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最終話 悪とイチゴとケモぬいと

「うん。いちごになったすうちゃん、とても甘かったよ!」

「!」

 そんなリルハちゃんの言葉。本当に、リルハちゃんが、ベルじゃなくてリルハちゃんが、すうちゃんのことを食べちゃった……?!

「いちごのすうちゃん、もっと甘くなる様に口の中でぷるぷる震えてくれて、とっても嬉しかったな~! 生クリームがたっぷりとしみ込んでてね~」

「た、食べられちゃっても、すうちゃんは元に戻る、よね??」

「?? ううん。私の魔法だと、食べちゃったらもう戻せないけど……どうして?」

 えっ……す、すうちゃんは、食べられちゃったの?? いちごのまま、リルハちゃんに食べられちゃって、もう戻れない? なんで、なんで?

「り、リルハちゃん、どうして、すうちゃんを、食べちゃったの?」

「だって、すうちゃんとっても、おいしそうだったから……」

「で、でも、正義の魔法少女のリルハちゃんは、そんなことしないはず……」

「う、うーんと……なこちゃんはどうして、そう思うのかな?」

「え、それは……リルハちゃんは正義の魔法少女だから、ベルを倒してくれたんだよね?」

「うん。みんなにあんなにひどいことをするなんて、本当に悪い魔女だったね……」

「それなら、ベルに変えられちゃった人達も、元に戻してくれるんじゃ……」

 ベルは、悪の魔女だった。だから、人間を魔法で物に変えるっていう、悪いことばっかりしていた。

 だけど、リルハちゃんは、みんなの味方の正義の魔法少女なのに。どうして、ベルと同じことをしたの……??

「……?」

 するとリルハちゃんは、不思議そうに首を傾げて瞬きをして。

「どうして? ベルのことはもう、やっつけたんだよ?」

 リルハちゃんはぴらっとスカートをめくって、ピンクのパンツになったベルを確かめた。

「いつもアニメでやってるみたいに、ベルみたいなとっても悪い人をこらしめるのが、正義の魔法少女リルハのお仕事なんだ」

「う、うん。だから、リルハちゃんは悪い人に困らされた、みんなのことを助けてくれるよね……?」

「えっ、ううん。がんばれば人間に戻せるかもしれないけど……そんなこと、しないよ……?」

 リルハちゃんはじっとわたしたちのことを見た。困った様に照れてる様に笑ってる、アニメでよく見るかわいいリルハちゃんなのに。

 それはとても、冷たい表情だった。

 戻せるのに戻せないなんて、どうして どうして、そんなこと言うの、リルハちゃん……?!

「あ、アニメのリルハちゃんは困ってたり、悲しんでる人を助けてる、けど……」

 と、リスのぬいぐるみの子が恐る恐る質問する。

「正義の魔法少女は、ベルと、反対のことをしてくれるんじゃ……?」

 と、羊のぬいぐるみの子も、かたかたと震えながら言った。

「えっと、うーんと……」

 リルハちゃんは口元に人差し指を当てて、考える仕草をする。

「あっ、そうだ。例えばね――」

 そしてリルハちゃんはぽんと両手を合わせて。優しい口調のまま語る。

「ベルは今まで、十万の人間を変えちゃったって言っていたよね」

 そしてリルハちゃんは部屋を見回して、つぶやいた。

「学校のみんなを一気に食べちゃうなんて、恐ろしい魔女だったね……」

 リルハちゃんは哀しそうな顔をする。それは心から悲しんでるみたいで、余計に分からなくなった。

「きっと、ベルをやっつけなかったら、もっと沢山の人達がひどい目に有っていたと思う。だからリルハはその、ベルにやられる運命だった人達を助けた」

 そしてリルハちゃんは、伺う様にわたしたちに尋ねた。

「これは……いいこと、だよね?」

 わたしたちはみんな、だまってうなずいた。声も表情も、いつものリルハちゃんと変わらないのに、どうしてこんなに怖いんだろう……?

「良かった! そうだよね!」

 リルハちゃんは嬉しそうに声を弾ませて、こう続けた。

「それでね、みんなの学校でも、私のアニメのおはなしでもそうだと思うけど、良いことをした良い子には、ごほうびが有るよね……?」

 う、うん、リルハちゃんは、全然おかしいことを言ってない、はず……? 

 だってリルハちゃんのアニメでは良いことをしたキャラクターには、ちゃんと良いことが起こっている。

 だから、わたしたちはまた、頷いた。

「それとは反対に、悪いことをした悪い子には、悪いことが起こる。だから、ベルはパンツに変えられちゃったんだ。悪い子のベルをやっつけたのも、良いことだよね……?」

 それも、本当だ。リルハちゃんのアニメに時々出てくる悪い怪人――シャドウラグーンも、ティラノルトンも、ギャオランドも、悪いことをしたからリルハちゃんにこらしめられて、やっつけられたんだ。

 またまたわたしたちがうなずくのを見て、リルハちゃんが嬉しそうに家の中を見回した。

「だからね――ベルが作ったこの家やお洋服やおかしやおもちゃは、良いことをしたリルハのごほうびなんだ。人間を物に変えちゃう、悪いことをした悪の魔女を、やっつけたから!」

 リルハちゃんは、何にも間違ったことを言ってない。なのに、どうして、ちょっとおかしく聞こえるんだろう??

「あっ、もちろん、ぬいぐるみさんたちもリルハのお友達だよ!」

 リルハちゃんはわたしたちの頭をそっと撫でた。ぎゅっといきなり掴む様な、ベルのらんぼうな手付きとは全然違う。

 でも、どうしてだろう。リルハちゃんのはずなのに、怖い、怖い、怖いよ……!

「で、でも……リルハちゃん」

 多分、逆らっちゃダメなのに。わたしは勇気を出して、小さな声でリルハちゃんに言った。

「人間を物に変えちゃうのが、いけないことなら……人間で作った物を使っちゃうのも、あんまり良くないことじゃ、ないかな……?」

 そうだ、これじゃベルと同じだ。

 でも、リルハちゃんがベルとおんなじことをするなんて、ちっとも考えられない。

 大好きな、憧れのリルハちゃんなら、きっと願いが伝わるはず……!

「大丈夫、リルハは悪い子のベルにしか変化魔法を使ってないよ? 人を物に変えちゃうのは、本当にほんとにいけないことだから」

 するとリルハちゃんは、おかしそうにくすくす笑って。

「だけど――」

 裏表のない口調で、こう言った。

「――変化魔法で作った物を使うのは、別に悪いことじゃないんだよ? だって、それはもう『人間』じゃなくて、『物』だもん。食べ物を食べないのはおかしいし、お洋服を着ないのはおかしいし、おもちゃで遊ばないのはおかしいよ……??」

「あっ……」

 リルハちゃんは、何を言っているんだろう……? 

 もう何にも分からない。良い子? 悪い子? 良いこと? 悪いこと? 変化魔法は悪いこと? 良いこと? 正義の魔法少女のリルハちゃんは良い子? それとも……?

 声が、出てこない。ただ、体が震える。

 そしてリルハちゃんはいすに座って、ぷに、とわたしの狐の高い鼻をつついた。

「えへ。これからよろしくね、みんな!」

「は、はい……」

 震えながらわたしたちは返事をする。

 一つだけ分かることは……リルハちゃんは、わたしたちのことを、人間だなんて思ってない。

 ただのぬいぐるみだって、思ってるんだ。

 すうちゃんのことも、ただのいちごだとしか思ってなかったんだ。

 そっか、わたしたちはただのぬいぐるみなんだ、もう人間じゃないんだ……。

 憧れのリルハちゃんが、助けに来てくれたのに。どうして、こんなことになったんだろう……?

 折角、リルハちゃんと会えたのに、リルハちゃんとおはなしができたのに、リルハちゃんが助けてくれたのに。

 大好きなリルハちゃんが、どうして、どうして……??

 ぽろぽろと涙が出てくる。他のぬいぐるみたちも、こらえられないで静かに泣いていた。

「わわっ、泣いて喜んでくれるなんて、嬉しい……!」

 ちゅっ。と、リルハちゃんはみんなのほっぺたに優しくキスをする。

「みんな、ありがとう」

 きっともう、助けは来ない。

 だって、リルハちゃんはベルをやっつけてほしい、ベルから解放して欲しいっていう願いをかなえたのだから。

 リルハちゃんは、良いことをしたのだから。リルハちゃんは、正義の魔法少女だから……。

「これでやっつけた悪い子は……うん、百人目だね。もっともっと、がんばらなきゃ!」

 おもちゃの部屋のリルハちゃんはがんばるぞ、と張り切って右手を挙げて。それからわたしたちの方を振り返って。

「まずはみんなに、かわいいお洋服を作ってあげるからね。悪い子はどこにいるんだろう? 待っててね!」

 そしてにこりと優しく明るく笑って、部屋から出て行った。

 その表情はなこちゃんや、わたしや、みんなが大好きなリルハちゃんとは全然違う。

 リルハちゃんは、敵の怪人よりも、そして、ベルよりもずっと、ずっと、悪魔みたいだった。

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