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第7話 ケモぬいと遊ぼう

「今日はどの子で遊ぼうかしら?」

 自己紹介はこれぐらいにして、私は遊び相手を選ぶことにする。

 ぬいぐるみたちを見回せば、みんな怯えた目でこっちの様子を伺っている。目を逸らしたら逆に選ばれちゃうから、大変だ。

 来たばかりの狐のぬいぐるみで遊ぼうかとも思ったんだけど、最初は先輩達の様子を見て、ぬいぐるみとしての振る舞い方をしっかりと覚えさせた方が良いかも。

 うーんと……あっ。

「じゃあ、あなた」

 私は特に理由もなく、目が合ったぬいぐるみを指名する。

「は、はい……」

 観念した様に、ゆっくりとこっちに歩いてくる垂れ耳の犬のぬいぐるみ。

 まあ、『遊ぶ』というよりも『遊ばれる』だからね。それよりも……。

「犬なんだから、犬らしく返事しないとね?」

 『はい』。なんて、犬らしくない。

 とっくに人間じゃないんだから、もっと犬のぬいぐるみになり切って貰わないと。

「わ、わんっ……」

「ポーズもほら、ちゃんとして」

 そう念を押すと犬のぬいぐるみは嫌々ながら脚を広げて、両手を幽霊の様に垂らしたおねだりのポーズをして、長い舌を出して、しっぽを振って。

「わんっ!」

 と、目を閉じて嫌々一鳴きをする。

「全く、しつけのなってない犬ね」

「わう……ご、ごめんなさい……」

 恥ずかしさに震える犬のぬいぐるみ。普通、人間だった頃に犬の真似なんか、したことないものね。

 そんな様子を他のぬいぐるみ達は、どうすることも出来ずに見つめている。互いに寄り集まって、抱き合いながら。

 自分には関係ないって無視しちゃえばいいのに、それすらもできずにいるのはきっと、ぬいぐるみ達がみんな、『良い子』だったからだろう。

 最近ちょっとずつ分かってきた。物に変えられても動くことのできる――つまり、魔力持ちの人間の女の子達には、友達想いで心優しい子が多いということが。

 だから魔力持ちが、魔法を掛けられそうな友達をかばったり、自分をおとりにしてして逃がそうとすることが良く有る。

 誰かを助けたい、守りたいっていう強い気持ちが、人間の魔力を生み出すのかもしれない。

 だけど。思ってはいても、そんなことできっこない。

 そんな魔力が私の悪の魔法の前で蹂躙されるのを、もう何回見てきたことだろう。

 そもそも、例え魔力が有るって言ったって……せいぜい、物に変えられた時に体を動かせる程度。自分から魔法を使えたりするわけじゃない。

 だから狐のぬいぐるみにも最初の内に、これだけはちゃんと分からせておこう。

 私の命令は、絶対だということを。

 さて、と。私は改めて、びくびくと怯える犬のぬいぐるみの方を向く。

 今日は、どんな風に遊んであげようかしら?

「それじゃ、今から――」

 遊びはすぐに思いつく。そうだ、これにしよう。

 私は魔法で、紐にくくりつけられた角砂糖を出した。

「――十分間でこの砂糖を奪えたら、人間に戻してあげる」

 そう言いながら右手で紐を持ち、犬のぬいぐるみの頭上に角砂糖をぶらつかせる。

 だけど、反応はあまり芳しくなくて、ちょっと退屈。

「どうしたの? 戻りたくないのかしら?」

「そ、それは……」

 戻りたいに決まってるけど、私がいる手前はっきりとそう言えない犬のぬいぐるみはおどおどと曖昧に返事をした。まあ、ゲームが始めればこっちのものだ。

 さて、可哀想なかわいい犬のぬいぐるみは、見事角砂糖をゲットできるのかな? 

「さあ、始めるわよ。3、2、1――」

 カウントダウンが始まり、犬のぬいぐるみが真剣なまなざしで角砂糖を見上げる。そう、それで良いの。

「スタート」

 私の声に合わせて、テーブルの上の砂時計がひっくり返る。

「え、えいっ!」

 そして犬のぬいぐるみは、角砂糖に向かってジャンプをした。

「きゃっ!」

 だけど……ぽふん。伸ばした手は角砂糖にかすりもしないで、犬のぬいぐるみは尻餅をついてひっくり返ってしまう。

「ふふっ、真面目にやらないと駄目じゃない?」

「それっ、それっ……!」

 急かされる様に立ち上がった犬のぬいぐるみは、何度も何度も健気にジャンプをする。

 だけど、どんなに頑張っても私が操る角砂糖には届かない。出来るだけ手を伸ばしてみても、やわらかい体をばねの様にかがめてみても、絶対に。

「四つん這いになって飛んでみれば届くかもよ?」

「~!」

 そんなアドバイスに、犬のぬいぐるみは嫌々ながら地面に這いつくばった。

 ただのアドバイスのつもりなのにちゃんと言うことを聞いてくれるなんて、本当に良い子。

「とってもお似合いよ、ワンちゃん」

 頬杖を突きながらそんな愉快な様子を眺めていると、犬のぬいぐるみは更に身をかがめて。

「わうっ……!!!」

 思いっ切りジャンプした。

「あ」

 予想以上に犬のぬいぐるみは高く跳んで、危うく角砂糖に手が届きそうだった。

 私は咄嗟に角砂糖をかわす。危ない危ない。

「う、うおん……」

 すんでのところで避けられて悔しそうな犬のぬいぐるみは、諦めないで角砂糖に向かって飛びかかってくる。

「ほ~ら、こっちだよ~」

 右に左に角砂糖を動かす度に犬のぬいぐるみはテーブルの上を、あっちに行ったりこっちに行ったりしちゃってる。

 もしかしたら届くかもしれない、というギリギリの高さを攻めるのは難しいけれど面白い。時々本当に届きそうになったりするけど、別に約束を守らなきゃいけない訳ではないし。

「おかしいな、こんなのすぐにゲットできちゃうはずなのにな……折角人間に戻れるチャンスなのに……」

「う、うぐっ……」

 煽ってみると徐々に犬のぬいぐるみの顔が赤くなって、目に涙がたまっていく。 

 こんな表情、普通のぬいぐるみだったらまず見られない。

 だからぬいぐるみ化は、止められない。

 その後もひょいひょいっと角砂糖を操っていると――。

「あっ……わうっ!!」

 とうとう犬のぬいぐるみは机に引っかかって、こてんと前に転んでしまった。

「ほらほら、まだ時間は残ってるよ」

 だけど。犬のぬいぐるみは、転んだまま一歩も動かない。まだ五分も有るのに。

「どうしたの?」

 声を掛けても、ちっとも反応もしない。

「――もう、」

 そして、ようやく顔を上げたぬいぐるみは。

「もう、いや、だよお……!」

 テーブルにぺたんと膝をついて、とうとう泣き出してしまったのだった。

「ぬいぐるみなんてきらい、戻りたいよ、おうちに帰りたいよ、帰して、おうちに帰して……!」

 涙がテーブルの上を濡らしていく。それが犬のぬいぐるみのやわらかい肌にもしみ込んで、大きなしみになっちゃってる。

「ぐすっ、わ、わたし、何にも悪いことなんか、してないのに、ぬいぐるみになっちゃって、友達も、食べられちゃって……どうしてこんな目にあわないといけないの……!」

 あーあ、こんなに泣いちゃって。……。

「分かった。そんなに、ぬいぐるみは嫌?」

 私は角砂糖を自分の口に放って尋ねる。

「? えっ?」

「……今までいじめて、悪かったわ。まさか、あなたがそんなにぬいぐるみが嫌いだったなんて……」

「……」

 すると、犬のぬいぐるみの返事は無かったけれど、ほんのわずかに頷いたのが伝わった。

「そっか……」

 そっか。そんなにぬいぐるみが、嫌なんだ。それなら……。

「それなら、そんな生意気なぬいぐるみは、もういらない」

 そして私は、告げる。

「おかしにして、食べちゃうから」

 ぬいぐるみはぬいぐるみにならなきゃいけないのに、そんな簡単なことも分かってなかったみたい。物分かりの悪いおもちゃなんて、嫌。

「えっ、お、おかし……それって??」

 私の言葉を聞いてきょとんとしていた犬のぬいぐるみは、すぐに体を震わせ始めた。

 まさかとは思うけど、本気で人間に戻してくれるって考えてたの?

 そんなこと、するはずが無いのに……かわいい。

「た、食べられちゃう? 無くなっちゃう? 消えちゃう……?」

「だって、涙がしみ込んでるぬいぐるみなんて、嫌じゃない?」

 犬のぬいぐるみの湿った肌からは、ぽたりぽたりと水滴が垂れている。

「ご……ごめんなさい、ごめんなさい!!!」

「どうして謝るの? ぬいぐるみは嫌なんでしょう?」

「ぬいぐるみのままで良いですから……お菓子は止め――」

「遠慮しないで。どんなお菓子が良い?」

「ひいっ……あっ、あ……」

「あちゃー……」

 しょわわ……と、急に犬のぬいぐるみの股の部分が濡れてきて、軽く湯気が立つ。ああ、これは……。

「もしかして、おもらししちゃった?」

 これも魔法のぬいぐるみの不思議だ。もちろんおもらしも、ぬいぐるみに染みついちゃってて……あーあ、ばっちいなあ……。

「こ、これは、違うんです!」

「おもらししちゃう様な犬にはちゃんと、お仕置きもしないとね」 

「や、やだよ……やだっ!」

 ぱたぱたぱたと、犬のぬいぐるみが私とは反対側に逃げていく。狭い歩幅で一生懸命に。

「きゃっ!!」

 けれど、人差し指でしっぽを押さえると犬のぬいぐるみはあっさりと転んで。

 その隙に私は犬のぬいぐるみに、魔法を掛ける。

 煙が晴れて、犬のぬいぐるみの代わりにテーブルに現れたのは――。

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