第9話 正義は悪になんか
「……誰」
鮮やかな銀髪の長めのツインテールの女の子は、見た目は11歳ほど。
小学校に通ってるぐらいの年齢なことは間違いないだろう。
青色や白が基調のごてごてとした服を着ていて、手に持ったステッキだって過剰に装飾されている。
いや、そんなことはどうだって良い。玄関には封印魔法が張ってあったはず。それを破ったということは、普通の人間や、魔力持ちじゃない。
つまり、魔女ということだ。
「悪の魔女、ベル……話は聞いたよ。あなたが」
向こうは私のことを知っていたらしく、こっちを見ながらはっきりと言う。
「あなたが、小学校の生徒達をショートケーキに変えたの……?」
どうやら、大体の事情は把握済みらしい。それなら、話が早い。
「それ、どこで知ったの?」
気になるのは、情報の出どころぐらいだ。今までは何の足跡も残さずにやって来ただけに、気になるものは気になる。
「すうちゃん――イチゴに変えられても、偶然あなたに食べられなかった女の子が、教えてくれたの」
「い、今、すうちゃんって……? えっ、リルハちゃん!!?」
すると、開けっ放しにしていたおもちゃの部屋から、驚いた狐のぬいぐるみが顔を出した。
「もしかして、あなたがなこちゃん?」
それに気づいた魔女が話し掛けると、狐のぬいぐるみはこくこくと頷く。
「うん! すごい、すごい! リルハちゃんだ……!」
「? なこちゃんはどうして、私のことを知ってるの? すうちゃんにも同じことを言われたんだけど……」
「だって、毎週、アニメで見てるもん! グッズもいっぱい持ってるし、みんなと一緒に映画にも行ったんだ! リルハちゃん、大好き!」
「そうなんだ。リルハなんてまだまだ見習いだけど……応援してくれて、ありがとう」
どうやらリルハという魔女は、そこそこ人気者らしく、狐のぬいぐるみはさっきと打って変わってキラキラと目を輝かせながら喋っている。
褒められて嬉しいのか、リルハもはにかんでいる。
「私の名前は、魔法少女リルハ」
そしてリルハは私の方を向いて、真剣な口調で言う。
「すうちゃんとの約束で、なこちゃんを――みんなを、あなたから解放するために来たの」
「……」
へえ……。私は何にも返事をせずに、ただリルハのことをじっと見た。
「リルハちゃん、ほんとに、ほんとにいたんだ……!」「えっ、リルハちゃんって、あのリルハちゃん!?」「ほんとだ、リルハちゃんだ! とってもかわいい~!!」「そうだよ、アニメの世界から、私達を助けに来てくれたんだよ!!」
おもちゃ箱から出てきた他のぬいぐるみ達もリルハを見て、はしゃいでいる。人間の生活になんて興味無いから、こんなのが流行ってるなんて知らなかった。
「もしかして、この家の中も、全部人間……?」
リルハはあちこちを見回しながら、恐ろしそうに呟く。その瞳には恐怖の色が映っている。
「ベ、ベル……今まで、どれだけの人に悪いことをしてきたの?」
「んー多分、十万ぐらい?」
少なくとも学校を千個は変えたから、十万は絶対に超えてるはず。
夜、寝ている子供部屋に忍び込んだり、遊園地や動物園や水族館に遠足に来てる子達を変えたことも何度も有るから、正確な数なんか覚えてないけど。
「ど、どうしてそんなひどいことをするの……? あなたの魔法を正しく使えば、困ってる人を助けることもできるのに――」
「さあ?」
「そんな……どうしても、止める気は無いの……??」
「どうして私が止めなきゃいけないの? こんなに楽しいこと、他に無いのに」
人間を意のままに変えて、やりたい放題できる変化魔法。
この魔法を使えばお菓子はいくらでも食べられるし、綺麗な洋服がいくらでも手に入る。動いて喋るぬいぐるみだって作ることができる。
何よりも、泣きそうになりながら助けを求める人間たちが、沢山見られるのに。
「そ、それなら……ベル」
リルハがステッキを、私に向かって構えた。その瞳から恐怖の色が消えていって。
代わりに決意と覚悟で満たされていく。
「わたしが……あなたを止める。もう二度と、あなたの好き勝手にはさせない!」
「へえ~……折角、見逃してあげようと思ってたのに」
なんて、嘘だけどね。私は笑って、リルハに一歩近づいた。
さて、と。どうしちゃおっかな?
「リルハちゃん、ベルに近づき過ぎちゃダメだよ!」
と、狐のぬいぐるみからリルハにアドバイスが飛ぶ。
「大丈夫! 前回のシャドウラグーンとの対決で、懲りたから!」
リルハはぬいぐるみ達に向かって笑い掛けるけれど、本当は怖がってるってことが伝わってくる。
だってよく見れば、足が震えているから。
だけどリルハは、一歩も引こうとはしていない。皆を助けるために、勇気を振り絞って私に立ち向かおうとしている。
そんなリルハはきっと、とてつもなく『良い子』なんだろう。
「――大丈夫、みんなの正義の心が有れば、悪の魔女になんか負けないから……!」
そしてリルハは私のことをきっと見据えて、強い口調でこう訴えた。
「だからみんな、力を貸して! みんなの願いが集まれば、きっとベルをやっつけられるはず!」
リルハがそう呼び掛けると――ぬいぐるみ達から、歓声が飛び始めた。
「リルハちゃん、がんばって……!」「リルハちゃんは、悪の魔女なんかに負けないよ!」「ベルをやっつけて!」「わたしたちを助けて!」「ベルなんか懲らしめちゃえ!」「リルハちゃん、大好き!」「がんばれーっ!!!」
そんな声が重なって、家の中へと響いていく。リルハは一瞬、ぬいぐるみ達の方を向いて。
「――ありがとう! 正義は、悪になんか負けないんだから……!」
ニコッと笑うと、そのステッキの先にぬいぐるみ達の願いが集まっていく。
「――」
そして私は。じゅるり、と、舌なめずりをした。
―――。




