたまりもない。
蛇が小食である理由は、狩ることは隙を見せることだからかもしれない。
身重の危機感はあれど、それでも胃に物が満ちていることには幸福を感じる。少なくとも近々に餓死することはないという安心感だろうか。
ちょっと消化を早められないかと思って、胃があるあたりに力を入れてみた。
パキパキと、胃の中のネズミの骨が折れるのを感じる。
おぉ。これでちょっとは消化を早められるかもしれない。身重の状況を早く脱することが出来るなら、いいことだろう。
ほ。
ほ。
おりゃ。
繰り返す内に、骨の音がしなくなった。肋骨とかはバラバラに砕けたのだろう。自分の腹を見てみると、膨らんでいるがかなりスリムになった。肉もある程度溶けてそうである。
……うわ、グロい想像しちゃった。
蛇として楽な体勢を探すうちに、とぐろを巻く姿勢が楽だと気が付いた。何かあった時も瞬発的に動きやすそうだ。
しばらく周囲を警戒しながら休んでいると、あ消化終わったわ、という感覚があった。
スキル《消化能力LV1》を獲得した!
消化もスキル扱いらしい。
《消化能力LV1》はスキル《焦土の吸収力》により、
《消化吸収能力LV1》に変化した!
お、何か変わったわ。
《消化吸収能力LV1》により『小魔鼠』の《瞬発LV1》を獲得した!
ほうほう。どうやら、消化することで相手の能力が手に入るスキルらしい。スキルだけでなく、心なしか体が敏捷性を増した感覚がある。自分に《解析》を使い、ステータスを確認してみた。
《??? ♂》
ステータス
LV 1
激弱
状態
生まれたて
腹立つなこいつ。レベル1になったのは、生まれた時だろうか。
数値化されていれば比較もできるだろうが『激弱』と『激弱』では比較のしようもない。《解析LV1》なので、レベルが上がると詳細もわかるようになるのかもしれない。
まぁ常に警戒はしていくつもりだし、勝手に上がっていくだろう。
しかし予想はしていたが、ネズミはモンスターだったらしい。名前は小魔鼠。多分っていうか、確実に俺もモンスターなんだろう。名前は知らん。消化が終われば名前もわかるようなので、自分と同種の蛇を食えばわかるだろう。
自分自身の情報が、かなり不足している。小さい魔鼠より細いから、サイズ的には小さいんだろうけど、それも今やっと確認できた。ぶっちゃけ、視力は人間としての色覚の知識にもかなり劣るから、俺今、自分の色もわかんないんだよね。
さて、消化も終わったことだし、食う度に強くなれることがわかった。
幸先良くはぢめての狩りも成功したことだし、もう少し狩りを続けてみよう。
俺は第三の目と《解析》を使い、舌をチョロチョロと出しながら木の根から出た。