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第五話 「鉄槌」

 




 次の日、シートが外されていた。


 小人たちが「こんな膜なんて張って、タチの悪いイタズラをする奴もいるものだ」という旨の話をしているのを聞いた。



 数人が集まって、深刻そうな顔をしていた。興味深い反応だったので、僕も小人たちの談話に混ざって話を聞くことにした。


「何か、あったんですか?」

 と、僕は聞いた。



「ああ、実はな、昨日、一晩でこんな膜を我々の神殿の前に垂れ下げた連中がいるのだよ。


 なんの目的かは知らないが、たった一晩でこんな大仰なイタズラをする理由も見つからないし、犯人はおそらく一人二人ではないだろう。組織が絡んでいるのかもしれない」



 僕は吹き出しそうになった。

 真剣に語る小人の姿が非常に滑稽だった。


 こんなにも小さい小人が小さい頭脳で考えられることにはやはり限界があるらしかった。


 この布の犯人は実は僕で、その動機は親から小人の存在を隠したかったからである。


 この真実を彼らに伝えても、多分彼らは理解できないのではないだろうかと思った。


 ここで今、僕が真実を伝えてもいいのだが、そうすると面倒くさくなりそうなので、やめておいた。


 布を彼らが外して、深刻な話し合いをしていたのだよ、とカオリさんにラインで報告をして、僕は学校へ向かった。


 通学途中でカオリさんに偶然会った。僕たちは並んで歩いて小人について、いろいろ話し合った。布の件や、文明の発展段階の件について僕は彼女に報告した。



「それでさ、神様になったはいいけど、何をすればいいんだろうね?」


 と、僕が疑問を彼女にぶつけると、彼女は明快な表情で答えてくれた。




「あのね、ケンジくん。神様だからって、何かをしようなんて思わなくてもいいの。


 私たちはあの文明の、本質的な神様なの。だって、そのことをもう私たちは知っているでしょ?


 私たちは人間の世界に生きていて、彼らは小人の世界で生きている。人間の私たちが小人の世界に干渉すれば、もうそれだけで神様なの。


 だって次元が違うところに住んでいるから。


 それに、なにかあれば簡単に小人を殺しちゃうことだってできるでしょ? それなりに力だって持っている。これって素晴らしいことだと思わない? 胸が躍るよね」




 と、彼女は言う。

 その勢いの良さに僕はいささか驚いたが、確かにその通りだとも思った。



 僕らは本質的にあの文明の神であるのだ。その事実は決して揺らぐことがない真実なのだ。



 学校に到着して、授業を受けている最中も、どうしても小人のことが頭から離れなかった。



 僕が学校から帰ったとき、あの文明はどれくらい発展しているのか気になった。どれくらい頭が良くなっているのか、という懸念もあった。



 彼らの頭がめちゃくちゃ良くなっていたら、多分、神様である僕は、僕を神様たらしめている頭の良さというアイデンティティーを失うことになる。


 その不安が大きな黒い塊となって僕の胸の中に渦巻くから、僕はぜんぜん授業に集中することができなかった。


 休み時間にカオリさんに、その不安を打ち明けた。あの文明がもし高度な知能を手に入れて、僕らが叶わない存在になってしまったら、僕は神様としての地位を失うんじゃないかと彼女に伝えた。すると彼女は少し黙り込んだ。



「ごめん。それは考えていなかったな」

 と考え込んでしまった。


「でも、その時はその時でしょ」


 明るい表情を浮かべる彼女を見て、僕はそれでも良いのか、と思った。


 彼女は神様としての地位を失うことを恐れてはいないのだ、と不思議に思った。


 けれども、彼女のそんな余裕の表情は、僕を大いに安心させるものだった。


「ああ。そうだね」


 行き道と同じように、帰り道も彼女と一緒に歩いて帰った。カオリさんは、僕の部屋に現れた文明がどの程度、進んだのかを確認したいようだった。ので、僕の家に来ることになった。




 僕たちは家に着いた。部屋のドアを開けた。

 小人が神殿を完成させていた。



 その神殿は高さが三十センチくらいで、半径が五センチくらいで円錐の形をしていた。


 その完成度には目を見張るものがあった。人間が作る模型としてもかなり優秀なものであったから、僕はしばらく神殿を鑑賞していた。



「ああ、あんたらか、もう神殿完成しちまったからな。やることねぇべよ。どうすんだ食い扶ちよぉ。飢え死んでも知らねぇべよ。オオ様にそうだんすんべがぁ」


 声がした。

 五十代くらいの汚らしい恰好をしたオジサンの小人が、そこにいた。彼は僕らのことを哀れな目で見ていた。


 神殿が完成し、ワイワイガヤガヤと騒いでる小人たちの姿があったから、もしかしたらこのオジサン小人は、僕らのことを心配してくれているのかも知れなかった。


「うん。どうやら、神殿は公共事業の目的があったようね」

 と、カオリさんが言った。


「なるほど」

 と、僕は頷いた。


 するとこの神殿には、そのオオ様という人物が一人いて、そいつは、この文明を統治している王のような人物なのだろう。


 神殿は公共事業のために作っていたもので、仕事が小人に与えられるとそれに応じて食い物か、あるいは金銭的なものが給与として与えられる。


 ならば、と僕は思考を働かせる。


 ならばこの神殿を破壊したらどうなるだろうか。


 文明が築き上げてきたこの巨大で神聖な神殿を、たった一人がその生身の手で、がんっ、とブチ壊したら。彼らは驚くに違いない。



 想像したら笑いがこみ上げた来たので、その旨をカオリさんに伝えた。彼女は笑っていた。


「いいんじゃない?」


 と、言った。

 僕は、神殿の破壊を実行しようと決意した。


「皆の衆、よく聞き給え」


 僕が大きな声で言うと、小人たちは白い目で僕のことをみた。

「今から、私の力を見せつける。あの神殿をブチ壊すのだ!」



 と言った。


 小人たちは、僕のことをまるで頭の狂った酔狂を眺めるかのような表情で見ている。


 それもそのはずだ。

 僕は、この文明の神様なのだから。



「お前さん。気でも狂ったんとちゃうか。そんなことオオ様に聞こえたら死罪だよぉ。やめときそんな不謹慎なこと言うのは」



 オジサンは丁寧に僕に忠告している。

 僕の胸は高鳴った。



 幸運にも神殿は軽いコルクのような材料で作られていて、接着部分には液体のりが付着して、渇くのにはまだ時間がかかりそうだったので、壊すのはほんとうに簡単だろうと推測した。


「冗談ではない。実際にだ。実際に、私は今からこの神殿をブチ壊すのだ。素手で」


「やれるもんなら、やってみぃって話しさ。あんなに大きな神殿が、あんたのチカラだけで壊せる訳ねぇ。力を過信してはいけねぇ」


 僕は力を振り絞って、神殿に鉄槌を浴びせた。


 神殿は埃と鈍い音をたてながら結合部分が大きく折れ曲がり、棚の上に力なく崩れ去った。



 二度、三度、鉄槌を浴びせるうちに、神殿は面影を失い、ばらばらになった。



 カオリさんは「あはは」と声を上げて笑っている。


 小人たちは、愕然とした表情で神殿が崩れ去る様を見ていた。僕は、この行為に快感をおぼえ、やっと小人たちが僕のチカラを認めてくれるようになったかなあ、と思った。



 小人たちはしばらく言葉を発しなかった。崩れゆく神殿を眺めながら声を失ってしまったのだ。


 そのうちに壊れた神殿の中から、何やら奇抜な恰好をした者が現れた。



 頭にトサカのようなものを被り、ティッシュペーパーで作られた羽のようなものを背負っている。


 顔を真っ青にしながら登場した人物に、他の小人たちがひれ伏し、敬意を表した。


 そのため、僕はこの小人が彼らのいう「オオ様」であるのだと理解した。




「しっ、しっ、しししし、死罪! あんたは死罪! だぁあああ。しっ、死刑っ! こいつは、今すぐに、死刑っ! 執行だぁああ」



 とオオ様は言った。


 おそらく権力を象徴するであろうそのトサカと羽を陳腐に揺らしながら、いつまでも死刑だ、死刑だと叫んでいる。



 その声を聞いて、小人たちの様子が変わった。



 放心状態であった彼らは、一挙に団結し、僕を拘束しようと試みた。であるから僕は抵抗することにした。





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