第99話 「マラソンしてたらトレインされた件」
2020/4/2
タイトル改訂。
それからしばらく走っていると、やがてマゼンタの言った瓦礫の丘が見えてきた。
その街はもともと、小高い丘に広がっていたようで、まるで全体が瓦礫と土でできた丘であるかのように見えている。
「ほあー……。これは……やばいねえ……」
いくぶん楽観的に考えていたブランだったが、その光景を見ればさすがに肝が冷えた。
これを成すほどの力を持つ存在など、想像もできない。
たぶんプレイヤーだろうとは思っているが、もし仮に違った場合、ブランたちなどが太刀打ちできる存在とは思えない。
「石とか建物を壊すことに特化した魔物、とかだったらまだなんとか対抗できるかな……」
「仮にそうだったとしても、それを行う前にこの規模の街の防衛戦力や住民などを殺し尽したという事に変わりはないかと……」
その通りだ。広大な丘を包み込むように広がるほどの規模の街だ。たぶん、この一帯の中心的な街だったのだろう。
その内包する戦力がどれほどだったのか、想像するに余りある。
「……さっきの街の人、こっちに助けを求めに来なかったのはなんでなんだろ」
「この状況を知っていた……という可能性もなくはありませんが、単純に距離の問題かと思います。おそらく先ほどの街の北西方向には、そう遠くない場所に街があったのでしょう」
そう考えるのが妥当だろう。大きいが遠い街より、小さくても近い街の方が助けを求めるなら向いている。
「この様子だし、もう人間とかはいないだろうけど、一応慎重に……」
「ご主人様!」
急にアザレアに腕を引かれ、クリムゾンらの上から引き倒される。
「いったー……。何す──」
地面に這いつくばったブランの目の前に軽い音を立てて矢が突き立った。
どうやらブランを狙い何者かが矢を射て、それを回避させてくれたらしい。
「ぅおお……。あ、ありがとうアザレア……」
「まだ立たないでください……。こちらを狙っている集団がおります」
スパルトイたちの足の隙間から見上げると、遠くに軽装の集団が見える。野盗か何かだろうか。
「……いえ、だとしたら錬度が異常です。お忘れかもしれませんが、今は夜です。月明かりのみであそこからこちらを狙って矢を射るなど、尋常な腕ではありません」
しかしそれにしては、恰好がどうもみすぼらしいというか、そこらの瓦礫から掘り起こした鎧を着ているかのような薄汚れた姿をしている。
それからも散発的に矢が飛んでくるが、ブランという荷物を放り出したクリムゾンたちによってすべて打ち払われた。
やがて矢では埒が明かないと考えてか、隊列を組んでゆっくりとこちらへ近づいてくる。
この段になってようやく、ブランはアザレアたちから立ち上がる許可が得られた。
「貴様たち、何者だ! 災厄の手のものか!」
その集団の、おそらく首領であろう身なりのいい男が叫んだ。身なりがいいと言っても、どこかくたびれているというか、薄汚れているのは他の者と同様だ。
「……さいやくってなんのことだろ」
「……状況から察するに、この街を壊滅させた存在ではないかと。彼らはこの街の守備隊の生き残り……などではないでしょうか」
「だとすれば、とんだとばっちりですね……」
「うーん……」
とはいえ、そもそもブランたちがこちらへ向かっていたのも、街などがあれば滅ぼすつもりだったからだ。先を越された上、ヘイトのなすりつけをされたからといって、文句をつけられる立場でもない。
「……まあ、街はともかく、獲物を残しておいてくれたと思えば……」
「獲物、になるのがどちらかはわかりませんが……」
「えっそんなヤバい奴らなの?」
こちらの方が数は多そうに思える。これまで寡兵で街を落としてきた経験から、こちらが負けるようには思えない。
「先ほどの弓の腕、あれと同等の近接戦闘技術があると仮定すると、スパルトイ30体では少々厳しいかと……」
恰好のわりにレベルの高い敵のようだ。
「とはいえ、逃げようとすれば矢を射かけられてしまうでしょうし、撤退も難しいですね……」
「戦うしかないなら早い方がいいかな……」
こちらがひそひそ話をしている間、あちらでも何か話し合っているような雰囲気を感じる。
何人かは腰の剣にかけている手に力を込め、今にも抜いて斬りかかってきそうだ。
「やる気満々だな……」
戦闘が避けられないのなら、先手を取った方が良い。
「じゃあやるか。『霧』」
暗闇の中で音もなくブランの魔の手が広がっていく。するとほどなく相手の集団がざわついた。
霧そのものを感知できるわけではないようだが、霧に包まれる前に気づくほどの勘の良さはあるようだ。
たしかに小さな街の衛兵隊とはレベルが違う。
「おのれ! 妙なわざを! 各員、十分注意しろ! 攻撃を許可する!」
一番偉そうなおじさんの号令一下、再び矢が飛んでくる。しかしスパルトイたちのガードを抜くことはできない。
同時に剣を抜き放ち、こちらへ向かってくる者もいる。
矢を射た者も弓を投げ捨て、剣を抜く。先ほど一旦矢を射かけるのをやめたのは、効果なしと判断したのではなく単純に矢の残りが少なかっただけなのかもしれない。
「スパルトイたち! 迎撃だ! 霧から出ないように!」
そう言いながらブランは魔法を準備する。範囲ギリギリだが、こちらへ向かってきているためすぐ射程内に収められる。
「『ヘルフレイム』!」
「『ヘルフレイム』」
「『ヘルフレイム』」
「『ヘルフレイム』」
ブランの魔法発動を皮切りに、アザレアたちも同時に魔法を放つ。同じ魔法を同時に放ったからと言って特別にいい効果などはないが、少なくとも氷系や水系の魔法と同時に放つ時などのように余計な干渉は起こさない。
相殺と同じだ。相殺の場合は同じ属性であれば接触地点でお互いのエネルギーを解放し合い、残った分がそのまま進むことになるが、座標起爆型の範囲魔法であれば目標地点が起爆地点であり、接触地点でもある。その場でエネルギーを解放するなら、結果は同じことだ。
『ヘルフレイム』4つ分の破壊が荒れ狂い、敵集団にダメージをばらまく。しかし倒せた者は多くない。ほとんどの敵は、ひるみはしたがすぐに体勢を立て直し、再び駆けてくる。
「マジか! やべえ奴らだ!」
「ですからそう言っています!」
もう一発、別の魔法なら撃てそうだが、間もなくスパルトイたちと接触してしまう。範囲魔法を使うのはうまくない。
「『エアカッター』!」
単発でさほどダメージは見込めないが、この暗闇でこれを避けるのは無理なはずだ。当れば嫌がらせにはなるだろう。
モルモンたちも単発魔法に切り替え、それぞれ敵を狙って撃っているが、ブラン同様決定打を与えられてはいない。
それからすぐ、スパルトイたちが敵に接触し、近接戦闘が開始された。
敵は魔法によるダメージをかなり受けているため、こちらの攻撃がヒットさえすれば容易に体勢を崩し、そのまま倒すことができている。
しかしその攻撃がなかなか当たらない。
「……武器のリーチの差ですね。こんなことなら、これまでの街の衛兵たちの武器を接収してくるべきでした……」
こんな戦力がいるということがあらかじめわかるはずがない。
「てか、壊滅しててもこの戦力って、ここまだわたしたちが来ていいエリアじゃなかったってことかな……」
倒す敵の数よりも、倒されるスパルトイの数の方が多い。このままではジリ貧だ。
「巻き込む前提で範囲魔法を連発すればなんとか……」
「でも後ろの、えらそうなおじさんのところまではカバーできないよ。あれが残ったら、倒せるかどうかちょっとわからなくない?」
偉そうなおじさんの周りには2人の騎士らしき者がいる。この2人だけはきちんとした騎士鎧を着ている。明らかに格上の存在だ。
しかしもう、スパルトイたちは残り少ない。クリムゾンなどの特別に強い個体と、その他には数えるほどしか残っていない。
敵もかなり減らしてはいるが、そろそろ数が逆転する。
数的優位を頼みに戦線を維持していたところに、数が逆転してしまえば戦況は加速度的に悪い方向へ傾いていくだろう。
というか、もうお互いの数が少ないためそのまま決着となりかねない。
「あそうだ! 『恐怖』!」
しかし敵の様子に変化はない。抵抗されてしまったようだ。
情勢が傾いてきたため、向こうの指揮官も油断してこちらに近づいて来ないものかと思ったが、そのような様子もない。近づけば範囲魔法に巻き込まれる可能性があるため、当然と言えば当然だが。
相手は確実にこちらを殺すつもりだ。
「……我々はともかく、あれほど手駒を失っては、向こうも全滅といっていい損害だと思うのですが、何の躊躇もなく攻撃を続行していますね。異常な士気の高さです。死を恐れていないのでしょうか」
「……なんで我々はともかくなの?」
「ご主人様の眷属であるスパルトイたちは、ここで死んでも前回休憩したあの街で復活いたしますから」
「あそうか。じゃあ向こうもそうなんじゃない?」
「それは……なるほど、あちらの首領は人類の支配者階級というわけですか」
そうこう言っているうち、残っているのはもはやクリムゾンたち強力なスパルトイ3体のみだ。
「あこれほんとにやばい」
アリが脳裏に浮かぶ。あの時と同じ、いわゆる詰んだ感を感じる。
クリムゾンたちの脇をすりぬけ、マークが外れていた一人の敵がこちらへ走ってくる。
「っとお『サンダーボルト』!」
命中し、一瞬ひるんだが変わらずに向かってくる。しかしかなりダメージが蓄積されているように見える。もうひと押しだ。
「『アイスバレット』!」
アザレアの放ったこちらはかわされてしまう。
「『フレアアロー』!」
カーマインの魔法もかわされた。しかし瓦礫に足を取られ、つんのめる。
そこへいつの間にか狼に変化していたマゼンタが走り寄り、喉笛を噛み切った。
「ナイス! でもあぶなかったな、ちょっとこれ以上は──」
「ご主人様!」
アザレアの声に前を向くと、敵の親玉が矢を放つところだった。
──おっさん弓使えるのかよ! てか矢残ってたのか!
矢が放たれる瞬間がスローモーションで見える。
──あ、これアカンやつだ。
この軌道は当たる。
ブランは思わず目をつぶり、来るべき懐かしのシステムメッセージに備えた。
しかし聞こえたのは無感情なメッセージではなく、轟音だった。
「──えっ」
思わず目を開けると、そこには真っ黒い壁がそびえていた。
ラコリーヌの街に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。
次回「邂逅」
いや硝煙撒いたのお前だろ




