第4話 逃げなきゃ!
に、逃げ、逃げ、なきゃ!
わたしは思いっ切り力をこめて、ぷるぷるといちごの体を震わせながら、たっぷりのスポンジと生クリームをかき分けながら。
「甘くて、紅茶とよく合うわ」
と、外からベルの声。ベルはもう、ケーキを食べ始めているんだ!
もっともっとがんばらないと、ぱくっと食べられちゃう……!
「う、ううっ……」
やだ、体じゅうが、べたべたするよ~! それに、甘ったるすぎるよお……。
ショートケーキは大好きだったはずなのに、全然おいしくないよお、嬉しくない……。
それに今わたし、みんなのことを食べちゃってる……ごめんなさい、ごめんなさい!
生クリームとスポンジが、体中にまとわりついてくる。いちごの体にたっぷりクリームがしみ込んで、きっとわたしも、どんどん甘くなっちゃってるんだ。おいしいいちごになってきてるんだ……!
「うんしょ、よいしょ……!」
泣きながら必死に進んでいくと、だんだんと目の前が明るくなってくる。
あとちょっとだ!
わたしは全力で体をくねらせて震わせて、前に、前に、前に、進んでいく。
そして――。
ぽろっ。
急に体が軽くなる。そして、ぽむっと白いお皿に落っこちた。
だけど、体は痛くない。
見上げてれば、横側にほんのちょっと穴が開いたケーキと……その奥にはティーカップで紅茶を飲むベルが見えた。体がちっちゃくなったからか、どっちもとても大きく見える。
「もう一口」
ベルがカップを置いて、フォークに手を伸ばす。
このままだと、見つかっちゃう!
わたしは急いで、ピンク色の包み紙の下にすべりこんで隠れた。
気付かれちゃ、ダメだ。震える体をどうにか抑えて、じっと待つ。
ケーキにベルのフォークが刺さって、あっという間に切り分けられる。
そして、フォークを突き立てられると――。
「あ~ん」
あっという間に持ち上げられて、ベルの口の中に消えて行った。
ごくん。と、呑み込んじゃったら、またもう一口。ケーキはもう、半分もなくなっていて。さっきまでわたしが居た場所も、ベルのおなかの中に消えていた。
あのままあそこにいたら、きっと、今ごろ……想像なんかしたくなかった。
ベルは一口、もう一口とケーキを食べていく。ああ、みんなが、ベルに食べられちゃってる。
こんなひどいことをするなんて、許せない。みんなをすぐに、返して!
泣きたいし、叫びたい。だけど、ベルに見つからない様に、がまんするしかなかった。
そして――ぱくん。最後の一口を食べ終えたベルは、満足そうに口元をハンカチで拭う。
「まあまあおいしかったわね。でも、やっぱり小学生だと甘くなり過ぎたかしら?」
何でもないことの様に、あっさりと言うベル。みんなを ケーキにして食べちゃったのに、何も感じていないなんて。許せない。許せない!!
「この学校は食べつくしちゃったから、おうちに帰ろーっと」
そしてベルは立ち上がると、窓を開けて一歩踏み出して。そのままふっと姿を消した。
結局、わたしのことには気づかなかったみたい。
だけど、ちっとも嬉しくなんてなかった。だって、みんな、みんな、食べられちゃったんだ。あんな変な魔法で、あっという間に。
ひとまず助かったのは、なこちゃんと、わたしだけだった。
そうだ……なこちゃん。なこちゃんを、なこちゃんだけでも助けたい。ぬいぐるみにされちゃったなこちゃんを、ベルから解放してあげたい!
だけど、わたしは、いちごになっちゃったんだ。人間からいちごになったんだから、その逆もきっとできるはず。
でもそんなの、どんなおまじないの本にも占いの本にも書いてなかった。戻れないのなら、なこちゃんも助けられない。
このままわたし、ずっとイチゴのままなの……??
「ふ、ふええ……」
ぷるぷると、包み紙の下の体が震える。
そうだ、わたし一人じゃ、もう、何にもできないんだ。
だって、ただのいちごなんだ、人間じゃないんだ。
助けて。誰か助けて! あの悪い魔女をやっつけて! なこちゃんを、助けて!
叫んでも叫んでも返事なんか無くて。
とうとう、声が枯れそうになった、その時。教室のドアが開く。
「ここから、声がした様な気がするけど――」
そして、入ってきた女の子に、わたしはびっくりする。
だ、だって、その人はわたしもよく知っている人で、だけど会えるはずの無い人だったから。
「こ、こんなことをするなんて、ひどい……」
そしてその人は、青いくつとぱたぱたと鳴らしながら、銀髪のツインテールを揺らしながら、空っぽになったお皿と包み紙とわたしの乗る机に、やって来た。
「わたしを呼んでくれたのは、あなた……?」
そしてその人は、ぱちぱちと瞬きをしながら、おずおずと尋ねる。
「えっ、え?」
だけどすぐに返事ができない。だってその人は、テレビで見るのと全く同じで――。
「わたしは魔法少女リルハ。どうしたの? この学校に、何が有ったの……??」