第5話 この世で一番残酷な魔法
―――。
「よっと」
空中にこじ開けた、二つの世界を繋ぐ穴から地面に降り立つ。
目の前にはそびえ立つのは、無人の街中に有る、黒いレンガ造りの私の家。
どこからどう見ても黒、扉も壁も屋根も煙突も全部真っ黒だ。流石に窓はそうではないけれど。
こんな家でも、周囲からとやかく言われることは無い。だって、この町に住んでいた人達は全員とっくに、私が食べちゃったんだから。
手をかざせば、扉はひとりでに開いていく――ように見えるけど、実は高度な封印魔法が使われていて、人間が触ればすぐに変化魔法に掛けられて物になってしまうだろう。
玄関に入って、ブーツを脱ぐ。指を鳴らすと明かりが灯り、所狭しと家具や実験道具や植物が並べられたリビングが現れる。
あの戸棚も、絨毯も、コップも、お皿も、椅子も、テーブルも、全部全部人間から作った物だ。
我ながら、中々いいセンスをしてると思う。お茶会に誘える様な友達が居ないのが残念だけど。
「まあまあ、かしらね」
まだ、口の中に甘い味がする。
人間界の小学校の生徒全員で創ったショートケーキ。まるで最後の抵抗の様に、ほんのりと甘い香りと味が残っていた。
名前も知らないあの子達にはきっと、それぞれの輝く未来が有ったのだろう。
だけど。これまでにどんなに頑張っていたって、どんなに勉強が得意だって、どんなに運動が得意だって、どんなにかわいくておしゃれをしていたって、結局最後はみんな同じ。
私の魔法でみーんな一緒に、甘い甘いケーキになって食べられちゃう……。
「くすっ」
……なんて。想像すると、自然と可笑しくなってくる。
変化魔法は、この世で一番残酷な魔法だ。
これまでその人が何をしていたのか、何を考えていたのか、何をしようとしていたのか。
そんな全てを呑み込む、絶望の魔法。悪の魔法。
こんなに楽しい魔法を使わないなんて、馬鹿げてる。だから私はよく人間界に遊びに行き、人間を思いつくままに変えているのだ。
そんな私のことを人は、『悪の魔女』と言う。
悪。
なんて良い響きだろう。押しなべて全てを呑み込む、真っ黒な悪、悪、悪。
そう。私は悪だ。悪の魔女だ。そう言われ始めた頃から、人間を変えるのがもっともっと楽しくなっていった。
だから。もっともっと、震えて欲しい。もっともっと、慄いて欲しい。
次は何に変えようか。さっきは小学校だったから、次は中学校? 中学校だったら、少し大人びたショコラケーキとか? 今度はあえて助かる希望を抱かせてみてから、裏切ってみるとか? ビターな味わいがプラスされて良いかもしれない。
あれこれ思いを巡らせながら、フックにローブを掛けようとすると……。
「ん」
ポケットのふくらみに気が付く。ああ、そっか。すっかり忘れてた。
「ほら、出てきなさい」
私はポケットの封印を解いて、その中から狐の獣人のぬいぐるみを引っ張り出す。
「ぷはあっ……! けほっ、けほっ!」
ポケットの中で息が詰まっていたのか、狐のぬいぐるみは小さく咳き込んだ。良かった、ちゃんと動けてるみたい。私の目利きは間違ってなかったらしい。
「ここは、どこ?」
いきなり外に出されて眩しかったのか、短く太い腕でごしごしと目元をこする狐。
「ここ? 私の家」
「ひっ……」
掴んでいた胴体ごとこっちに向けて顔を近づけると、ぬいぐるみはびくびく体を震わせる。
「来なさい」
そして私は狐のぬいぐるみを連れて、隣の部屋のドアを開ける。
その部屋には椅子がいくつかと、テーブルが置いてあって。人形に木馬にスライムに、棚には沢山のおもちゃが並べられている。
ここは、『おもちゃの部屋』だ。
別に私はおもちゃは子供っぽくて好きじゃない……というか、人間というおもちゃが有るから、普通のおもちゃなんかいらない。
ただ、小さい子供をおもちゃに変えると良い物が仕上がることが多いから、実験の成果としてここに置いてるだけだ。
この部屋の中で私が興味の有るおもちゃは、ただ一種だけ。
それは、このおもちゃの部屋で一番大きな、赤い屋根のおもちゃ箱に住んでいる――。
「お、おかえりなさい、ごしゅじんさま……」
テーブルの上に二足歩行で立ち、横一列に並んでお辞儀をするのは、人間と動物の中間の生き物――ケモノの形をした、七つのぬいぐるみ達。