第1話 魔法少女のうわさ
「おはよう、すうちゃん」
朝、曲がり角で待っていると今日もなこちゃんが話しかけてくれる。
「おはよ~、なこちゃん!」
わたしは明るくなこちゃんにあいさつを返す。
するとなこちゃんはにこっとして、ちょっと安心した様に表情をゆるめた。
こげ茶色のふわっとした長い髪のなこちゃんは、ちょっぴり怖がりで、だけどとっても優しいわたしの友達だ。
「ねえねえ、昨日のリルハちゃん、見た?」
というなこちゃんの言葉に、わたしはすぐにうなずいた。
「うんうん! 凄かったよね~! リルハちゃんの魔法!」
『魔法少女マジカルリルハ』は水曜日の夕方にやってるアニメで、魔法少女のリルハちゃんが、みんなの困っていることを解決していくストーリー。
普段はリルハちゃんは魔法界で平和に暮らしているんだけど、みんなが住む普通の世界の願いを聞くと、すぐに助けにやってきてくれる。
水色のパステルカラーで彩られたフリルたっぷりのコスチューム、胸元の大きな白いリボン、つま先が丸い青のくつ、きれいな銀髪の長めのツインテール。
まだまだ魔法使いとしては見習いだけど、優しくて健気でみんなのことを思いやっていて、それにとってもかわいいリルハちゃんは今、女の子の間で大流行しているんだ。
もちろん、わたしも、なこちゃんも大好き!
「凄かったよね~悪の怪人、シャドウラグーン」
テンションが上がっていると、おしゃべり好きなまなちゃんが横からひょいっと顔を出す。
「世界中を海に沈めようとするなんて……なんて恐ろしい野望……」
それからいつもクールなしのちゃんも加わって、今日は四人で登校することにした。
太陽さんさん、今日もとっても良い天気。
ちょっと暑くもあるけれど、半そでだから風が当たってひんやりして気持ちいい。
にぎやかな通学路には、私たち以外にも沢山の生徒達が歩いていた。
「でもさー、世界中を海にするってちょっと無理なんじゃない?」
と、まなちゃんが正直すぎることを言う。
先週はシャチ型の悪の怪人シャドウラグーンが、自分の好きな海を広げるために天気を操ってあっちこっちに大雨を降らせてみんなを困らせるお話だった。
うーん、でも、確かに、そうかも。
「う、うん。それに、シャドウラグーンがすぐに悪役だって、分かっちゃったよね……。もうちょっとごまかせなかったのかな……?」
と、なこちゃんも珍しく突っ込みを入れる。
全身真っ黒で角や牙も生やしてるシャドウラグーン。
人間に変身して天文台の人をだます時も、見るからに目つきの悪い男の人の外見だった。
「脚本は良いとしても……キャラデザが一歩及ばず……」
なんて言いながらも、にやっと不敵に笑うしのちゃん。
……うん、今のしのちゃんの方がよっぽど悪役っぽいよ~とは、言わないでおこうかな。
「確かに、私が悪役ならもっと、気付かれない様な格好をするかな」
思ったことを言ってみる。そうだ。今週のシャドウラグーンも、この間のティラノルトンも、二か月ぐらい前に出てきたギャオランドも美しくもかわいくもなくて、怪人じゃなくて人間に化けている時から見るからに悪そうだったもん。
きっとそんなの、違うんじゃないのかな。
「でも、お話の中だとそういうのって、分かりやすい方が良いのかも」
「ふええ……ちょっと難しいよ、すうちゃん……」
話を聞いている内になこちゃんは困っちゃったみたいで、しどろもどろになっている。
「すうちゃんは頭良いからね~ほんと、うらやましい……」
運動は得意だけど勉強は苦手なまなちゃんも、がっくしと肩を落とす。
「品行方正……廊下を走らない……宿題を忘れない……理想の優等生……」
なんてしのちゃんも言いながら暗い顔をした。
あ、きっと宿題を忘れてきちゃったんだろうな……。
「えー、そんなことないよ~」
なんて言いながらも、心の中でにやっとするわたしがいる。
さっきの話とおんなじだ。みんなから見て、わたしは良い子に見えるらしいんだけど……でも、本当はそんなにそうじゃない。
でもそのことに、先生たちも友達もみんな気付いてないんだ。
「ねえねえ、リルハちゃんと言えば、うわさで聞いた話なんだけど――」
ずっと良い子でいるのなんか、疲れちゃった。だから、三年生になった今年からは、悪いこともちょっとずつするようにしている。ちょうど、今みたいに。
「えっ、何、何?」
と、うわさ好きのまなちゃんが早速返事をする。
「気になるところ……すごく」
と、オカルト好きなしのちゃんも興味を持ってくれた。
「こ、怖いよ、すうちゃん……」
なこちゃんは怖がりだから、こういう話は苦手で、きょろきょろ辺りを見回してるけど、結局お話を聞くことにはしているみたい。
大丈夫、なこちゃん、今日のお話はそんなに怖くないよ。
そしてわたしは語り出す。わざと、三人だけじゃなくて周りの子にも聞こえる様な声で。大声じゃないけど、よく通る声の調子で。
「リルハちゃんは、困っている人の願いを感じ取って、人間界にやってきてくれるよね」
リルハちゃんは生まれつき、遠くの人の想いや願いを読み取れる力を持っている。
だから助けを求めなくても、リルハちゃんは毎回ちゃんと困った人のところに駆けつけてくれる。
「でもね、現実でリルハちゃんを呼ぼうとしたら、そんなに上手くはいかない。だから――『これ』を使うの」
そしてわたしは右手の親指と小指を立てて、耳元に当てる。『電話』のジェスチャーだ。
「現実世界でわたしたちが困った時も、とある電話番号にかけて強くお願いをすると、リルハちゃんが本当に、助けに来てくれるんだって」
「まさか、そんなのうそに決まってるよ~」
すぐにまなちゃんが突っ込みを入れてくる。
うん。確かにここまでならきっと、うそとしか思えないし、ちっとも怖くないよね。
だからわたしも明るい表情を作る。
「うん。もちろん、このうわさにはからくりが有って――困った時に本当に、リルハちゃんが助けに来てくれる訳じゃないの」
「そっか……」
と、ちょっぴり残念そうにぽつりと呟くなこちゃん。リルハちゃんが本当にいたらな……と、わたしも思う。
「実は、十年ほど前の夏……丁度この季節に、今リルハちゃんを放送しているテレビ局が、あるイベントをしていたんだって」
だけど、このお話はここでおしまいじゃなくって。
「どうやらそれは、とある番号に電話をすると、その時流行っていた色んなアニメのキャラクター達とお話ができるイベントだったらしいんだ」
ここからが本番だ。わたしはじっくりと、言葉を選びながら話していく。
「ちょっと前に、たまたまそれを知った女の子が何となく電話してみたら……今でもつながったんだって。リルハちゃんと」
「「「…………」」」
三人は時々うなずきながら、真面目な顔をして聞いてくれている。
もうちょっと、最後まで気を抜かずに……。
「それで、その女の子がリルハちゃんに願いを伝えてみたんだ。そしたら――」
そしてわたしは笑顔になって、うきうきと明るい声を出した。
「リルハちゃんには会えなかったけど、その願い事は本当に叶ったんだって!」
そして最後にオチとして、こんな言葉を付け加える。
「つまりそれは、願いを叶えてくれる、魔法の番号だったのかもしれないね」
わたしはふうっと息をついて。これで、今日のお話はおしまいだ。
「……検証の予知、有り」
と、こういう話が大好きなしのちゃんがきらきらと目を輝かせる。
「うん、本当に願いが叶うなんて、素敵」
と、まなちゃんも続きが気になっている様でほっとした。
「リルハちゃんと、おはなしができるだけでも楽しそう……!」
怖い話だとばっかり思っていたからか、なこちゃんはほっとしているみたいだし本当に嬉しそうだった。
映画も全部見に行ってるしグッズも沢山持ってるなこちゃんはわたしたちの中でも、ううん、きっと学校の中でも一番ぐらいにリルハちゃんのことが好きなんだ。
それにしても、こんなに喜んでくれるなんて……わたしはみんなに心の中でごめんねをする。
「でもこれ、ただのうわさだよ」
と、一応言っておこう。そう、願いを叶えてくれるリルハちゃんの電話番号なんてただのうわさ。
ううん。それどころか……。
「それでそれで、その電話番号は?」
「……早速、かけよう」
「うん、うん……!」
と、尋ねられるけれど、わたしは首を横に振って謝った。
「ごめんね、くわしい番号までは知らないかな」
「「「え~」」」
がっくりとする三人に、もう一回心の中でごめんねをする。
だって……本当に知らないんだもん。
この話は、わたしが勝手に作ったものだから。
テレビ局のイベントも、リルハちゃんとのお話も、願いが叶った女の子も、全部、全部。
そう、わたしが時々やってる悪いこと。
それは、自分で考えた作り話を学校中に広めることだ。
今日はたまたま楽しい話だったけど、普段は怖い話が多いかもしれない。
自慢じゃないけど学校の七不思議の内五つはわたしが考えたおはなしがきっかけだったり。
広めるって言っても、わたしはそんなに何回も言いふらしたりはしない。ただ、気付けばあっという間に広まっているから面白いんだ。
それに広めるのは誰かの悪口じゃなくて、お化けとか幽霊とか、本当にはなさそうな話ばかり。
だから別に、止めなくても問題ないよね。
悪いことと言っても、何かを壊したりするんじゃなくって。こうやってこそっと悪いことをしてるのが、一番楽しい気がする。
今日のうわさ話は、いつまでには学校中に広がってるかな?
まなちゃんやしのちゃんやなこちゃんや、周りの子達もちゃんと聞いてくれてたし反応も良かったから、きっとすぐにでも広まってるはずだ。楽しみだな……!
そして、給食が終わった後のお昼休み。
「ねえねえ、知ってる? リルハちゃんの電話!」「うんうん! 誰もいないはずなのに返事が有るんでしょう?」「何だか三十年ぐらい前から使われてない番号なんだって!」「何番だか分からないの?」「えっとね、確か――」
リルハちゃんの人気はすごい。あっという間にクラス中にこんな話が広まってて。
くすっ、とわたしは心の中で小さく笑う。
試しに、学校中をふらっと歩き回ってみる。
聞こえてくるのは同じ話。リルハちゃんの電話のこと。
それは時々他の魔法少女になってたり、ヒーローになってたり、アニメじゃなくて漫画のキャラクターになってたり、色んなバリエーションになってるけど、『願いを叶えてくれる』っていう部分は同じで。
つまりこれ全部、わたしのおはなしがきっかけだったんだ。
リルハちゃんが相手じゃなくなって、誰との電話か分からなくなっちゃってたりするのが残念だけど。
でも。悪いことしちゃった! って、とっても楽しくなってくる。
ああ、ああ、わたし、悪いことしちゃった悪い子なんだ!
あっという間にチャイムが鳴って、教室の自分の席に座った。
だけどみんなはただ座っているだけで、やっぱりリルハちゃんのうわさなんかを話してる。リルハちゃんが願いを叶えてくれる、困った人を助けてくれる電話番号。
でもまあ、それが本当に有るのなら、面白いんだけどな……。
あっ、でも、本当に誰かにつながって迷惑が掛かちゃったらマズいから、電話番号だけは本当に無い番号を広めた方が良いよね。
やっちゃったな、って思いながらわたしは、ランドセルからこっそりと携帯電話を取り出した。
本当はいけないんだけど、持ってきていじっちゃうのが悪い子だ。先生もまだ来てないし、良いよね。
ダイヤルをかける画面を表示して、ポチポチと絶対に無さそうな何十けたの長い番号を打ち込んでみた。
うーん、でも、これだと、明らかにうそだって分かっちゃうから面白くないなあ。いっそのこと、その番号は誰も知らないっていうことにしちゃうとか? 『♯』も番号に入れてみたらつながらなくなるだろうし、不思議そうで良いかな。
悩みながらダイヤルを打ちこんでは戻して考えていると。
教室のドアが開く音。
いけない、先生だ!
慌てて机の中に携帯をしまって顔を上げると。
「えっ?」
しーんと、静まり返る教室。だって教室に入ってきたのは担任の、ののか先生じゃなかった。
誰、だろう。
十八才、ぐらいかな。
小麦色の肌のそのお姉さんの、縛っていないとても長い髪の色は真珠やプラチナの様にきれいな白めの金髪で。
顔もとっても美人でかわいくて、まるでアニメのキャラみたい。
だけど、どうしてだろう。とってもきれいな人なのに、ちょっとだけ、怖い……。
そのお姉さんは、半袖の白い服の上に黒いローブを着ている。
そして長くて黒い手袋をはめて、黒いブーツをはいている。頭の上には、まるで魔女がかぶる様な大きな三角帽子。
そして一番変わっているのが、長くてとがった、お姉さんの耳だ。リルハちゃんにも確か、こんな耳の人が出てきたことがあった。えるふ、って言ったっけ?
「ふうん」
と小さく呟くと、お姉さんは先生の机に座って、持っていた棒付きのペロペロキャンディーをなめ始める。
だ、誰なんだろう……この人。
ののか先生が具合が悪くなっちゃったから、代わりの先生?
ううん、そうじゃないよね。だって、一度も学校で見たこと無い人だもん。
みんなも同じく不思議に思ったらしく、そのお姉さんに注目している。
「あ、あの」
勇気のあるまなちゃんが、恐る恐る手を挙げる。
「……」
だけど女の子はまなちゃんを気にせずに、キャンディーをなめ続けてる。
「あなたは、誰ですか? 先生はどこに――」
「――うるさい」
ちらっ。と、お姉さんがまなちゃんの方を見て、ひゅっと指を振った。すると。
「きゃっ!」
ぽんっ! とまなちゃんが煙に包まれる。そして、まなちゃんの机に現れたのは。
「キャンディー……?」
そう、キャンディー。
今、女の人がなめているペロペロキャンディーを同じもの。
えっ、でも、まなちゃんは? まなちゃんはどこに行っちゃったの?
「先生? ああ、あの間抜けな女のことか……くくっ。それはね」
そして女の人はにやっと笑うと、黒いブーツののかかとをかつかつと響かせながら、まなちゃんの机の上のキャンディーに近づいて。
「あなたと同じ、キャンディーに変えたの――って、聞いてないか」
キャンディーを持ち上げて、ぺろり、となめたのだった。
えっ? キャンディーに変えたって、先生のことを? それに、まなちゃんもキャンディーに?? でも、人間がキャンディーになっちゃうなんて、きっと冗談だよね。
「ま、まなちゃんは、どこに……」
どこからともなく、そんな声が聞こえてくる。
「だから、見てたでしょう? あなた達を守ろうとして私に歯向かった間抜けな先生と」
すると、あっという間に二つのキャンディーをなめ終わったお姉さんは呆れる様に答えた。
「さっきの女の子も魔法で、キャンディーになったんだって」
そしてお姉さんはキャンディーのカラフルな棒をぽいっと投げ捨てた。
しーん。と、静まり返る教室。マジックやドッキリカメラだったら、そろそろ先生とまなちゃんが戻ってきても良いころなのに……いつまでたっても、二人は帰ってこない。
……え? もしかして、これって、二人とも本当に――。
「きゃ、きゃあああっ!」
教室中に響き渡る叫び声。