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第8話 誰?

 私は犬のぬいぐるみに魔法を掛ける。

 するとすぐに煙が晴れて、犬のぬいぐるみの代わりにテーブルに現れたのは――プリン。

 カラメルソースのたっぷりかかった、ぷるぷる卵の黄色いプリン。

「か、体が、動かない!? 逃げれないよ~!」

 プリンからはそんな声が聞こえてくる。

 何も、ぬいぐるみだけが例外じゃない。魔力持ちの人間を変えて作った物は、お菓子でも意思を持って喋ることができる。

「あら、おいしそうなプリンになっちゃって」

「わ、わたしほんとにおかしに……助けて、誰か! 食べられちゃうよ! 誰か……!!」

 なんて叫びながら震えるプリン。流石魔力持ち、一応まだ動けはするみたい。

「元気なプリンね。そんなに、食べて欲しいの?」

 プリンがぷるぷるとすればするほど、おいしく食べてってねだってる様にしか見えない。

「こんなの、ぐすっ、こんなの、変だよ、おかしいよ……」

 話し掛けるとプリンはぷるんっと大きく一回揺れて、ぽろぽろと涙を流す。

「だってわたし、人間だったのに……ひゃっ!」

「わっ、甘い! 涙もシロップでできてるんだ」

 試しに涙をなめてみれば、甘い砂糖の味が口の中に広がった。流石魔力持ち、涙までお菓子になるなんて。

「涙を流してまで、私を喜ばせようとしてくれたのね」

「お、お願いです、どうか食べるのだけは……あっ……!」

 もう命乞いは飽きたから私はスプーンで一口掬って、口の中に流し入れる。

「助けて、体が熱いよっ、ひうっ、ひゃあっ! とろけちゃうよ、なくなちゃうよ!」

 助けて、助けてっ! という声が聞こえてくる。それに呼応するかのようにぷるんっ。ぷるんっ! と、舌の上で揺れるプリン。

 でもそれは、私を愉しませる結果にしかならなくて、哀れだ。甘くて優しい卵の味と、カラメルのほのかな苦みがひとりでに混ざり合っていく。

「やだ、なめないで、とろとろして、べたべたするよおっ、からだが、まざちゃうよお……!」

 一口、二口――プリンは舌の上でとろけていく。口いっぱいに広がる優しい味。良い子の味。そして次第に、聞こえてくる声も甘くなってきている。

「あ、あははっ、くすぐったいっ、くすぐったいよ~……! ぷるん、ぷるんって、とろけちゃうの、まざってふわふわになっちゃうの、えへへっ……」

 ああ、ついに負けてしまったんだ。プリンになった快感に、悪に。正しい心が折れちゃったんだ……!

「どう、プリンになって良かったでしょう?」

 そして、スプーンに乗った最後の一口。一層激しく揺れるその欠片に話し掛けてみる。

「ひゃ、ひゃい……わ、わたし、今、とっても、ぷるぷるぷりんで、とろとろで……すごくて、きもちよくって、べるさまにたべてもらえて、し、しあわせです……!」

 初めて聞けた、裏表の無い声。人間の女の子が初めて、心から食べ物になった瞬間。

「そう。それじゃあ、もっと楽しませて御覧なさい」

 私は答えると、プリンを口の中に入れる。

「ふわあ、う、うん、べ、べるさま、いっぱい、いっぱいわたし、ぷるぷるしちゃうからね……!」

 ぷるぷるぷるんっ! と、口の中で一層強く震えるプリン。

 だけどそれは、逃げようとしているからじゃない。

 もっと震えて、私を喜ばせようとしているんだ。卵とカラメルの味――もう二度と戻らない女の子の味を、一生懸命に振りまいて。

「ぷるぷるするの、あっ、き、きもちいいよ! からだじゅうがあつくって、ひゃっ、とっ、とけちゃってて……えへへ、だいすき、べるさま、だいすきっ! とろとろぷるぷるの、あまーいぷりんにしてくれて、ありがとう……!!」

 ――どういたしまして。

 そして私は最後の余韻を味わうと。

 こくり、プリンをと呑み込んだ。

 ――声は、聞こえてこない。

 スプーンを、空になったお皿の上に置く。

 もう、どこにもいない。犬のぬいぐるみも、プリンも。勿論、健気で優しくて良い子の人間の女の子も。全部、私のお腹の中だ。

「学校一つ使ったショートケーキも良かったけど、やっぱり魔力持ちには敵わないわね」

「た、食べられ、ちゃって、心も、プリンになっちゃった……?」

 おもちゃ箱の影に隠れて一部始終を見つめていて、プリンの声もちゃんと聞こえていたんだろう。そんな狐のぬいぐるみに私は話し掛ける。

「生意気なことを言ったらプリンにされたり、あなたの学校の子達みたいにショートケーキにされちゃうかもよ?」

「は、はい……」

 もう泣き叫ぶ気力も残ってないみたいで、本当にか細い声で狐のぬいぐるみは返事をした。

 百聞は一見に如かず。分かってくれたみたいで、良かった。

 不意に欠伸が出る。ペロペロキャンディーに、ショートケーキに、プリン。沢山お菓子を食べたから、眠くなったんだろう。

「それ、片付けといて。起きてくるまでに終わってなかったら、雑巾に変えちゃうから」

 ぬいぐるみ達にテーブルのお皿とスプーンと、それから染みの処理を命じる。

 恐怖で足がすくみながら、それでもぬいぐるみたちが掃除に取り掛かるのを見届けてから、リビングに繋がる扉を開ける。

 犬のぬいぐるみが居なくなったのはちょっと残念だけど、その代わりに狐のぬいぐるみが来たからまあ、良いか。

 今度のぬいぐるみは、どれぐらい耐えるんだろう。魔力持ちで作ったぬいぐるみが自分から動けるのと同じ様に、魔力持ちで作った食べ物は、普通の人間で作ったお菓子よりもずっとおいしい。

 何かミスをしなくてもぬいぐるみに飽きたら、すぐにでも食べちゃおうかな。

 珍しいとは言え魔力持ちぐらいなら、あっちこっちを探せばまたすぐに見つかるだろうし。

 なんてことを考えながら、リビングに戻ると――。

「――あなたが……ベルさんですか?」

 見知らぬ女の子が、玄関の扉の前にいた。

「……誰」

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